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異聞録:東京異譚  作者: 小礒岳人
人の章

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中編 其の十三

竜尾鬼へ襲い掛かる黒い男―

クリフは超忍と対峙し…

十三



―4月26日(月)夜11時19分―


―東京都あきる野市 秋川渓谷 秋川河原―

挿絵(By みてみん)



竜尾鬼「! (したた)かになりましたね…!」


胸の前に構えた刀で受けながらそう答える。


黒い男「ッ…そうしなけりゃならなかったんでなッ…!」


力を込めて押し切るが、左方に受け流され体勢を崩す。


黒い男「ぅッ…!」


受け流されたお陰で左方向にバランスを崩す…筈が、



黒い男「ふッ!」


そのまま回転し左後ろ回し蹴りを竜尾鬼の左腹部に見舞う。


竜尾鬼「ぐッ…!」


だが、すんでの所で左腕で防いだ。


が、以前までとは違うその陰気と剛腹(ごうふく)さは、竜尾鬼を迷わせた。


その拮抗した戦いは数秒も経っていない。


クリフの方では、唱え終わった地の魔法で地面が動き、物凄い速さで超忍の前に岩の壁を作り上げる。


イメージしたのは大きな盾となる壁。


超忍「オン・マリシエイ(摩利支天に帰命し)・ソワカ(奉る)…!」


そう言うと、両掌が()()()()()、その両手を目前で回転させ、何かを溜める様に腰撓めに構える。


超忍「つぁッ!」


その掛け声と共に両手に溜めた"黒い何か"を、その向かってくる石壁に向かって放った。


()()()()()()()()()()は、凄まじい速さで周囲の石や岩を吸い込み、消失した。


クリフ「?!…な!」


抉れたその弾道を見て、驚愕する。


クリフ「な…なんだ…?! 今のは…!?」


超忍「…我が一族に伝わる忍術は、その神仏の力を借りて自身の思い描く力へと転化するものだ…知らないのも無理は無い」


クリフ「!そんな…!? 僕と同じ事を…?! 一族って…?! そんな昔から…?!」


そんな流儀に則らないことは、それこそ反するという理由で異端扱いされる。


それを遙か昔から行い、脈々と受け継ぎ、そして外部に漏らさずに残すだなんて…理解が出来ない。


そう考えるのが、未だ経験の足りない十五才魔術師の見解だった。


クリフ「shit(クソツ)!」


焦りから珍しく悪態を吐くと、再びペンダントを手に詠唱を始める。


クリフ「In nomine (父と子と)Patris et (聖霊の)Filii et (御名に)Spiritus (おいて)Sancti(命ずる、) habitant (この世を)in quattuo(形成せし)r element(める四大)is, quae (元素に)mundum, (宿りし)potentiam (地の)terrae(力よ), involvunt (我が言葉を)meis (用いて)verbis(体現せしめよ)!」


次のイメージは絡み付く(ツタ)


唱え終わり、地面にペンダントを持つ手を付くと、光る蔦で出来た魔法円が現れ、その蔦が超忍に巻き付こうと襲いかかる。


超忍「オン・クビ(金比羅権現)ラヤ・ソワカ(に帰命し奉る)…!」


右手で刀印を作り口元に寄せ、そう唱えると、途端に超忍の周囲に突風が吹き荒れる。


超忍「せぁッ!」


掛け声と共に刀印を横に払う様に振るうと、一瞬強烈な突風が超忍を中心として発生したかと思うと、その巻き付こうとした蔦がバラバラに斬り裂かれ、地面に落ちた。


クリフ「That's(そんな) .. that's (そんな)stupid(バカな) ..!?」


目前で起きている自分の理解を超えた出来事に、十五才の魔術師は動揺した。


超忍「幼き魔術師よ…この世には、自分の常識が通用しない事はままあるのだ」


そう言いながら、クリフへと歩みを進める。


クリフ「そんな…!」


その自分へと向かう歩みは、クリフに更なる混乱を与え、たじろがせる。


超忍「…ン?」


何かに気付いたか、黒い男達の方へ視線を向けた。


黒い男の方は、その最中(クリフの苦戦中で)も竜尾鬼への追撃を止めていなかった。


後ろ回し蹴りから続け様に、刀を左手に持ち替え、右拳を顔面に打ち込む。


竜尾鬼「!ッ…ぐぁッ!」


左頬に拳がめり込み、痛みと共に衝撃で竜尾鬼の思考が鈍る。


そのまま続けて刀を持った左手で柄を使った掌打を顎に入れる。


竜尾鬼「う゛ッ…!」


そのまま左手を下げ刀を逆手にして右手で左拳を押さえ、踏み込んだ肘打ちを浮いた腹部に喰らわす。


竜尾鬼「ぅぼぇッ!!」


胃液が出る様な感覚と共に、竜尾鬼は数メートル吹っ飛んだ。


その間中、黒い男はこう考えた。


何故、竜尾鬼に手加減する?


