―思惑― 金鈴の巫女編
金鈴の巫女=スズは、居なくなった黒い男に対し、何を思うか―…
―2004年2月―
―新宿某所―
薄暗い家の中には、一カ所だけ灯りが付いている場所が眼につく。
其処に向かって、所々脱色した長髪の女がゆるりと足を向かわせる。
彼が半年振りに見付かったと伝えるために。
しかし足取りは重い。
自分が封印を司る巫女だというのに、今はどんどんと力を失っていっている。
自分は何の役にも立たない。
正直、今はこの家に入りたいとも思わない。
それは6年前の彼が居た頃を思い出させる。
それは辛い喪失の記憶。
失った彼の居た頃…楽しかった仲間の記憶…
今は新しい、彼と同じ雰囲気を持っている彼…
彼と同じ様に居なくなってしまった…
またこんな喪失感を味わうのは嫌だ…それが、自分の心の中を支配していた。
彼にはどんな顔をして会えば良いのか…
一生会えなくなる苦痛か、会っても解り合えない苦痛さは同等だ。
自分はそう考えていた。
『そんな事は無い! お前は強い!』
洗面所にいるアイツはそう言うだろう。
だが、自分は弱いのだ。
6年前、彼が居なくなるのを笑顔で見送った。
その時の、彼を失った喪失感の方が勝ったのだ。
そんな弱い自分を、心の中で責めた。
強くあろうと強くあろうと、東京の罪を無くすのに尽力しようと思った。
だが無理だった。
戦えば戦う程、居なくなった彼の事を思い出した。
その度に、自身の力が弱まるのを感じた。
だからこそ、提案された本名でお互いを呼ばないという提案を受け入れた。
お互い、協会からの仕事以外では、極力干渉しないと。
そこからは、普通の生活と退魔の仕事、割り切って5年は生きてこられた。
でも無理だった。
1年前に、彼と同じ雰囲気を持つ彼に会ってからは。
最初はとても警戒した。
そんなわけが無い。
彼はこの世界の住人では無いのだ。
此処に居るハズが無い。
だから、慎重に話を進めた。
でも…彼と居るとあの頃を思い出してしまう…
あの時と同じ気持ちになる自分が嫌だった…
こんな考えは卑しいと。
全然違う彼との記憶が、以前の彼の記憶を塗り潰している様で…
それを感じた時、彼の記憶が曖昧に成った気がした。
どんな顔だったのか?
どんな喜び方だったのか?
どんな怒り方だったのか?
どんな哀しみ方だったのか…
その恐怖が、彼との関わりに距離を取らせた。
けれど、それを彼は感じ取っていた。
それを人知れず悩み、溜めていたのだ。
彼が居なくなったのは、自分が原因だ。
それを臭わせた自分の…
会って、彼の怒りを受け止めねばならない。
彼の辛さを、哀しみを受け止めねばならない。
そして、二人の前から自分は居なくなろう…
その思いで、所々脱色した長髪の女は歩みを進める。
唯一明かりが点った洗面所につくと、中に居る眼鏡の優男に声を掛ける。
「彼が見付かったかも知れない」
その一言に、眼鏡の優男は表情を変えず、鏡越しに自分を見遣る。
「わかった」
そう一言だけ優男が答える。
「先に行くよ…"トシ"…」
そう言って、返答を聞く前に、暗闇の中の廊下に堂々と足を踏み出した。
「後で行くよ "スズ"…」
その言葉は独り言の様で、伝わっているかは微妙だった。
彼に会って、伝えなければ…!
その意志だけで、自分は半年間彼を探した。
その歩みは、ハッキリとしていた。




