中編 其の三
1-2教室はざわついていた―
その異国の転校生に―
三
―4月12日(月)昼過ぎ―
―1―2教室―
午後の予鈴が鳴る頃には、クリフの疲労は相当なものになっていた。
白人で同世代、そして日本語ベラベラとなれば、同級生の注目の的だった。
しかも声変わりも未だな童顔となれば尚更。
女子生徒からの視線は凄まじかった。
クリフ「(はあ…なんでこんなに質問ばっかり…僕なんかに聞きたいことなんて…ウェールズの何も無い田舎の事なんか聞きたいのかな…? でも、答えて上げないと悪いし…でも任務があるからなぁ…授業が終わったら寮の事を教えてくれるとか言うけど…もう頭に入ってるし…でも断ったら悪いし…)」
そんな生真面目に考え葛藤しているのが、クリフという少年だった。
しかもその生真面目さと丁寧さで、男子にも受け入れられていた。
"なんとなく気に食わないヤツ"ではなく、その丁寧さで純粋に対応してくるクリフに不満を抱きようが無かった。
それ程、校内の雰囲気は穏やかだったのだ。
クリフ「(それに…あの、"黒い男"さん…ずっと僕の事を毛嫌いして…どうして良いか解らないよ…Sさんに聞いていた印象とも大分違うし…こんなので一緒に調査出来るのかな…?)」
そんな事を頭の中でぐるぐると思考していて、転校初日は過ぎ去った。
―4月12日(月)放課後―
―1―2廊下―
放課後を知らせる予鈴が鳴り、各々に教室から生徒が出ていく。
人によっては部活、寮への帰宅など様々だった。
その中に、クリフの姿も。
クリフ「はぁ…」
その大きな溜息を吐くと同時に教室を出る。
女生徒「クリストファーくんまたねー!」
声を掛けながら出て行く同級生に軽い会釈をしつつ、クリフは寮への帰路に着く。
?「あの! クリストファーくん…!」
…と、歩みを下駄箱へ進めようとしたところ、後ろから突然声を掛けられた。
振り向くと、そこにはセミロングで癖っ毛、背は160㎝くらいで眼鏡をかけた、印象としては大人しそうな一人の女生徒が立っていた。
確かクラスメートだったはずだ…名前は何だっただろうか…? クラス全員の名前は未だ覚えていない。
クリフ「えと…」
美穂「あ…私、佐久間美穂…二つ右後ろの席…!」
クリフ「あ…佐久間さん…で、なにか…御用ですか…?」
美穂「あ!…あ、ごめんなさい…! 急に…!」
訝しがる風でも無く、純粋に申し訳なさそうにクリフに言われ、逆に美穂自身が焦ってしまう。
美穂「えっと…! お話ししたくて…!」
クリフ「…はい?」
その唐突な申し出に、逆に聞き返してしまった。
―4月12日(月)夕方―
―寮帰宅通路曙杉通り―
校舎から寮までの通り道に曙杉が並んでいた。
そこを美穂とクリフが談笑しながら歩いていた。
それ程長くない道程だが、お互いの事を話しながら知る事は出来た。
美穂のここまで来た事情、クリフのここまで来た事情(ほぼ虚偽だが)を話した。
美穂「そうなんだ…! でもスゴイねぇ…クリストファーくんは全然違う国で独りだなんて…スゴイよ…!」
クリフ「いや…そんな…佐久間さんの方がスゴイですよ…お一人で、将来の事も考えてるなんて…僕なんて、将来の事なんてまだ…」
美穂「そうなの?! そんな勉強も出来るし日本語も出来るくらい頭良いんだから…なんでも出来るじゃん?」
クリフ「ただ、しゃべれるだけですし…僕には未来の事なんてまだまだ…」
これは本音だった。
語学は必須だったから学んで出来る様になっただけだし、退魔の仕事をするのは決まっている点だが、表の仕事で何を隠れ蓑にしようか、まだ考えてもいなかった。
ウェールズに帰るか、日本で働くか、バチカンに行くか…
聖職者になるか、魔術師になるか、他の職業に就くか…
まだ、何も考えられていなかったのだ。
美穂「そんなことないよ! 私は料理くらいしか出来ないから…それに比べたらクリストファーくんは色々出来るじゃん!」
クリフ「色々…でも、特に思い浮かばなくて…」
美穂「そうなんだ…でも、人助けがしたいって言ってたし、警察とか消防士さんとか…あ、医者とかどうかな?」
捲し立てる様に身振り手振りで述べる。
クリフ「警察…公務員…ですか?」
美穂「うんと…公務員ていうか、まあ、そうかな 110番とか119番とかの」
クリフ「?…ひゃくとうばん…? 119番?…て、なんですか?」
首を傾げながら聞き返す。
美穂「…え! 警察の電話番号知らないの?!」
クリフ「ああ…! 緊急通報電話のことですか…!」
美穂「そうそう! そうだよ…て、イギリスではなん番なの?」
コロコロ表情が変わる美穂を見ていて、逆に可笑しくなってしまい、笑みが溢れる。
クリフ「999ですよ」
美穂「そうなんだ…! 国によって違うんだ…!」
クリフ「僕も初めて知りました」
美穂「そうなんだ! クリストファーくんのおかげで賢くなっちゃったね」
その純粋な言葉に、心が和らぐ。
クリフ「クリフで良いですよ クラスメートなんだし それに、僕も一つ知れました 佐久間さんのお陰ですよ」
美穂「えへへ…そうかな? あ!私も美穂でいいよ」
同じくらいの背丈で並んで歩く姿は、普通の学生姿に映る。
心地良い学生気分を味わい、クリフは今初めて学生を実感する。
そこに、クリフは罪悪感を覚えながら。
同時刻―
黒い男は―




