王都ヴァルメーロ市内。セイラ・ド・ヴィレア大聖堂にて
あの戦いから一月ほどが経った。
そして、今俺はヴァルメーロ市内のセイラ・ド・ヴィレア大聖堂にいる。
あの戦いの後、ヴァルメーロ一番のレストランでテレーザの言うところの正式な婚儀の申し込みとやらをさせられ、ヴァレリア伯領にいるアマラウさんとイザベルさんに結婚の許可を頂きに行き、トントン拍子に話が進んでいった。
そして、明日は結婚式だ。
この聖堂は王族の婚儀とか即位の儀式にも使われる由緒正しいものらしい。
白い大理石でくみ上げられた壁は染み一つない。天井は見上げるほど高く、青色できれいな文様が描かれていた。
ちなみにこの結婚の話は王都中に知られている。
なんでこんな大ごとになっているのか。俺としては勘弁願いたい。
◆
明日は結婚式の本番で、最後の打ち合わせとやらに来ている。
結婚式は打ち合わせなんてするものなんだろうか。姉さんはそんなことしていなかった気がするんだが。
「なかなかいいではないか、ライエル」
わざわざ来てくれた王陛下が言う。
この人も話してみるとわりと年相応に気さくな感じだな。
宰相も後ろに付き従っていた。
二人の間に漂う雰囲気は打ち解けた感じというか、前と違う気がする。
もしかしたら以前は王は宰相を意識していたのかもしれない。年も政治の場の経験も違うから当然なのかもしれないが。
「似合っているぞ。英雄に相応しいな」
王陛下が俺を頭からつま先まで眺める。
今日のために王室ご用達の仕立て屋が作ってくれた衣裳は、緑の柔らかい生地で作られた正装に王国の旗の色であるオレンジの飾り帯やモールがつけられている。
まるでクジャクの様だな。
前に仕立ててもらった服は肌触りが良くて素晴らしかった。
これも生地の肌触りはいいんだが、所々に補強が入っているらしく、姿勢を矯正して背筋を不自然に伸ばすような感じになっている。
しかもかなりタイトな仕立てでぴったりとした感じの作りはまるで拘束具の様だ。
はっきり言ってちょっとした金属鎧よりも窮屈で着心地が悪い
「我が国の英雄の婚儀だ。しっかり頼むぞ」
「大げさすぎませんか」
「あのような状況の後だ。めでたい話は盛大に祝わんとな」
王陛下が言う。
なんでも俺達とヴェレファルが戦っている時、王都にも魔族や魔獣が大量に現れたらしい。
宰相派や国王派の貴族たち、それに冒険者が連携して退けたようだが、それでも犠牲は出たし、あちこちに爪痕が残っている。
オードリー達も戦いに巻き込まれたと聞いた時は肝が冷えたが、冒険者に救われたらしい。
「あいつを倒せねば……下手をすれば内乱になりかねなかった。救国の英雄と言っても差し支えは無い」
異様に噂の周りが広かったり、貴族たちが妙に敵対的に争い合っていたのも、やはりあのヴェレファルの黒魔法だったらしい。
俺が見たような幻影を見たという人が結構いたんだそうだ。
あいつはそういう騒乱を引き起こすタイプの魔族だったんだろう。
今となっては確かめる術もないが。
「では明日はしっかり頼むぞ」
そう言って、王陛下と宰相が二人で出て行った。
◆
王陛下たちが出て行ってしばらく待っていると、また誰かが入ってきた。
アマラウさんだ。曲がった背筋を支えるように杖を突いている。ヴァレリア伯領からわざわざ出てきたらしい。
その後ろにはドレス姿のイザベルさんもいた。
「この度は色々ありがとうございます。ライエルさん。貴方を我が家の一員として迎えられて嬉しく思いますわ」
「ライエル。いや、婿殿と呼ばせてもらうぞ」
アマラウさんがしゃがれ声で言う。
「これからは君も貴族の一員となる。礼節はおいおい身に着けてもらうとしてだ、領土の統治など学ぶことは多いぞ。分かっているな?」
念を押すような口調でアマラウさんが言う。
「……お手柔らかにお願いします」
「君の錬成術師としての能力はだれも疑うものはいないだろうが、貴族としてはまだまだ未熟だ。しっかり教育させてもらうよ」
そう言ってアマラウさんがにやりと笑って杖を突いて歩き去っていった。イザベルさんが軽く俺に会釈してそれに付き従う。
しかし、年齢以上に衰えてしまった容姿は変わらないが……なにやら前より元気になった気がする……まあいいことなのか。
◆
その後も司祭との打ち合わせだのなんだのがあって、ようやく解放された。
普段着に着替えて一旦聖堂に戻る。
