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そこを目指す理由

 店を出た時にはもうテレーザの姿は見えなかった。

 通りを行く人たちと路面汽車トラムでにぎわっている。どこへ行ったのか。


 当てもなく探しても仕方ない。風を飛ばして探知するとすぐにわかった。

 川沿いの通りのベンチでテレーザが膝を抱くようにしてうずくまっていた。



 傍に立っては見たものの、どう話を切り出したものか。

 というか、何を聞けばいいのか。


「どうした……あいつと行けば良い」


 顔を膝にうずめたままでテレーザが言う。


「行って良いのか?」

「許さない!そんなことは!」


 テレーザが顔をあげて叫んで、また顔を伏せた。

 周りの人たちが怪訝そうに俺達を見て、歩き去っていく。


「……許さない」

「事情を聞かせてはくれないか?」

 

「あれは……魔法使いの名門、ギャレス家の者。アレクトール魔法学園の実践魔術の次席だ……主席は私だ。僅かな差しかないが」


 なんとなく想像はしていたが、そういうことか。

 ギャレス家なる家は俺でも聞いたことがある。確か今の宮廷魔術師だったような気がするな。

 新聞で読んだ覚えがある。俺とは関係なさ過ぎて殆ど内容は覚えていないが。


「学内ではもうどうしようもなかった。あいつの手が回っていて……普通のやり方ではもう主席を守れなかった」


 恐らく、何かしらの妨害のようなものがあったんだろうな。

 俺にも経験があるが、小さな冒険者養成所でもどんなところでも足の引っ張り合いはある。

 俺も含めて人間は残念ながらそこまできれいじゃない。


「……学外に出てしまえば、邪魔は入らないと思った。主席を取るためにはこうするしかなかったのだ」


 実践魔術の生徒で実際に冒険者に混ざって戦闘を行うのは珍しい、と探索者スカウトギルドの情報で言われたが。

 主席なのにこんな危ない橋を渡っているのはそういう理由だったわけか。

  

「どんな奴なんだ?」

「素晴らしい魔法使いだ……早い詠唱と多彩な魔法。私とは大違いだな」


 テレーザが自嘲するように言った。


「ずっと言われてきた……40年前なら英雄だった、と。生まれてからずっと……なんでこんな能力を授かったんだと呪ったよ。

何度も自分の魔法を変えようと思った。でも無理だった」


 恩恵タレントは生得的な物で変えることは難しい。それと付き合っていくしかない。

 配られたカードが何であれ選べるのは二つ。勝負するか降りるか。冒険者の格言だ。


 俺の錬成術も風の属性の触媒に限定されている。

 例えば火炎系の触媒を使うことができるかと言えば……出来なくはないだろうが、本職には遠く及ばない。

 長く訓練すれば少しはマシになるかもしれないが、そんなことをしているくらいなら本来の方向で訓練するほうがはるかにいい。


「だが……一位になれば……こんな能力でも、誰にも侮られることもないと……」


 最後の言葉は聞き取れなかった。人通りが途切れて川の流れる音が聞こえる。

 前衛の武装の改良が進んで冒険者や騎士の編成に大きな変化が生まれたが、それが加速したのは確か15年ほど前からだ。

 こいつは17歳くらいだから、そういう意味ではずっと不遇だったんだろう。

 

「主席ってのはそんなにすごいのか?」

「ああ……歴代の主席の名は学園に記録される。特別なんだよ」


「だが、なぜそこまでこだわる?そんなものがなくとも、お前は強い魔法使いだろ?」


 詠唱が長いという欠点はあるにせよ、テレーザの魔法の威力は破格だ。主席でなくとも十分に活躍の場はあると思うが。

 俺でなくても組む相手を選べばその能力を発揮できるだろう。

 

「本当は……主席という地位自体はどうでもいいのかもしれない」


 長い沈黙の後にテレーザが口を開いた。

 いつの間にか日が沈んで、人通りもすっかりなくなっていた。

 月明かりと、いつのまにか灯っていた街灯が川沿いに並んでいて、それが妙に明るく見える。


「……時代遅れと言われた私がそこに辿り着けるのか……そこに立った時、なにが見えるかが……知りたい」


 そう言ってテレーザが黙った。

 なんで駆け出しのはずなのにこいつが戦いのときに落ち着いているのか分かった気がする。

 度胸があるわけでも場数を踏んでいるからでもない。それを上回る決意があるからか。


「一つ聞いていいか?」

「なんだ?」


「もし俺みたいな防御よりの前衛と組めなかったらどうするつもりだったんだ?」


 正直言うと、俺のようなスタイルの冒険者もほぼ絶滅危惧種に近いと思う。

 都合いい仲間が見つからない可能性の方が高かったはずだ。  

 テレーザがまた沈黙した。


「………お前のことは……調べてきた。国中で、私に合う冒険者を探した……風を操る防御に優れた錬成術師だと」


 意を決してって感じでテレーザが口を開いた。

 そうだったのか。全然気づかなかったぞ。


「他のパーティに居たら……金で引き抜くつもりだった。あいつと同じだな」


 そう言ってテレーザがまた黙った。

 ひんやりした川の風が頬を撫でていった。


「……公平に言う」


 長い沈黙のあとにテレーザが口を開いた。


「なんだ?」

「私は……彼以上の報酬をお前に約束はできない」


 行かないでくれとは言わないんだな。それがこいつの矜持か


「そうか」



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普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ/僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。
元サラリーマンが異世界の探索者とともに、モンスターが現れるようになった無人の東京の探索に挑む、異世界転移ものです。
こちらは本作のベースになった現代ダンジョンものです。
高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~
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