中編 其の二十二
クリフは松田リカに連れられ、キッチンへと足を踏み入れる―
二十二
―4月27日(火)夜0時39分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 隠しキッチン―
キッチンに入ると、中は広々としたアイランドキッチン、ダイニングから見て正面は食器の棚、右手は調理用の棚とシンク、奥に大型の業務用冷蔵庫、右奥には、先程の通路で見た大型の金属製ドアが見えた。
つい先程調理をしていたとは思えない程、綺麗に片付いていた。
松田リカ「…アナタは私を護ってくれている…私を見てくれた…だからアナタにも見せて上げないと…」
コツコツと足音をさせながら述べる。
クリフ「?… 僕は理事長を守ったりなんて…してませんよ…?」
言われている意味が解らず、若干引き気味で答える。
が、そんなクリフの疑問を無視して続ける。
松田リカ「用意してあったこれを…」
そう言って、アイランドキッチンに置いてある一皿の料理へと向かい、クリフへと見せる。
クリフ「あの…これは…?」
綺麗に片付けられた、広々とした空間の真ん中に在るキッチンに一皿だけ置かれた料理に、酷く違和感を感じ、問う。
松田リカ「これはね、"心臓のグリル"よ」
付け合わせの野菜と、グリルされて網目の入った肉は、心臓とは思えない程普通の肉の様で、それが更に不気味だった。
松田リカ「ホぉラ、アナタもきっと喜ぶ このコも」
クリフ「この…コ…? 誰が…?」
松田リカ「アナタに食べてもらえれば、アナタの一部になれるし、それに、アナタも健康でいられる」
何の迷いも無い眼と、噛み合わない会話で訴えてくる。
そこで、ふとある事が頭を過り、気付く。
三日前の友人から来たメール。
クリフ「! …誰の…? ですか…?」
言いつつ、クリフは皿に眼を遣る。
松田リカ「とても良い食材だったわ」
思い出に浸る様なその言葉を放つ松田リカの横を通り抜け、奥の大型冷蔵庫の前まで来ると、その扉の取っ手に手を掛ける。
力を込めてゆっくりとドアを開ける。
クリフ「!…」
中を視ると、その中には数個に分けられてタッパーに入れられた肉が在った。
そこにはラベルが貼られてあり、こう記されている。
―2004/4/24 レバー 秋川一年―
その記された一文で確信へと変わる―
クリフ「アナタは…アナタは…!」
最悪の事態に身体を震わせながら扉を閉じつつ言う。
そこから先は言葉に出来なかった。
松田リカ「私を理解してくれたアナタへの恩返し」
優しく投げ掛けられたその言葉には、一切の悪意が無かった。
その言葉を聞かずに、クリフは隣に繋がる大型冷蔵庫の扉と思われる背後の扉へ急いで向かい、中へ入る。
―4月27日(火)夜0時43分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸地下一階 食肉加工室―
扉を開けっぱなしに室内に走り込んだクリフは、左右を見回す。
無機質なタイル張りでステンレス製のシンクと作業台の部屋に、一際目立つ大型業務用冷蔵庫。
その横のシンクには、畳まれた衣服の上に眼鏡が置いてある。
眼に入ったその眼鏡を手に取る。
クリフ「まさか…! そんな…?」
最悪の事態を想像し、最悪の想像がクリフを緊張させ、精神的発汗を促す。
その先に在る大型冷蔵庫、迷わずそこへ向かう。
心臓の鼓動が殊更早く感じつつ、止まらない汗…そしてその観音開きのドアに両手を掛ける。
そして、力を込めてドアを開けた。
クリフ「! …そんな…! そんな…」
その眼で視た光景に、クリフは脱力し、膝から床に崩れ落ちた。
その大型冷蔵庫の中には、内臓を全て抜かれ、吊され、血の気の無くなった、佐久間美穂の身体が吊されていた。
絶望と虚無感に支配されるクリフ―
それに答える松田リカ―




