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一対三の戦い。

 一歩下がって三人を見る。

 距離はそれぞれ5歩ほど。三方から囲むように陣取っている。

 あの防具の効果はどの程度だろうか。まずは小手調べだ。


「風よ!」


 それぞれに風の塊を叩きつけるが、白い大楯(ラージシールド)の表面が一瞬光って風が掻き消えた。

 どうやら風の打撃はあの盾で止められるらしい。

 盾を躱して当てることは難しくないが。どうするか


「ではこっちから行くぞ!」

「食らうがいい!」

 

 三人がそれぞれ切りかかってくるが。

 今一つ連携が取れていない動きだ。一人目の剣を刀で弾いてもう一人の足を風で掬う。そいつが体勢を崩して芝生に膝をついた。

 

「せい!」


 マヌエルが気合の声をあげて剣を振り下ろしてきた。

 淡く輝く光が空中に軌跡を残す。半歩下がって躱した。


「どうした!」

 

 マヌエルが叫んで今度は剣を横に薙ぐ。

 大振りで軌道が分かりやすいな。素振りのようだ。

 

 なまじ高性能な装備を持ってしまうと、武器を当てることに意識が行ってしまって剣捌きや相手の動きの読みが雑になる。

 いわゆる装備に振り回される状態だが、まさにそんな感じだ。


 アステルの円弧剣は風の翼で飛ばないと避けられなかったが、そんなものを使うまでもない。

 ロイドの炎の斧槍(ハルバード)に比べれば迫力もない。

 

 これでB帯を名乗るのは流石に吹きすぎだな。

 風を操って距離を開ける。


「どうした、君。逃げるつもりか?かかってきたまえ」


 10歩ほどの距離が開いたが、3人とも詰めてこようとしない。

 間合いに難がある前衛がこの距離で錬成術師を相手にするなら即座に間合いを詰めて圧力をかけないといけないのに。


 甘く見ているのか、それとも場慣れの問題なのか。

 それぞれが視線を躱し合っている所を見ると、おそらく場慣れしてないの方だろう。

 

 まあこっちとしては詠唱の間が出来て有難い。

 長引かせる必要はないか。


「風司の43番【束ねし風は(さなが)ら戦船を(もや)う鉄鎖。絡まれば重く、逃れること能わず】」


 刀の切っ先から捩り合わせた太い縄のような渦巻く風が伸びる。

 盾の下をくぐるようにしてマヌエルの足に絡みついた。



 マヌエルの体が軽々と持ち上がった。

 

「なんだこれは!」


 脚が浮いてマヌエルが手足をばたつかせる。剣が落ちて芝生に刺さった。

 これは風を操って相手を吹き飛ばしたり動きを止めたりする術だ。

 御自慢の魔法の防具だが、直接的な攻撃じゃないからこれは無効化できない。


「歯を食いしばっておけ」


 刀を横に薙ぐ。

 風に捕まったマヌエルの体が振り回される投石紐(スリング)のように猛スピードで横に飛んだ。

 一人にぶつかって鈍い衝突音がする。悲鳴が上がってそいつが屋敷の壁まで吹っ飛んだ。

 

 もう一人を狙って今度は逆方向に振る。風の唸る音とマヌエルのものらしき悲鳴が聞こえた。

 男が怯えたように悲鳴を上げて、よろけてそのまま地面にしりもちをつく。


 当てるまでもないか。もう一回転させて刀を高く掲げる。

 地面すれすれを飛んだマヌエルの体が屋敷の三階ほどまで持ち上がった。


「受け身くらいはとれよ」


 ボールを投げ上げるようなイメージでそのまま術を解除する。

 白く輝く鎧をまとったマヌエルの体がふわりと浮かんで、糸が切れたように落下した。

 かすれた悲鳴が上がる。


「ぶべっ」


 僅かな間の後に、情けない悲鳴を上げてマヌエルが芝生に落ちた。

 


 マヌエルが芝生に潰れたカエルのように倒れている。

 まあ魔法の防具も付けてるし、芝生は柔らかい。一応頭から落ちないようにはしたから死にはしないだろう。


 改めて刀を構えて三人を見た。 

 壁にぶつかった一人は剣を杖にしてどうにか立ち上がっている。もう一人は無傷だが青ざめたまましりもちをついたままだ。

 マヌエルがよろめきながら立ち上がる。


 全員、直接的な傷は大したことないだろう。

 だが腰が引けた感じで、戦意はもうないことは見てとれた。


 実戦を経験していない者の最大の弱みは、戦いの怖さに対する心構えができていないことだ。

 稽古とかと殺し合いの実戦は全く違う。

 

 こればかりは実際に魔獣や人と命を懸けて真剣に戦わないと分からない。

 傷の痛み、自分を狙う殺意、当たると死ぬとかもしれない魔獣の牙や爪をかいくぐる覚悟。

 恐怖を乗り越える気持ちが無ければ、どんな恩恵(タレント)も立派な装備も力を発揮できない。


 この心の持ちようは、普通は場数を踏まないと身に付かない。

 冒険者ギルドはどんな優秀であっても、養成施設を出たばかりの冒険者には一度先達のパーティに入ることを義務付けている。その理由もこれだ。


 体の傷は魔法の防具が防いでくれても、恐怖に溺れず心を奮い立たせて戦うのは自分しかできない。

 恩恵(タレント)が低くても、窮地での揺れない判断力や強い心で状況を打破する奴はいる。恩恵は大事だが、強さはそれだけでは測れないのだ。


「戦いを甘く見るなよ」

「なぜだ……練成術師風情が」


 マヌエルが悔し気に聞いてくるが。

 練成術師は確かに魔獣と戦うなら火力不足で中途半端ではあるが、対人戦ならその弱点は顕在化しにくい。


 それに中衛がパーティから弾かれるのは編成とか報酬とかそう言う部分もかなり影響している。

 時代遅れとは言われて前衛に活躍の場を奪われてはいるが、魔法使いや練成術師自体が弱くなったわけじゃないのだ。


「どうした。まだ戦闘不能な傷を負ったわけではないだろう。続けろ」


 アグアリオ団長が重々しい口調で言う。

 マヌエル達が怯えたようにアグアリオ団長を見た。


「それとも、もう終わりか?」

「馬鹿者!マヌエル!立たんか!」


 フェルナンが言うが。

 

 今回はあえて殺傷力は低いが恐怖感をあおる術を使った。

 今後、実戦経験を積めばマヌエルがどうなるかは分からない。だが、今は恐怖心を乗り越えて立つことはできないだろう。


 もう一度刀を構えて切っ先をマヌエルに向ける。

 マヌエルが項垂れて膝をついた。



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普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ/僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。
元サラリーマンが異世界の探索者とともに、モンスターが現れるようになった無人の東京の探索に挑む、異世界転移ものです。
こちらは本作のベースになった現代ダンジョンものです。
高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~
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