3・4巻発売記念SS・一緒にいるために
電子版の3巻、4巻が販売されました。
その記念にSSを公開します。
カタリーナ視点で、テレーザがライエルに新しい触媒を贈るときのやりとりの舞台裏です。
コミカライズ版だと18話と19話の間くらい。
コミカライズ版に合わせたので、web版とは少し齟齬が出てますが、コミカライズ版準拠のSSということで、一つ宜しく。
「それで、どうするつもりなの……というよりどうしたいの?」
小さいけど作りの良い丸いテーブルの向こうに座るテレーザに声を聞く。
ここは王都ヴァルメイロの中心街の路地にひっそりとあるカフェだ。最近はお気に入りでよく来る。
学外での実践訓練に出て、どうなることかとかなり心配していたけど。
中位の魔族を討伐した上に、ローランがとんでもない暴挙に出てアレクトール魔法学園から追放されたから、テレーザの主席の座はほぼ確定した。
落ち着いたら、なにか祝いの席でもと思っていたところで、大事な話があるから相談に乗ってほしい、というテレーザからの文が来た。
そして急遽、今日会うことにしたけど……大事な話なるものは、要するにアルフェリズで一緒に戦った練成術師……ライエルとかいう男と一緒にいたい、ということらしい。
しかも話している感じ、単なる護衛として雇いたいとか、そういうのではなさそうだ。
まさかこんな話になるとは全く予想外だった。
「なんとか……この後も一緒に居たい」
まるで誰かに聞かれるのを憚るようにテレーザが俯いて小声で言う。
こじんまりとしたカフェで薄手のカーテンでそれぞれの席が仕切られているから周りに聞こえるはずはないんだけど。
「金で雇えばいいんじゃないの?冒険者は金で動くでしょ」
良くも悪くもそういうものだ。冒険者は金で動く。
そいつ……ライエルがランクに拘って討伐点を稼ぎたいと思うなら別だけど、そうじゃないなら専属契約を結んで手許においておくこともできるだろう
「そういうのじゃなくて……」
テレーザが口ごもる。
やっぱり金で繋がった契約関係とか主従とか、そういうのは嫌ってことなんだろう。
正直言って驚いた。
子供のころからの長い付き合いだけど、この子がこんなことを言うのは初めてだ。
自分の能力への複雑な思いとか、自分の力を磨くこととか、そう言うことばかり考えていると思っていた。
改めてテレーザの様子を観察するけど……気の迷いとか舞い上がってるだけとかそう言う感じじゃない。
……そういうことなら力になってあげなくてはいけない。
姉貴分たるこの私が。
ただ、錬成術師は中途半端な能力だというのはここ10年の定説だ。
そこまでする価値があるのだろうか。この子を守るものとしてふさわしいのか。
「A帯って言っても練成術師よ……どう思う?アステル」
「逆に考えてくださいよ、お嬢様。
中途半端と言われる能力でA帯まで登ってきたと考えれば、かなりの実力者だと思いませんか?A帯ってなかなかいませんよ」
アステルが言う。
確かにそうかもしれない。そういう意味では能力的には不足はないのか。
なら、とりあえず第一条件はクリアしている。
「そうね……じゃあ彼は触媒を失ったというじゃない。なら、国で一番の風の錬成術の触媒を贈ってあげるのはどうかしら?」
高いもの、希少なものを貰えば誰だって恩を感じるものだ。
それに貰いっぱなしで立ち去ろうとする無礼者ならこの子には相応しくない。
「あとは騎士叙勲の申請ね。
あなたは宮廷魔道師団に入るんでしょ?護衛役に申請して、叙勲が必要と言って騎士にしてしまえば、身分的にもある程度釣り合うわ」
これは私がアステルに使った手だ。
アステルを騎士に推薦をしたのは我が家だから、必然的に彼は我が家と関りを持つことになる。
それに騎士になれば私と彼の身分の差も補える。
我ながら会心の一手だったと思う。
アステルが何かを思い出したように顔をしかめたのは見なかったことにした。
「でも……」
テレーザが俯いて紅茶の器を見る。
「でも、なによ」
「男の人にそんな高いプレゼントをするなんて」
テレーザが小声で言った。
確かに貴族の令嬢の儀礼としてはあまり良いとは言えない……というかむしろ、はしたない仕草とされるだろう。
だけど。
「どうしても一緒に居たいんでしょ?なら手段を選んでどうするの」
そう言うとテレーザがハッとした顔をして頷いた。
「うん……そうかもしれない」
◆
紅茶を飲み終わったテレーザはいそいそと店を出ていった。
ここはヴァルメイロの中心街だ。少し歩けば冒険者のための宿屋や武具防具屋もある。
そこに行ったんだろう。
とはいえ練成術師の触媒が都合よく売っているかは分からないけど。
冒険者の世界には詳しくない私でも、練成術師が置かれている環境くらいは分かる。
「しかし驚きましたね……テレーザがあんな風になるとは」
アステルが言う。確かにそれはそうだ。
背中を預けて戦うというのは特別な絆を生む、というのは騎士も冒険者も口をそろえて言うことだけど、そういうものなんだろうか。
「それはそれとして、あの子だけには任せてはおけないわ。
そのライエルとやらが都に来たら腕試しをしなくては。それにどんな男かも見極めないとね。あなたの出番よ。いいわね、アステル」
「ええ、勿論」
「へぇ……貴方のことだから面倒がるかと思ったのに……意外に殊勝な返事ね」
「現役冒険者のA帯で魔族と戦って生き残った錬成術師、それにローランに勝った男でしょ。そりゃやりがいがあるってもんですよ、お嬢様」
アステルが楽し気に言う。
そう言われるとなかなか大したものかもしれない。
魔族についてはどんな能力を持っていたのか分からないけど、中位以上の魔族はそれぞれ特殊な能力を持つ難敵だ。
精鋭の騎士団であっても決して楽に倒せる相手じゃない。
それにローラン。
あいつは本当にバカなことをしたと思う。かつてない不祥事だったから公式には何も情報は出ず、ただ退学したことだけが告知された。
何が起きたのか、私も断片的な噂を聞いただけだ。
ただ一方で家の重圧とかそういうのがあったんだろうな、とも思う。
ヴァレス家は魔法使いの名門だ。貴族の生まれとして親や家からの、斯くあれという圧力は強い。
テレーザがいたから主席にはなれなかったけど、攻防の魔法のいずれにも長けていて、詠唱も早い。高次元で完成された魔法使いだ。
次席でも卒業すればしかるべき地位を与えられ、活躍する場はいくらでもあっただろう。
だからこそ、彼を退けることができる錬成術師というのは想像がつかない。
ライエル・オルランド……どんな男なのか、私も興味がわいてきた。
あと、バフォメットとヴェパルの設定回も明日にでも投稿します。
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