潜むもの
エズラの体が空中を飛んで近くの地面に落ちた。べちゃりと音がする。
手荒な方法だったがまあ許せ。
何度か戦ってわかってきたが、魔族は固有の黒魔法をもっている。
こいつの黒魔法の一つはあの光で人を引きつける能力だろうが。もう一つはこの足元のこれか。
足場を悪くする能力かと思っていたが、違う。
沼に潜んで餌を食らう、巨大な魚のようなものか。この沼のようになった場所はあいつの餌場みたいなもんだ。
「エズラ、大丈夫か!」
「はい」
団長が頬を叩くとエズラが我に返った。
「なんなんだ、こいつは」
「魔族……おそらく地面の下にいます」
変な表現だが、そうとしか言いようがない。
水の中を泳ぐ魚のように地面の下を泳いでいるんだ。
「姿を現せ!魔族が!」
団長が剣を振った。白い巨木のような氷が一瞬で空中に浮かんだ。
氷の塊が地面に突き刺さるが、泥が跳ねあがって地表に波が走って氷の塊が粉々に砕けた。
足元が波打つ。まずい。さっきのように飛び上がってくる
「全員下がれ!離れるんだ!」
波打った地面から突然巨大な顎のようなものが飛び出してきた。
「うわっ」
悲鳴が聞こえて、まるで挟み込む壁のような顎に一人が飲み込まれた。
水面で餌を食べる魚のようにそいつが顎を蠢かせる。鎧と硬いものが砕ける音、悲鳴が聞こえた。
ラファエラやテレーザが詠唱を始めようとするが、そいつがまた地面の中に身をひそめる。
この速さじゃ詠唱も間に合わない。
誰かが悪態をつく。
全員が武器を構えて警戒する中。
水面というか地面が波打って、少し離れた地中からそいつが姿を現した。
◆
ちょっとした船のような巨体だ。
空中に赤く輝く明かりを浮かんでいる。あれがさっきの光か。
横長の口は路面汽車くらいは飲み込めそうだ。
アルフェリズでたまに見かけた鮟鱇なる魚に似ている。
水面、というか地面の下に隠れている部分も含めれば相当のサイズだろう。
青黒い鱗に覆われた岩山のような背中にはデカい刃物のようなヒレと棘が飛び出していた。
無感情な赤い目が俺達を見下ろす。
今まで会った魔獣よりよほど悍ましい。どう見ても知性がありそうには見えないぞ。
「貴様!わが団員を!」
恐ろしい寒気を感じさせる声で口調で団長が言ってそいつをにらむ。
「許さん!」
怒りの声を上げて団長がサーベルを振った、
同時に地面から氷の巨木のような白い氷の刃が飛び出した。頭と思しき場所を刃が貫く。
氷が枝分かれして、口の中から血のような黒い体液が噴き出した。
それだけでは終わらない。
続けさまに氷の杭が突き出してそいつの体に突きささる。
あの一瞬であれだけの氷の刃を作り出せるとは。流石ES帯だ。
一撃で終わったかと思ったが……すぐに氷が砕けて傷が癒えていく。
普通の魔獣なら頭をぶち抜かれて一撃必殺だろうが、ダメージはあったようだが致命傷には程遠い。
団長が何かを吐き捨てるように悪態をついた。
水面に浮かぶような状態でそいつが口を動かして何かを吐き出した。
銀色に輝く鎧の破片、ベルトと靴。それに長い剣が地面に刺さった。
あれは……ユトリロの剣だ。
いかつい顔のいまいち似合わない笑顔が頭をよぎった。
そいつが口をうごめかす。
薄笑いを浮かべているのがなんとなくわかった……確かに知性があるらしいな、このクソ野郎。
「てめえ、三枚おろしにしてやる!風司の43番【風は姿なきものなれど侮るなかれ。束ねれば其の強さは鋼の斧】」
風の刃が飛ぶが、それが届くよりそいつが地面に潜った。
風の斬撃をまげて地面にたたき込むが、どろりとした地面がはじけただけだ。
斬撃が地面の中に届いていないことは分かる。地中を動けるのはあいつだけってことなのか、
「【我が名において揺蕩うマナに命ず。選ばれし射手よ、隊伍を組み番えし矢を放て】」
詠唱が終えると、黒い光の筋が次々と地面に突き刺さった。
クレイが首を振る。魔法でもだめか。
こいつは……いままで戦った魔族の中で格段に厄介なやつだ
姿を見せるときしか攻撃が有効じゃない上に、いつ姿をあらわすかわからない。
しかも地の中に潜って下から襲ってくるこいつ相手だと、隊列を整えて前衛が止めて魔法使いが仕留める、ということができない。
また地面が波打った。地面から大剣のようなヒレが浮かぶ。
それがまっすぐにラファエラに突っ込んできた。
間に飛び込んだノルベルトが突進に合わせて大斧を振りぬく。
斧とヒレがぶつかり合って火花を散らした。
ノルベルトの巨体がよろめいて下がった。あのノルベルトの斧でも切れないのか。
吸い込まれるようにヒレが地面に潜った。また完全に姿が消える。
「てめえコラァ!せこい真似すんじゃねぇ!正々堂々とかかって来やがれ!」
ノルベルトが毒ついて斧で地面を叩く。
なにかが足元を擦りぬけていく感覚があった。また地面がかすかに波打つ。
振り向くと、横転した車両が目に入った。
「車両を狙ってる?」
「誰か車両に防御をかけろ!」
「【ここは幽世7階層。高き垣根は幾星霜、数多の戦耐え忍び、越えたるものは雲雀のみ】」
ラファエラが手早く詠唱して地面を杖で突く。白い光が車体を包み込んだ。
地面から飛び出した巨大な顎が車体に噛み付く。
白い光が散って車体がきしんだ。中から悲鳴が聞こえる。
「逃がすな!殺せ!」
団長が叫んで、前衛組が車体に走り寄るが、あっさりと顎が地面に沈んだ。
「陽動だ!」
そう言うと慌てて前衛たちが散った。固まっているとまとめて一飲みにされる。
と言ってもこいつ相手にどう警戒しろって言うんだ。
また地面が波打って巨大なあごが飛び出してくる。閉じる顎の間に2人。
「風よ!」
とっさに風の塊を飛ばした。二人に風が命中して吹っ飛ぶ。
直後に顎が閉じた。太い牙がこすれ合って嫌な音を立てる
転がった二人が頭を振って立ち上がった。手荒で悪かったが食われるよりはいいだろ。
「【我が名において揺蕩うマナに命ず。戦乙女の投げ槍となり邪悪なるものを穿て】」
空中に白く輝く長い槍のようなものが浮かんだ。一閃してそれが顎に突き刺さる。
そいつが呻き声をあげて地中に沈んだ。詠唱が早いが、あれでは致命傷にならないか。
わずかな間があって、また地面が波打つ。
刃のようなものが目の前に地面から飛び出してきた。とっさに刀で受け止める。
強い衝撃が手から頭まで突き抜けた。刀を落としそうになる。
恐ろしく硬い。
「危ない!」
誰かの声が聞こえる。振り返るともう一本の棘が目の前に迫っていた。
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