二つの変化・上
風を操って地面に降りたところで、巨体が消えてライフコアが氷の上に転がった。
誰かが安心したように息を吐く。どうにか倒せた。
暫く周囲を伺うが、特になんの気配もない。
ぬかるんでいた地面も硬く戻っていった。あいつ一体だけだったらしいな。
あんなのがもう一体きたら勝てる気がしないんだが。
「見事だった。今回の一番の働きはお前だな、ライエル」
アグアリオ団長がライフコアを拾い上げて、淡々とした口調で言う。
「そうだな」
「助かったよ、ライエル」
「感謝するぞ」
何人かが声を掛けてきた。
エズラとあとは風で無理やり吹っ飛ばして助けたやつだ。まあ死ななくてよかった。
「大丈夫か?」
あの風は魔獣相手だと火力不足だが人に使う分にはそれなりに威力がある。
当たり所によっては命にかかわることもあり得るが、さすがにあの状況じゃ加減する余裕はなかった。
「ああ、問題ないさ」
顔に殴られたような痣があるが……この程度で済んだか。
痛そうではあるが、あいつに食われるよりは良かっただろう。
ふと目をやると、地面に刺さったままのユトリロの剣が視界の端に見えた。
犠牲が二人も出てしまった。
さすがに相手のことが何も分からない状況じゃどうしようもなかったとしても、同じパーティの仲間が死ぬのはいつだってやりきれない気分になる。
「犠牲なくして魔族と相対することはできない」
団長が察したように口を開いた。
「お前はよくやった。迅速に対応できなければもっと死んでいた」
いつもと変わらぬ口調。
だが、あの怒りの表情を思い出す。平気なわけはないことくらいは分かった。
というより、平気な冒険者はいるはずがない。
「夜明けを待って街に移動する。全員見事な働きだった。あとは私が見張る。皆、夜明けまで休め」
それだけ言うと団長がユトリロの剣を引き抜いて、車両の方に歩み去っていった。
◆
丘の向こうの地平線はごくわずかに白んでいたが、見上げるとまだ濃い藍色の夜空が広がっていた。
夜明けまではもう少し間がありそうだ。少しは寝れるか。
毛布にくるまって横になろうとしたところでテレーザが隣に座った。
「どうした?」
「……ここにいていいか?」
「ああ……いいが」
テレーザが何かを確かめるように体を寄せてきた。肩が触れ合う。
こいつは恐らく仲間が死ぬなんて言う場面を見るのは初めてだろう。
見たくない物ではあるが……それでも戦う以上、避けることはできない。
「お互い無事でよかったな」
「……うん」
テレーザが静かに頷いて俺を見上げた。
◆
翌日。
朝になって早々に出発したが、割と早い段階で次の駅のある街から派遣されてきた冒険者達と衛兵の馬車の部隊に出会えた。
列車が着かなかったからおかしいとは思ったが、夜に救助隊を出すことはできなかった、ということらしい。
結果的には賢明だったと思う。
もしあの魔族とぶつかっていたら数人の冒険者ではとても歯が立たなかっただろう。
地中から奇襲を受けて全滅した可能性が高い。
とりあえず延々と線路を歩くことにならなくて助かったな。
それに、乗客も歩きはしんどかっただろう。
「そういえば、クレイ」
馬車で隣になったクレイに声をかけた。
「なんですか?」
疎ましそうな口調でクレイが答える。
「ありがとよ……あの防御はお前だろ?」
あのヒレに切られかけたときの防壁はこいつだろう。
テレーザの防壁はあのタイミングだと間に合わなかったはずだ。
率直に言って、こいつに守られるとは思わなかったな。
しばらくクレイが考え込むように沈黙した。
「勘違いしないでいただきたい。あなたを助けたわけじゃない。私は師団の団員を助けだだけです」
素っ気ない口調でクレイが言う、
「言ったはずですよ。私はこの師団のために戦う、と。
……この機会をくれたあの団長には借りがありますからね」
クレイが静かに呟いた。
クレイ、というかローランは冒険者ギルドの規約に反して捕まっている。
その後の詳しいことは知らないが、恐らくアレクト―ル学園も追われているだろう。
貴族の家にとっては家名を汚したってことになるだろうし。
まともに魔法使いとして生きる道はなかっただろうな。
あの団長がいかなる方法でこいつを師団にいれたのか……想像ができるような気もするが。
「……一つだけ、貴方に学んだことが有ります」
クレイ、というかローランが言う。
「なんだ?」
「自分の力は自分で証明するものだとね。
それと一つ言っておきます。私は貴方にもテレーザにも負けたつもりもない」
そう言って仮面越しにローランが俺を見た。
「あの時、策を弄するなどつまらないことをすべきではなかった。正面からあなたを叩き潰すべきだった」
「なるほどね」
俺にそれを言うかって感じだが。
「今度こそ私が最も優れたものであると証明する。主席に相応しいのは私だと。私は貴方たちより劣っているとは思っていない」
そう言ってクレイが俺を見た。仮面越しにも睨まれているのが分かるが。
「ああ……前段は聞かなかったことにしておくが、後段についてはそれはそうだろうな」
そういうとローランが意外そうに首を傾げた。
もちろん冒険者にランクはあるし学園の序列は存在するだろう。
あの時はいろんな要素もあって俺はこいつを退けることができた。
だが、あれだけで強さ弱さの序列が決まったりはしない。というより、そんな簡単に決まりはしない。
俺の練成術も強い弱いでいうなら弱くはないと思う。だが時代の流れで役立たず扱いされていたわけだしな
「相変わらずお前はお高く留まっていて、いけ好かないが」
そう言うとクレイの口元が引きつった。
まあこの位の意趣返しはしても罰は当たらないだろう。
「お前の強さは認めるよ。強い仲間は歓迎するさ」
これは団長も言っていたし長く冒険者をして、何度もパーティから変えざるを得なかったから分かることだが。
パーティ同士の仲がいいのは勿論いいことだ。
ただ、戦いのときの信頼関係というのはそれとはまた少し違う。
そりが合わなくてもプロとして戦いに徹すれば連携はできる。
「それに余計なことを言うようだが、今更主席がどうとかそんなの関係あるのか?お前はもうこの師団の一員であってアレクトール学園の生徒じゃないだろ」
そう言うとローランが顔をそらした。
「まあ同じ師団員としてこれからもよろしくな」
そう言ってはみたが、ローランは顔をそらしたままだった。
やれやれだな。
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