コミカライズ特典SS・ある日の夕食
コミカライズ版風使いの第一巻がkindleアンリミテッドに入ったので、コミカライズ記念に書いたSSを公開に切り替えます。まだ未購入の方は是非読んでみてください。
アンリミテッドに入ったと言うことはつまりもうすぐ……(以下自粛
時系列的には第5話のトロール討伐依頼の少し前のある日になります。
「よう、ライエル。良い物が入ったぜ」
ギルドで依頼の物色をして戻った夕方の風の行方亭。
マスターが自慢げに言って大きな籠をカウンターに乗せてみせてくれた。その籠の中には黒い棘をもった丸い塊が20個ほど入っている。
……雲丹か。これは珍しい。
「なんだ、これは。魔獣ではないのか?」
テレーザが後ずさりながら言う。どうやら見たことないらしい。
まあ気持ちは分からなくもない。見た目は黒いし棘だらけ。どう見ても食える代物には見えないからな。
「栗の実だってこんなもんだろ」
「まあそう言われてみればそうではあるが……あれは植物だろうが」
テレーザが嫌そうに言う。
雲丹はアルフェリズの名物だが、あまり沢山は採れない。王都ヴァルメイロではまず見かけないだろう。
アルフェリズでの雲丹の料理法はシンプルなのが多い。
漁師はとった雲丹をその場で割ってオリーブオイルを振ってパンに乗せて食べるって話も聞いたことがある。
というか、市場にあまり入ってこないのは漁師が自分達で全部食べている、なんて話もあるくらいだが。
「食事もいいものを、ということだったので特別に用意したんだ。晩飯を楽しみにしていてくれよ」
マスターがそう言って台所に引っ込んで行った。
「あれを……食べるのか?」
「美味いぞ。見た目はまあアレだが。それに、折角来たんだからアルフェリズのものを食べていくのもいいだろ」
「それは……確かに尤もではあるが」
テレーザが露骨に不安げに言う。
ブラックウッドと戦った時より不安そうなのはなぜなのか。
◆
「じゃあどうぞ、魔法使いさん」
夕食時、マスターが大皿をテーブルに置いてくれた。
小麦を練って太めの麺状に伸ばしたマッサに、アーリョや香草を入れたオリーブオイルと雲丹を散らしたものだ。
赤い塊の雲丹が豪快に乗っていて、その上には緑の香草の葉が彩を添えていた
シンプルな料理だが雲丹の料理としてはこれが良い。俺も久しぶりに食べるな。
周りの席の冒険者たちが羨ましそうに見ている。
雲丹はたくさん獲れないから値段もそこそこする。
食事もいいものを用意してほしい、とテレーザが言ってたからこそ出てきたメニューだろう。役得だな。
「これが雲丹……か?」
マッサの上に乗せられた赤と黄色いペースト状の身をフォークでつつきながらテレーザが聞いてくる。
「大丈夫だから食べてみろって」
自分の皿に採ってフォークを絡めて食べる。
ほのかなアーリョの香りとオリーブオイル、気前よく乗せられた雲丹。
潮の香りと濃い甘み、クリームのような舌ざわり、僅かな苦みがまたいいな。
太めのマッサに、マッサの熱でわずかに溶けた雲丹が良く絡んでいる。
「甘いような、不思議な味だ……海の香りがするが全く生臭くないのだな」
恐る恐るって感じで一口食べたテレーザが言う。
マスター曰く、雲丹は新鮮さが命、取れたら海の恵みに感謝してさっさと食べるべし、ということらしい。
だからこそ漁師は船の上で食べてしまうのかもしれないが。
「こっちもどうぞ」
マッサを食べていたら、マスターがもう一つ大きめの皿をテーブルにおいてくれた。
「雲丹のクロケットだ」
狐色に揚げられた小さ目のクロケットにライチェで炊いた米が添えられている。
マスターはいかつい見た目に反して……と言うと怒られるが、料理は上手く繊細で手の込んだものを出してくれる。
現役時代は大剣による力押し主体だったらしいんだが。
一つとって齧る。さっくり軽く揚げられた衣の中からトロリとしたクリームが口の中に広がった。
クリームの柔らかい甘みにパセリやハーブの香りと雲丹の香りが混ざって鼻に抜ける。
雲丹の粒粒の食感がアクセントになっていていいな。
これまた恐る恐るって感じで口に入れたテレーザがほっとしたような顔をした。
「気に入ったか?」
「うむ、これは美味しい」
テレーザが優雅な手つきでクロケットをもう一つを取る。
「マッサもなかなかいいのだが……私は此方の方が好きだ。
どうもなんというか、その……見た目がスライムとかそういうのを思い出すのでな」
なるほどな。それは確かにそうかもしれない。
俺はマッサの方が好きだが。ほのかなアーリョの香りと雲丹の潮の香りのシンプルさがいい。
雲丹にクセがあるのも含めていいと思うが、この辺は慣れだろうな。
◆
いつの間にか客も増えてきてほぼ満員になった。今日の戦果を喜ぶ奴ら、反省点を話し合う奴ら、様々だ。
ウェイトレスの子たちがテーブルを行きかって皿やグラスを運んでいる。
開けられた窓から潮の香りがする海の風が吹き込んできた。
外はすっかり暗くなっているが、トラムの走る音と話し声がにぎやかに聞こえてくる。これからみんな夕食だろう。
「うむ、美味かった」
満足げにテレーザが言う。気に入ってくれて良かったな
「……明日はいい依頼があるといいのだが」
テレーザが窓の外、ギルドの方を見ながら物憂げに言う。
昨日、今日とあまり評価点の高い依頼が来ていなかった。まあそんな評価点が高くて危ない討伐依頼がゾロゾロと来てもらっても困るんだが。
「こればかりは運任せだな……風には祈れ、帆綱には祈るな」
「それも冒険者の格言か?」
「ああ。いい流れが来るかどうかは祈るしかないが、それへの備えは祈らず自分でやっておけってことだな」
自分でどうしようもないことを心配しても仕方ない。俺たちにできることは何か起きた時に備えることだけだ。
テレーザがやれやれって感じで首を振った。
「相変わらずポエムだな。では、酒もほどほどにしてくれよ。明日も早い」
「分かってるさ」
テレーザに言われてグラスに残った白ワインを飲み干した。
参考にしたのはポルトガルのクリームコロッケとイタリアのウニのパスタです。
ウニは日本以外の南欧では結構食べるようですね、でも消費量はダントツで日本がトップらしいですけど。
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