一人で倒せない相手は
死んだ、と思ったが。
槍に突かれたかのような衝撃があって、胸に突き刺さった棘が白い光で弾かれた。
耐魔銀のマントと鎧だけじゃない。白い光が体に纏いついていた。
防壁だ。いつの間に、誰が。
そこかしこで棘やヒレが地面から突き出す。
一人が切り裂かれて倒れた。治癒術師が慌てて駆け寄って傷を治す。
「大丈夫か?」
青ざめた顔でテレーザが駆け寄ってきて胸に触れた。
幸いにも穴が開いていたりはしないが。
「ああ、問題ない。それよりテレーザ、地面の中の魔法は打てないのか?」
「だめだ。地の中はおそらく結界のような、あいつの領域だ。私の魔法は届かない」
テレーザでもダメか。
いつどこを襲ってくるか分からない上に、隠れている間はこっちは手出しできない。
卑怯を煮詰めたようなクソ野郎だな。
地面の外に完全に引きずり出さないとだめか。
「ライエル!」
団長が俺を向いて声を掛けてきた。
「はい」
「あいつが襲ってくるときに高く飛べ。風の系統にそういう術があるだろう!食われそうになったら高く飛び上がるのだ」
団長がそう言って全員を見回した。
「聞け!ライエルが囮になる。私があいつを吊り上げる。魔法使いはその隙に最大火力を叩き込め。いいな!」
「ですが!」
テレーザが抗議するように声をあげるが。
「この編成で空を飛べるのはこいつだけだ。こいつのことを思うなら一撃で仕留めろ」
テレーザが心配そうに俺を見るが。今はのんびり作戦会議をしている暇はない。
可能な限り早く倒す、は魔獣討伐のセオリーだが。こいつはまさにそれだ。
早く倒さないと犠牲が増える。
「頼むぞ、テレーザ」
「ああ……任せろ【書架は北西・創造の2列・四拾八頁15節。私は口述する】」
テレーザが唇を結んで詠唱に入った。
「凍れ!」
団長が地面にサーベルを突き立てる。
泥濘んでいた地面の表面が一瞬で白く凍りついた。これなら飛び出してくる瞬間は氷が割れるからわかるってことか
続いて氷の台のようなものが立ち上がった。
魔法使いや他の団員たちがそれによじ登る。
「風司の29番【高き天を舞う燕より速く、駆けよ翼】」
体に風が纏いついた。周りに静けさが戻る。
足元から見られている感覚、殺気を感じるが……ユトリロ達の仇は取らせてもらうぞ。
足元の氷が軋んでひびが入る。今だ。
◆
足元に黒い影が広がった。タイミングを合わせて空中に飛び上がる。
まるで地面が沸き立つように巨大な姿が地面から飛び出した。
氷が円上に割れて左右から巨大な壁のような顎が立ち上がる。丸太のような巨大な牙がはっきり見えた。
氷の破片をちらして顎が迫る。底なしの穴のような暗黒が真下に広がった。
風を噴かしてさらに高くまで飛び上がる。
魔族の赤い目が俺を見た。張り出したヒレをうごめかして、俺を追うように飛び上がってくる。
「貫け!」
団長の声と同時に地面から氷の杭が何本も突き出した。四方八方から生えた杭が突き刺さる。
氷の杭がそのまま伸びて巨体を空中に吊り上げた。
青黒い鱗に覆われた棘だらけの全身が地面から姿を現す。
街道汽車の車両よりはるかにでかい巨体が、銛に刺された魚の様に空中に釣り上げられた。
だが、まだ噛みつこうかとするように顎が蠢く。
巨体が揺れて氷の杭にひびが入った。
あれだけ刺されても大して効いてないのか。
団長の氷は魔法じゃなく、恐らく武器での攻撃と同じ物理攻撃の属性なんだろう。
そして、まだ詠唱は終わっていない。
「逃がすと思うか!そこにいろ!」
団長がもう一度サーベルを振る。
白い霧が一瞬漂って、冷気が吹き付ける。霧が消えると、真っ白い氷が棺の様に魚の巨体を包んでいた。
空中から見下ろす。
氷の中で赤い目が光って、魔族がまたあざ笑うように口をゆがめた。効いてないとでもいいたいのか。
巨体が揺れて棺のような氷の塊にひびが入った。
普通の魔獣なら軽く5回は死んでいるはずだが、これでも一瞬動きを止める程度か。
だが。
「人間を舐めるなよ、クソ魚」
時間は十分に稼いだ。真下で魔法のものと思しき光がちらつく
今度はこっちの番だ。
◆
「【跨るは黒雲の駿馬、手にするは白金の槍、天翔ける騎兵!我、汝に命ず、雷よ落ちよ!】」
最初の魔法、地面から伸びた青白い稲妻が空を突くようにそいつを貫いた。
苦痛の声をあげて巨体をばたつかせる。魔法は効いてるな。
体を捉えていた氷の棺がばらばらと飛び散った。
「【我が名において揺蕩うマナに命ず。集いたる数多の射手たちよ、隊伍を組め。わが指揮に応じ番えし矢を放て】」
次にクレイの魔法が完成した。黒い矢がクレイの周りに浮かぶ。
雨のように飛んだ何十本もの黒い矢が氷を突き破って胴体に突き刺さった。
黒い血煙が飛び散ってそいつが悲鳴を上げる。
「【ここは幽世2階層。音に聞こえし玉薬。赤き火の花咲きたれば、あとに残るは血と屍】」
ラファエラが杖で地面を突く。
しゃらんと軽い鈴の音がして真っ赤な爆発が起きた。真下から熱風が吹き付けて氷が砕け散る。
焦げ臭い匂いが漂って青い鱗と棘のようなヒレの破片が黒い血のようなものと一緒に氷に散らばった。
「ライエル!もっと高くまで飛べ!」
テレーザの声が下から聞こえた。風を噴かせてさらに高く飛び上がる。
真下で巨体がのたうつのが見えた。漸く事態を悟ったか、逃げようとしているのか。
だがもう遅い。
「【天空に有りて裁きを司るものに我、申し上げる。彼の者は許されざる咎人なれば寸毫の自由も許す勿れ。雷鳴の獄に永劫に繋ぐがその罪過に相応しいと愚考するものなり。呵責は不要。然るべく】術式解放!」
自分で雷撃を使うときの様に髪が逆立つような感覚があった。肌に刺すような刺激が走る。
僅かに遅れて紫色の光がほとばしった。
嵐のときの風を思わせる重たげな悲鳴が上がる。
魔族の巨体に雷撃が網のように絡みついて雷が断続的に光った
一瞬で消える俺の雷撃とは威力も何もかも桁が違うな。
身もだえする巨体にまた次々と氷の杭が突き刺さって空中にそいつをくぎ付けにする。
雷撃が消えると巨体がぐらりと傾いでそのまま氷の上に転がった。
釣り上げられた魚のようにのたうちつつ、地面にまた潜ろうとする。
まだ死んでないのか、と思ったが、トドメとばかりに黒い矢が岩の様に膨らんだ頭に突き刺さった。
クレイの魔法の矢か。何発か残しておいたらしい。
一際大きな悲鳴が上がって体が硬直する。
魔族の姿がボロボロと崩れていった……終わったか。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】からポイント評価をしてくださると励みになります。
感想とか頂けるととても喜びます。