刀を使えば直ぐ済むのに。


何故、竜尾鬼は手を抜いて喰らっている?


さっきの攻撃達だって刀で防げばこちらにダメージを与えられるし牽制ともなるのに何故しない?


何故、殺そうとしない?


竜尾鬼を斬って捨てれば済むのに。


それがリスクが大きくとも、今そうしておけば後々この男に邪魔されないのに。


しちゃいけない。


なんでだ?


仲間だから。


仲間?


刀を抜いて敵対しているのに?


敵なのに?


…解らない。


何故?


…解らない。


刀を右手に持ち、倒れた竜尾鬼にゆっくりと歩みを進める。


竜尾鬼「くッ…!」


鼻血を出しながらも体勢を整え跳躍し、黒い男に上段から斬り掛かる。


―ホラ、仲間だってオレを攻撃する―


視線を竜尾鬼に向ける。


そして右手に力を集中し、斬り掛かる竜尾鬼に対して力を込めた手を突き出すと、竜尾鬼の身体が中空で停止した。


竜尾鬼「ぐッ…! ああああ!」


強力な力で全身を掴まれている様で、身動きが取れない。


その間、竜尾鬼は考える。


何故こんなに力が出せないのか?


竜尾鬼は混乱していた。


こんな時、どうして良いか解らない。


自分の知り合いが、


仲間が、


眼の前で敵対している。


どうしたら良い?


一族の為来(しきた)りでは魔は狩る。


だが、彼は魔では無い。


人、仲間だ。


どうしたら良い?


止めなければならない。


だが、どう止めれば良いか解らない。


斬るか?


駄目だ、死んでしまう。


本気で殴るか?


駄目だ、死んでしまう。


本気で防御をするか?


駄目だ、傷付けてしまう。


…どうして良いか解らない。


選択肢が無い。


止めなければならないのに、止め方が解らない…


向かってくる眼前の男に対しての対処法が解らない…


人だから…


仲間だから…


竜尾鬼「くっ… !」


しかし、竜尾鬼の中に変化が起きた。


鼓動が早くなり、心音が増す。


眼前の男を倒せ…


目前の男を殺せ…


その男は敵なのだから―!


と…


それは、目前に立つ男の眼を視てからだった。


八ヶ月前に視た―


あの、紅い眼―


それは危険だ―


それは魔だ―


魔は―


―狩る


竜尾鬼が首にかけたペンダントの玉が輝き始め、周囲から薄ぼんやりと光る何かがその玉に引き寄せられていく。


まるで生き物が吸い込む様に。


竜尾鬼「ぐッ…! あッ…! あああああああ!!」


叫びだした竜尾鬼はブルブルと痙攣し、苦しみだした。


超忍「イカン! 竜尾鬼!」


珍しく超忍が声を荒げ、離れた竜尾鬼に向かう。


クリフ「…え?」


その様にクリフも竜尾鬼の方を向く。


視ると、胸の玉がその光を吸い込む量に比例して竜尾鬼の身体が少しずつ膨らみ、服が破れて中の筋肉が隆起し始めているのが解る。


肌の色が赤黒く変化し始め、頭部に角が隆起して現れる。


そして口元からは歯が刃の様に飛び出し、眼が釣り上がり、その様はまるで、


クリフ「!…鬼?! …日本の…!?」


文献で見た知識で知っていたそれを、クリフは思わず口に出す。


鬼と変化し始めた竜尾鬼は拘束されている力に抗う様に、中空で暴れ出す。


黒い男「…逃がすか…!」


そう冷酷に言うと、右手の握る力を強める。


その時だった、耳障りな羽音が聞こえ始めたのは。

みるみる変貌していく竜尾鬼の肉体―

其処に現れたのは…

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