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異聞録:東京異譚  作者: 小礒岳人
人の章

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中編 其の二十四 ―松田リカ―

90年代初頭―

松田リカは焦っていた―

己の老化に―

二十四


挿絵(By みてみん)

93年、三年も経つと貴代子の周囲にも変化が訪れてきた。


周囲の同期達が結婚をしていき、落ち着いてくる。


格好も言動も。


学生時代の同級生達からも、結婚した―だのの近況を知らせる手紙が届いた。


自分も今まで何人も男性とは関係を持ったが、子供を作る=親に成るというのには抵抗があった。


自分は大人ではない。


親という成熟された存在に成るには未だ早すぎる。


もっと満たされてからでなければ―


―そう思っていた。


だが、違った。


その欲求とは裏腹に、どんどん松田リカとしての仕事、価値は無くなっていった。


更に二年も経つと、もう殆ど、ワイドショーでのコメンテーターぐらいにしかテレビでは出番が無く、モデルとしても中年雑誌の表紙ぐらいしかオファーが来ない。


どんどんどんどん松田リカの充足感よりも価値が下がっていった。


96年、三十歳にして、貴代子は焦っていた。


こんなハズでは無かったのに―


もっと称賛されるハズだったのに―


その焦りが、貴代子を更に追い詰めた。


良く魅せる為のことは怠らない貴代子はその悩みを誰にも伝えられず、不安に苛まれ続けた―


そして、その不安は貴代子の精神病み、拒食に走らせた。


どれだけ食しても、吐いてしまう。


栄養が取れない。


2000年にして、遂に仕事は数える程も無くなっていた。


それだけではない。


今までは外見も化粧等で綺麗にしていれば称賛されたのが、最近はそれすらも無く、(むし)ろ後人の若手が迫ってくる…


自分はまだ新人には負けないつもりだったが、その不安は貴代子を追い詰める。


拒食で痩せた貴代子に、世間は優しくなかった。


嘉手名貴代子は、不安に押し潰される寸前だった。


―このままでは駄目だ。


人に認めてもらえることをせねば。


褒めてもらえることをせねば。


そうでなければ、自分の価値はまた無くなってしまう。


その不安を無くす為必死に足掻く。


知恵を絞る。


そうだ、人助けだ。


大きい人助けをしたりすれば、自分の価値は高くなる。


調度今、三宅島の噴火が始まった。


これはチャンスだ。


直ぐ様伝手を使って関係各所に連絡を取り、あきる野の廃校に成った高校を使って、避難民学生達の受け入れ先にしよう。寮も在るから完璧だ。


そうだ、就職先も斡旋しよう!そうすれば自分は価値の在る人間になれる!そうしよう!


そうだ、避難民を自分で助けに行こう!そうすれば危険に立ち向かった勇敢な理事長という事で注目される!なんて素晴らしいんだ!


貴代子はその先の事を想像すると、笑みが止まらなかった。


2003年8月1日、貴代子は三宅島に避難民救出の名目と、生存者に対する栄養管理―即ち食事のアドバイザーとして、坂本家の用意した船に乗って島に上陸していた。


ガスマスクを付けながらアウトドアな動き易い格好とナップザック―さながら探検隊の様な格好であった。


火山の噴火とそれによる暗闇と土石流、あと、何かが火山灰の暗闇の中上空を飛んでいた様だが…


何人かで島を探索していたが、痩せ細った身体では着いていくのもやっとであり、他の隊員達の後を追い掛けた。


その状態の貴代子に対する他の隊員達の眼は冷たいものだった。


あからさまな"役立たず""場違い"という目線が、貴代子の心を(えぐ)った。


貴代子は歩きながら、涙を流していた。


何故、こんなにも辛いのだろう―?


何故、こんなにも惨めで満たされない―?


私は頑張っているのに―…


しかし、火山の噴火という並大抵じゃない状況で、それでも辛くても貴代子は歩き続けた。


三年も整備されていない地域では、植物の枝等を引っ掛けたりで、生傷が絶えなかった。


それでも生存者を探し、山道を登ると、突然開けた場所に出た。


其処で貴代子は、ある運命的な出会いを果たす。


それを眼に捕らえた時、驚きはしたが、何故か、眼を離せなかった。


理由は解らない。


が、頭の中で声がした。


??『汝が希望に従え 汝はそれに対し何を望む? 何をしたいか…己に隠し事はする必要も無い…己が欲に従え…何をすれば良いか…解っている筈だ』


その言葉はなんと心地良いのか…そう、何をしたいか解っている。


??『―その欲求に従え―飽くなき食に対する欲を持つ者よ―』


自分はそれを視て…美しいと思っている。


取り込みたいと―


若さが欲しいと―


その―真っ二つに斬られた女の飛び散った内臓は―


―美味しそうだ


素手で溢れ出た内臓を(すく)うと、まだ温かい。


それを当たり前の様に、口に運んだ。


少しだけだが()むと、何かが全身に広がる様だった。


美味しい物を食べた時の幸福感と高揚感―


あんなにも食べる事が出来なかったのに、食べられる…美味しい…全身に血が…栄養が行き渡る様な感覚…生き返る様な…


そこで、また新たな欲求が湧く。


―もっと食したい。


―そうだ。


―持ち帰ろう。


―調理して美味しく食したい。


―そうすれば、自分だってまた視てもらえる。


―元に戻れる。


そう思うと、もう行動に出ていた。


知らぬ間に何処からか大量の蠅らしきモノが現れ、その目前の歪んだ顔の女の遺体の半身に群がりだした。


そして、皮膚以外の肉を(こそ)ぎ取り、貴代子に渡していく。


肉が無くなり皮だけに成った遺体に蠅達が潜り込むとビクビクと動き出し、元の遺体の形に戻っていった。


これで中身が無いとは思わない筈だ。


残った顔の半分を丁寧にタオルに包んで背中のナップザックにしまう。


そして、足早にこの場を去った―


これを料理し―いや、この良さを広めよう。


料理なら得意だし、料理研究をすれば他人にも自分にも利益が在る! よし!やろう!


そんな事を思い、行動を起こす。


伝手で紹介してもらった料理研究家、小林カツ代や鈴木その子に色々アドバイスをもらい、栄養士の資格を取得し、独自の食事を用いた健康法を調べ始めた。


その上で、これまで稼いで貯めた資産を使用して、慈善事業もすれば、もっと自分を称賛してもらえるハズだと。


その間も、貴代子は拾った彼女を取り入れる事で、拒食症も治り、健康体へと戻っていき、料理番組で再び脚光を浴びる事になった―


それが、八ヶ月前から(2004年)までの出来事―

蠅の大群達に拘束されつつも黒い男は考える―

本当に仲間は―

必要なのか―?

―と

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