中編 其の十一
夜の校舎を歩く二人の前に現れたのは…
十一
―4月26日(月)夜9時前―
―都立あきる野第二高等学校三宅分校 一階廊下―
黒い男「行き先は秋川渓谷だ」
歩きながらそう述べる。
クリフ「秋川渓谷? ここから大分ありますよ?」
クリフが後ろを付いてきながら聞いてくる。
黒い男「その方が都合が良いんだろうよ…キャンプ場くらいしか無いからな」
クリフ「?… どこまで解ってるんですか?」
その言い様にクリフは訝しむ。
黒い男「何処に出荷させられているかまでは… !」
言葉を最後まで言う前に足が止まる。
クリフ「出荷…? !ぅわっ」
急に止まった黒い男の背中にぶつかってしまう。
クリフ「急に… !」
横から進行方向を除くと、想像だにしていなかった状況に固まる。
クリフ「なんで…先生達が?」
その言葉を投げた先には新任の教師二人…スズとトシがいた。
黒い男「…」
無言で警戒体勢に移行する。
トシ「…お前達を…連行する…!」
そう言って、有無を言わさずトシは咒符を取り出す。
スズ「…」
スズは申し訳なさそうに視線を落とした後、頭を振り、向き直す。
スズ「バン・ウン・タラク・キリク・アク!鬼神将来!」
そう唱えて手元の人形を四枚投げると、小さなデフォルメされたよーな鬼に変化し、スズとトシを護る様に立ち塞がる。
スズ「行って!」
その言葉と共に、そのデフォ鬼の前面二匹が飛び掛かった。
黒い男「…!」
無言で背中の刀を抜くと、刀を振り下ろし一匹目を、次いでもう一匹を横一閃で斬り裂いた。
斬られたデフォ鬼達=式神は、斬られた途端人形に戻り、はらりと床に落ちた。
トシ「流石だな…! でも…」
そこまで言うと、数枚の咒符を投げた。
トシ「オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・ギャリカンダ・ギャリカンダ・ウン・ギャリカンダ・ハヤ・ウン・アナウヤ・コク・バギャバン・バザラ・ウン・ハッタ!」
唱え終わると、投げた咒符から縛鎖が現れ床に絡まり、次いで黒い男に巻き付いた。
黒い男「なッ…!」
トシ「お前を…査問委員会にかけるためだ…俺達が口添えするから…! お前のやろうとしてることは俺達が引き継ぐ…!」
クリフ「!待って下さい! 僕の同級生が行方不明なんです! それを今から探しに行く所なんです!」
トシ「!君は…局長が言っていた魔術師なのか…?!」
その幼さと交換留学生がそうだったという驚きで一瞬たじろぐ。
スズ「なにやってるの?! 資料ちゃんと見てないなんて!」
そう言ってスズがトシの前に出る。
次いでデフォ鬼も前へ出る。
トシ「! あぁ…失踪者か… 確か三日前に連絡があった、秋川に向かって消息不明の佐久間美穂か…」
しかし、クリフの疑問に素直に答えてしまう。
その言葉にスズが馬鹿!という反応をする。
黒い男「…!」
黒い男は眉をひそめた。
そしてクリフも。
クリフ「三日前…? じゃあ…先生方は…三日前には居なくなって連絡が付かなくなっていたって知っていたんですね?!」
最後は語気を荒げ、クリフがそう言うと、周囲に魔力によって生み出されたか、物理的な衝撃波が拡がり、大気を震わせる。
クリフ「In nomine Patris et Filii et Spiritus Sancti habitant in quattuor elementis, quae mundum constituunt, virtutem aquae, verbo meo involvunt!」
クリフはいつの間にか手にしていた"杯"を手に、口元に持っていき、水で出来た魔法円が杯周囲に現れ、その中に"渦巻く水"が現れた後、それを撒く様に上空に震った。
イメージしたのは霧。
途端に周囲は霧に塗れ、数㎝先が視得なくなる。
トシ「なっ…?!」
スズ「!しまった…!」
黒い男「ナウマク サマンダバザラダン・センダマカロシャダ・ソワタヤ・ウン・タラタ・カン・マン…!」
その隙に小声で呟く。
縛鎖の内側が光り輝き、内側から手が現れ、縛鎖が千切れ飛び、紙切れに戻る。
黒い男「…よし!」
クリフ「…僕が校外まで連れて行きます…!」
小声でそう述べると、手元に短剣を顕現させ、眼前、口元近くまで持ってきた。
クリフ「In nomine Patris et Filii et Spiritus Sancti habitant in quattuor elementis, quae mundum faciunt, vim venti, in meo verbo inponunt!!」
唱え終わると、短剣を斬り降ろす様に下方に振り、次いで正面に刺突する様に指し出した。
イメージしたのは自分達を送り出す風。
差し出した短剣の方向に風の魔法円が現れ、そこから強烈な突風が吹き出した。
黒い男「!うッ…おッ!?」
急に強烈な風が吹いたかと思うと、背中から押される様に風に流された。
トシとスズの身体の合間を縫って、恐ろしい速さで廊下を風が通り抜けていく。
トシ「何ッ!?」
スズ「うぅッ…!」
二人は視界の不良に合わせ、突如吹いた猛烈な突風により何が起きたか解らず、防御の姿勢をとる。
眼を開けた時、そこに二人の姿は無かった。
トシ「やられた…ッ!」
二人は周りを見回した。
誰も居なくなり、静まり返った廊下を。
***
強烈な風の流され具合は、まるで揺れや危険性が全く感じられないジェットコースターの様だった。
クリフ「大丈夫です」
そう言うクリフは、空を切る様に、飛翔する様に、風に乗って飛んでいた。
黒い男「…お前が?」
多少の驚きが混じる。
クリフ「風のエレメントの力を借りて飛んでいます これならすぐ校舎の外まで行けます」
黒い男「…流石だな」
そこには純粋な称賛が籠もっていた。
クリフ「このまま校外まで行きます…!」
その言葉には、意志の強さを感じた。
並木を抜け、もう校門は目前だった。
深夜の秋川渓谷に辿り着いた二人―
そこには見知った新たな刺客が…




