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幕間 求婚の場の一幕

 前から下書きだけしていた幕間を公開します。

 ヴェレファルとの戦いの後、結婚式の前の求婚の場面です。


 それとは関係ないですが、描いていた別作品、戦乙女と白狼~死姫と呼ばれた魔法使いと辺境の最強剣士~が書籍化します。

 12/13日発売、レーベルはサーガフォレストさんです。


 本作と構図が似ているので、こちらもお楽しみいただけるのではないかと思います。

 書店で見かけられましたら、是非一冊手に取って頂き、本作共々ごひいき頂けると幸いです。

「いい、ライエル。貴族の求婚の仕方を教えるわ」


 あのヴェレファルとの戦いが終わってから半月ほど経ったある日。

 大事な話がある、と言われてすっかり何度も通ったカフェに行ったら、カタリーナとテレーザ、それにアステルがいた。

 そして開口一番そんなことを言われたわけだが……唐突に言い出す話なのか、これは。


 テレーザと結婚するという流れ自体は既に進んでいて、先日はヴァレリア伯領のアマラウさん達に挨拶してきた。

 あの戦いからこっち、王陛下主催の祝賀会だの、師団の祝勝会だの色々とあり過ぎて正直言ってかなり疲れているのが本当の所だ。


 というか、やることが多すぎる。

 もうあの戦いから半年くらいたった気がするぞ。


「なんだ?しきたりがあるのか?」


 次は求婚の儀式なるものをする、というのは聞いていたが

 ……結婚式ならともかく、結婚を申し込むだけでそんな大仰なものをするのか?


 家と家の繋がりを重視する貴族だから親に挨拶するというのは当たり前だろう。

 それは分かる。

 

 だがそれ以外に何かあるのか。

 指輪を贈るというのは、貴族も市民もどうやら共通しているらしいが。


「いい、まずは男性が一度結婚を申し込むの。そして女性の側が一度拒絶する。

場所は勿論求婚の場に相応しい格式のある場所でないとダメよ。安心しなさい、私が格式の高い場所を紹介してあげるわ」

「はあ……それで?」


「その後に男性がもう一度、結婚を申し込むのよ。言い方は変えなくてはいけないわ」 

「……なるほど」


 なんでそんなことをするのか、さっぱり意味が分からん……という言葉は辛うじて飲み込んだ。


「そして二回目で女性がそれを受けるの。そうしたら指輪を女性の指に填めてあげて、求婚が成立するの」

「……で、それを俺にやれと」

「当然でしょ?」


「しかも人前でやれ、と」


 格式のある場所、と言うのがどこだかは知らんが、誰もいないところで二人きりで、とかそういうのではなさそうだ。

 それこそレストランとかそう言う場所、つまり人前でやれということっぽい。


「大丈夫よ。周りもそういう作法は分かってるからね。

そういう場に居合わせるのは幸運なことと考えられているし、それにあわせるのも貴族の礼節なのよ」


 カタリーナが言うが……そういうことを言っているんじゃないんだがな。

 

「面倒くさすぎる。貴族式じゃなくて冒険者式で行こう」

「冒険者式とはどんなものだ?」


「結婚しよう、と言って、受けるなら受ける。あとは皆で祝宴だ。もしくは二人きりで言うとかだな。指輪を贈るのは同じだ」


「無粋ね」

「それは……嫌だ」

「ライエル、いい?あなたはもう貴族なのよ。ついでに言うと二人とも救国の英雄だわ。ならば踏むべき手順というのがあるのよ」


 テレーザとカタリーナが口をそろえて言う。

 助け舟を求めてアステルの方を見たが、アステルが性格悪そうな笑みを浮かべて首を振った。

 どうやらこいつも既にやらされているのか……どっちにしても助け舟を出してくれる気は無いらしい


「これはなぁ……経験者が言うがかなり照れるぜ、先輩。俺と同じ恥ずかしさを味わってくれよ」

「お前には人の情けってもんは無いのか」

「試練は分かち合うのが人ってもんだろ」

 

