中編 其の十六
嘉手名別邸に辿り着いた二人―
人気の無い邸宅には…
十六
―4月26日(月)夜11時51分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸一階―
そのデザイナーズハウスの入り口は、この場所に似付かわしくない豪華さだった。
観音開きのドアはガラスの上に洋風な門の装飾が鉄によってなされており、中を覗くと上へ向かう階段と、車庫を兼用しているらしく、薄暗い中に高級車が二台見えた。
黒い男「…ランボルギーニ…」
明かりが無くとも解る全身黄色の車体は、車に詳しくなくとも解った。
黒い男「…嫌味の権化みたいな場所だな…顕示欲の塊…」
結構いい歳のハズだろうに、こんなド派手な車を、こんな何にも無い場所に乗り回してくるなんて神経が理解出来ない。
直感的に、―この女は嫌いだ―と感じた。
黒い男「…」
ドアに近付き、ゆっくりと手前に引く。
案の定、鍵が引っ掛かるが、ゆっくりと更に強い力を込める。
クリフ「待って下さい」
そう言ってクリフがドアの前に来る。
クリフ「僕がやります」
そう言ってペンタグラのペンダントを持つと、
クリフ「Praecipe in nomine Dei, verba scripta serva, mandata mea serva, Valefor…!」
小声でラテン語を唱え、何時の間にか指輪を嵌めた左手の人差し指を差し出した。
差し出した手の先に小型の魔法円が現れ、その掌を上にすると、その中に獅子の頭、ガチョウの脚、兎の尻尾を有した灰色の生物が現れた。
黒い男「! …コレは…?」
クリフ「…僕なりのアレンジ召喚魔術です …正しくはソロモンの鍵を使った喚起魔術ですが…そしてコイツは悪魔"ビレフォール"です」
黒い男「…ほ!」
素直に感心した声を上げてしまう。
クリフ「Dic mihi quomodo hoc recludam.」
小声でその掌に居る小さい合成獣悪魔に話し掛ける。
何か小声でニヤニヤしながらクリフに答えると、鍵の方へ向いてから手…肉球を鍵のあろう壁に擦り込ませた。
小型悪魔がドアを擦り抜け何かをすると、然して音も立てずに入り口の鍵が開いた。
黒い男「…やるな」
クリフ「…ただの喚起術です…道具を揃えて手順を踏めば誰でも出来ますよ …それに―」
慣れない称賛に照れながらもそう言って振り返ると、左手の小型悪魔は消えていた。
クリフ「あなただって、出来るんじゃありませんか?」
純粋な眼で問う。
黒い男「…オレのはまだ覚えたばかりだし、それにオレは勧請師じゃない…」
見返す視線は逸らすことは無くとも、少し曇っていた。
それは、見知った勧請師…トシを思い出すからだった。
クリフ「それでもです…僕も東洋式のを覚えたいですから」
笑顔でそう言ってドアへ向き直した。
音も無くドアを開くと、二人は静かに中に入る。
黒い男「…お前は上に行け オレは此処と一階を調べる」
そう小声で伝えると、クリフはこくりと頷き、目前の階段を音も立てずに上がる。
黒い男「さて―…と…」
小声で息を吐きながら呟くと、広大な室内に眼を向けた。
―4月26日(月)夜11時55分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸二階―
クリフが階段を上ると、そこには大理石の様な全面タイル張りの床とダイニングキッチン、冷蔵庫、そして窓際前面ガラス張りという部屋だった。
それ以外は60インチはあろうかという大型の薄型プラズマテレビが、ダイニングキッチンから視られる形で壁際にあるくらいで、広大な部屋には他に何も無く、別の部屋へと続く扉があるくらいだった。
窓際からは秋川渓谷が見下ろせる、さながら一大パノラマといった景色が見渡せるのだろう。
しかし、クリフはこの部屋に入り、視た途端、悪寒が走った。
無機質過ぎる。
その上で、窓から視得る風景は、秋川渓谷が一望出来る。
それこそ畑から、秋川、キャンプ場…温泉…宿泊施設…全てが。
其処にいる人全てが視得るかの様な見晴らしの良さ。
狩猟場を見下ろす様な感覚…
それに、恐怖を覚えた。
何か…視ている様な。
獲物を…料理の具材を選んでいる様な。
言い知れない無機質な恐怖感がクリフの背筋を上る。
部屋の中をゆっくり歩きながら、周囲を観察しながら、そんな事を思う。
―4月26日(月)夜11時54分―
―あきる野市 秋川渓谷 嘉手名別邸一階―
黒い男「…」
薄暗い車庫を一通り見回す。
黒い男「…嫌味なほどゴーセーな家だ…」
小声で呟くと、周囲を探索し始める。
車庫には高級車と、二階への階段、そして階段の下に金属製の装飾が施されたドアが設けられているくらいだった。
黒い男「…」
無言で階段下のドアへ向かうと、ユックリと静かに開ける。
開けるとその先は真っ暗で、地下へと階段が続いていた。
よく見ると、壁や床もレンガ造りで装飾にも拘っている様である。
黒い男「本当に嫌味な程だな…このコダワリ…」
金の掛け所に嫌気が差す。
腰のサイドバッグから小型のライトを取り出すと、周囲を確認しながら足下を最後に照らし、暗闇の中へと降りていく。
足音を極力立てずに階段をくの字に降りていくと、どうやらその部屋はワインセラーの様だった。
一定の温度が保たれたそこは静寂が支配しており、更にひんやりとしている。
降りた先には木造の長机と、正面壁沿いに流し、そして左右にワイン保管の大きな木棚が在った。
黒い男「…」
周囲を見回しながら長机の周りを歩く。
ワインのことはよく解らないが、シャトーやらボルドーやらとフランス語でラベルに記されてあるという事以外は理解出来なかったが、高価な趣味であるということだけは理解出来た。
益々嫌悪感が湧いた。
一通り周りを調べてみた後、一度上階へ戻ることにした。
二階でクリフと合流する黒い男―
その無機質な部屋に驚愕する―




