血戦・上
「あの時といい、今回といい……ベテランとは思えないですね。まあ、いいでしょう」
二人の戦士が武器を構えてローランの前に立ちふさがった。
ここで負けたら結果は同じだ。
格好つけてみたもののあっさり負けましたでは話にならない。道化もいいところだ。
こうなった以上、勝たなくては意味がない。
戦いにおいて、最後にものを言うのは根性とか執念とかそういうものだったりするが。
最後に至るまでに大事なのは冷静さだ。
火の闘争心と、水の状況分析。
それが無ければそもそも最終局面に辿り着けない。根性を出す以前の問題として負ける。
勝ち筋を探れ。
自分と相手を分析する。
非常手段を考えないなら、現状では雷撃はあと一発かギリギリで二発撃つのがせいぜいか。
長期戦は不利。
相手は三人。
前衛が二人。雰囲気的にはB帯中位か上位クラス。
ローランはランクは不明だが、火力はともかくとして魔法使いとしての総合力はテレーザより上と見るべきだ。
「【ローランの名において揺蕩うマナに命ず。鋼の鎧を彼のものに与えよ】」
印を組んでローランが詠唱する。
白い光が二人を包んだ。防壁賦与を一瞬で二人にかけるのか。
詠唱が短く的確。いかにも今の魔法使い。
二人の前衛が武器を構える。1人は大剣、一人はウォーハンマー。
魔獣相手に有効打を与えられる前衛だ。当たれば即死だろう。
長く戦っていくつか体で理解したことがある。
戦いに勝つためには攻めなくてはいけない。後手に回ってはいけない。
そしてももう一つ。多対一の戦いで一番重要なのは、とにかく一人でも数を減らすこと。
そして、今最優先で止めないといけないのはローランだ。
前衛に守られたまま後ろから魔法で攻撃されると止めようがない。
それにあいつが一番止めやすい。
「【ローランの名において揺蕩うマ……】」
「風司の59番【歌劇の幕が降りたれば、広間に残るはただ静寂】」
詠唱はこっちの方が早かった。
◆
ローランが戸惑ったようにして口をパクパクさせる。前衛の二人が驚いたように振り返った。
音を封じる魔法。
戦闘ではあまり使い道がない、魔獣が仲間を呼んだりするのを妨げたり、不意打ちに使う位しかないんだが……こんな風に詠唱を止めることはできる。
ただ、音を封じるってだけで詠唱自体を封じるわけじゃない。ほんのわずかな時間稼ぎだ。
あと二人。
二人がそれぞれの武器を振り上げて突撃してくる。
二対一で接近戦のエキスパートと殴り合いをやれば負ける。近づかせてはいけない。
短期決戦、一撃で決める。
地面を蹴って後ろに飛ぶ。同時に体に風を纏わせた。体が風に乗って一気に二人が遠ざかる。
「させるか!」
慌てたように二人が足を速めるが、もう遅い
「風司の7番【遥か野に響く遠雷を聞け。其が示すは審判の槌音。見よ、今汝の頭上より降り注がん!】」
強烈な脱力感と雷撃を使った時の肌を針で刺されるような感覚。
白い靄を切り裂いて、轟音とともに青白い雷が落ちた。
◆
砂煙と湯気と靄の残りが視界を遮っている。剣を構えたまま様子をうかがう。これで終わってくれればと思ったが。
視界を靄の中から一人が飛び出してきた。
仕留め損ねた。
「やってくれたな!」
防壁賦与越しでもダメージは入ったらしい。鎧に焦げ跡があって顔も焼け爛れたようになっている。
大剣が薙ぎ払うように振られる。とっさに剣で受け止めた。
目の前で火花が散って、頭の芯に響くような金属音がする。
骨がバラバラになりそうな衝撃が走って一瞬息が止まった。オーグルのハンマーを食らった時のように体が軽々と飛ぶ。
「風よ!」
声にこたえて風が巻いた。空中で制動がかかって地面が足に着く。
どうにか凌げたが、テレーザと距離を開けられた。クソが
痛みと衝撃で脚が震える。
大剣の男がテレーザの方を向いた。
あっちの方が近いが……雷撃は打ち止めだ。だが。
「これでも食らえ!!」
剣を振り下ろす。
風の塊が大剣の戦士にぶつかった。そいつが馬車にはねられたかのように吹っ飛ぶ。
砂浜に体を叩きつけられて転がっていった。
あの魔族には全然通じなかったし、風の塊をぶつけるのは致死性は低い。魔獣に相手ならひるませる程度の効果しか期待できない。
だが人間相手なら過大な火力は不要だ、これで十分。
見回すと靄が薄くなってきた。ローランが印を組んで詠唱に入っている。
沈黙のあれは効果範囲が狭い。所詮は時間稼ぎだ。
もう一人の戦士もウォーハンマーを杖にして立ち上がろうとしていた。
「風司の29番【高き天を舞う燕より速く、駆けよ翼】」
風で体が地面からわずかに浮いた。足で地面を蹴るイメージで風を操る。
風に乗って滑るように体が動いた。
とにかくまずはテレーザを確保しておかなくては。
「食らえ!」
大きく回り込んで風の塊を飛ばす。
だが硬い物がぶつかり合う音がして風が消えた。本職の戦士を吹っ飛ばせるほどの風だが、まったく効いていない。
光る膜の様なものがあいつを守っているのが見えた。
テレーザと同じ、なんらかの防御効果つきの装備か。
「【ローランの名において揺蕩うマナに命ず。射手よ長弓を構え我が命を待て】」
黒い槍のような何かが次々と宙に浮かんだ。
風を操作して強引に制動をかけて横に飛ぶ。体を捩じられるような圧力がかかった。
今まで居た場所を槍が貫く。
「なんだこれ」
弓兵の部隊が矢を射かけるかのように次々と槍が飛んでくる。
風に乗って砂の上を旋回するが、俺を追うように黒い槍が飛んで、次々と砂浜に突き刺さった。
噴水のように立て続けに砂が吹き上がる。
威力はテレーザの程ではないが、詠唱から発動までが速い。
魔獣なら兎も角、俺がこれを一撃食らえば間違いなく死ぬ。これじゃ近づけない。
「くっそ!行け!」
回り込みながらもう一度風の塊を飛ばす。重い音がして砂煙が上がるがローランは平然と立ったままだ。
普通の風では防具の防御を破れない。
剣で直接切るか、それが果たして通じるか。
風に乗って動きつつ隙を伺うが……魔力の使い過ぎで頭がふらつく。
限界は近い。迷ってる余裕はない。
最後の槍を避けた。風を操って前に踏み込む。
ローランが印を組んで詠唱を始めた。次は何を使ってくるか。
警戒した時、突然周りの風が消えた。勢い余って砂浜に膝がつく。
まだ効果時間はあるはずだが……解呪か?
「ここまでです!」
立ち上がろうとしたところで、ローランが叫んだ。
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