 アステルが言う。

 どうやらやるしかないらしい。



「テレーザ、俺のこの指輪を受けとってくれないか」


 膝をついて指輪を差し出す。

 足元はふかふかのワインレッドの絨毯、高い天井からは豪華なシャンデリアが下がっていて、ライフコアの明かりが煌々と灯っている。

 ガラスの外からは夜景が見えるが室内は明るい。


 周りにはいくつものテーブルが並んでいて、そこに座っていた着飾った連中がこっちを注目した。


 ここは哀愁のファルド亭なるアルフェリズ屈指の名店、らしい。

 名店らしく内装は豪華だ。あの王宮のパーティの時にも負けていない。


 それに、料理の善し悪しなんてものは俺にはよくわからんが、それでも実にうまいことくらいは分かる。

 アルフェリズの店とか冒険者の店の者も美味しいが、それとはまた別の性質だ。


 一皿づつに取り分けられて真っ白い皿に盛られた料理は繊細というか精緻というか。

 見た目も味も未体験のもので、どうやって作ったのかさっぱり想像もつかない。


 一度男が求婚をして、拒絶し、もう一度求婚して女性が受ける、という貴族式の求婚だが……なんでこんな七面倒くさいことをしているのかと聞いてみたら、それが淑女(レディ)の慎みとかそういうものらしい。

 一度で請けるのははしたない仕草とかになるんだそうだ。


 テレーザが俺の方、というか差し出した指輪を見た。

 片眼鏡と青真珠(ベロア・デル・マール)のネックレスは標準装備で、今日は赤い華やかなドレスを着て髪を綺麗にアップにしている


 むき出しになった細いうなじが普段より大人びた感じで、それが今日は特別だという雰囲気を醸し出していた、 

 こっちも叙勲式に着るはずだった衣装を着させられている。


 返事を待ちつつ横目で周囲を伺った。

 カタリーナ曰く、都で一番のレストランなんだそうで、周りも貴族とか騎士とかそれなりに偉い連中だろう。

 言われて見ると見覚えがある顔がいくつかある。


 ……というか、俺達の顔はヴェレファル討伐の後の戦勝の宴とかで、色々と不本意ながら都中に知られている。

 店に入ったときから周りから思いっきり注目をされていた。


 なので周りもこれから何が起こるのか察してくれているだろう。

 一度テレーザが拒否して、周りが一度で諦めるなとか、そんな言う風にいってくれるはずだ

 

 そういうことを周りが言うところも含めて貴族の求婚の儀式らしい。

 ……要はまあ集団劇のようなものだな。

 

 店の全員の注目がこっちに集まった。

 テレーザが指輪を見つめる。

 

 テレーザが、私ではあなたに相応しくない、と言う。

 しかる後、周りが合いの手を入れてくれて、俺はそんなことはない、と言う……そういう段取りのはずだ

 次のセリフ……カタリーナにさんざん練習させられたのを思い出すが。


「あの……うん。ありがとう、とても嬉しい」


 そう言ってテレーザが指輪を取った……ちょっと待て。

 準備万端って感じだった周りからも、ざわめきと戸惑ったような声が上がる。


「え……おい」 


 周りの戸惑いを無視したようにテレーザが手を差し出してくる。

 混乱しつつもテレーザの左手の薬指に指輪を指にはめた。 

 ……これでいいのか?



 いろんな意味で色々と予定外だったが、求婚は終わった。

 儀式が終わったら周りは何事も無かったように自分たちの食事に戻っている。


 ちらちらと下世話な目で見られたりしないあたりは礼儀がしっかりしてるってことなんだろう。

 冒険者の宿とかだったら多分こういう風にはいかなくて、酒盛りをしながら根掘り葉掘り聞かれるところだ。


 銀の指輪はテレーザの左手の薬指で光っている……まあこれ自体は良いんだが


「段取りと違うだろ」 

「まあ、そうだが」


 ワインを飲みながらテレーザが少し気まずそうに言う。

 まさかワインで酔って忘れてたとかじゃないだろうとは思うが、なんでこうなったのかは分からん。


 予定外過ぎてこっちがパニックになりかけたぞ。

 あれほどこの場とか儀式の手順に拘ったというのにこれじゃ意味がないだろうに。


「だって……」


 テレーザが俯いて小声で言う。


「だって、断って……もしお前がどこかに行ってしまったら……って思ったら、そんなこと言えなかった」

「いまさらそんなことあるはずないだろ」


「でも……本当に心配だったの」


 テレーザが言うが、この辺の感覚はどうにも理解しかねるところだ。

 俺が無神経すぎるのかもしれないが。


 テレーザが手をテーブルの上に伸ばしてきた。

 手をつないでほしいってことだろう。手を握ってやると、テレーザの指に力が入って握り返してきた。


「まあいいか……これからもよろしくな」

「うん、これからもよろしく」 

 

 テレーザがようやく安心したように息を吐いてほほ笑んだ。

 俺は俺で色々緊張していたが、テレーザもそうだったらしい。



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