広い聖堂には誰もいなかった。明日の式の飾りつけは一通り終わっていて、打ち合わせをした人たちももう引き上げたらしい。
俺も帰るかと思ったところで、静かな聖堂にドアが開く音がして、誰かが入ってきた。
「ライエル」
入ってきたのはテレーザだった。
白いドレスのような長めのワンピースを薄いオレンジ色と黄色の帯とひもで腰を緩く締めている。
蒼真珠の首飾りに片眼鏡はいつも通りだ。
「どうした?そっちも打ち合わせは終わりか?」
テレーザも色々と準備があったはずだがもう終わったんだろうか。
「明日の結婚式だが……皆の前で口づけをすることになる」
俺の質問をスルーしてテレーザが口を開いた。
「ああ、知ってるよ。手順は聞いているからな」
と余裕を見せてはいるものの、正直言うと非常に抵抗があるぞ。人前でキスなんてな。
結婚式なんかより何も考えずに魔族と戦ってるほうが正直言うと気楽だ。
「しかし、貴族の結婚式だ。王や宰相殿も列席くださる。失敗は許されない。分かるな」
「ああ、分かるような分からない様な」
「戦闘でも準備が大事だ……つまりだな、我々に必要なのは、そう……なんだ」
「……予行演習か?」
「その通りだ。さすがだな」
テレーザが頷いた。
「今日のうちにしておけば、明日慌てたり動揺したりすることもない」
「そうか?」
聞き返すとテレーザが俺を睨んだ。
「嫌なのか?」
「いや……そう言うわけじゃないが」
「……これだけ待たせたのだぞ、お前は少しは配慮すべきだ……私の気持ちに」
そう言ってテレーザが拗ねたように俯いた
「何度も言うが……俺にも責任ってのがあったんだよ」
「……ああ、それは分かっているが」
テレーザが不満げに言って首を振った。
「一応聞くがな、本当にいいんだな?」
パーティを組むとか戦いの場で一緒に戦うのとはわけが違う。こっちは単なる一冒険者、ヴァーレリアス家は貴族の名家だ。
身分という意味では天と地くらいの差がある。
テレーザが露骨に不機嫌な顔をした。
靴の音をわざとらしく鳴らしながら歩み寄ってきて、眼鏡を位置を直して俺を見あげる。
「お前は今更そんなことを……いい機会だから言うがな、今まで私が何度不安な気持ちになったと思う。例えばあの舞踏会の時もそうだ」
「何かあったか?」
あの馬車の演出で誰も俺には近寄ってきてくれなかったことは覚えているが。
「私は……お前の横で戦う魔法使いとしては誰よりもふさわしいという自信はあった。
だが……女の子としては分からなかった……不安だった……だから」
そう言ってテレーザが恥ずかしそうに眼を逸らした。
「だが、今やお前は私のものになった。正式には明日そうなるのだが、まあ一日くらい構うまい……とにかく、今後はその心配をしなくていいから安心している」
「そうじゃなくて、だな。冒険者の格言には」
「町に戻る前に火に灰を掛けよ、だろう。その程度、私が知らないと思ったのか。この私はいつも冷静だ」
いや、それは嘘だろ、と思ったが言うのは止めた。
「それにこれからもずっと共に戦うのだ。ならば戦場の絆でも何ら問題は無い」
戦うのは止めないつもりらしい。
まあ魔族討伐の英雄であり、いまや魔法使いとしても国内屈指として認められている。
辞めたいと言ってもそうはいかないかもしれない。
そして、俺も戦うことが当然のごとく既定路線か。領土の統治とやらはいつするんだろう。
だが、そんなのとか宮廷でのダンスパーティよりも戦ってる方が気楽だから、有難いな。
「そもそもだ……これは私が十分に吟味したものだ。不満はあるのか?」
上目遣いでテレーザが俺を睨む
「ないな?」
「ありませんよ魔術導師殿」
「よし、では……いいな、さあ、練習だ」
テレーザが体を寄せてくる。華奢な体を抱き寄せるとドレスの開いた背中の肌が触れた。
テレーザがちょっと体を震わせて、緊張した面持ちで目を閉じる。
すました顔はいつも通りだが頬を真っ赤に染まっていて、ちょっと唇を尖らせる仕草が初々しい。
かすかに開いた桃色の唇を見た。
1年前にはこんな風になるなんて思いもしなかったな。人生、何が起きるか分からない。
「あの……早くして、お願い」
テレーザは抗議するように小さくつぶやいて、俺を見上げた。
「もう待たせないで」
テレーザがまた目を閉じる。
「待ってるの……すっごく、恥ずかしいんだからね」
今度こそ、これにて完結。
まずはweb投稿にはあるまじき遅筆に最後までお付き合いいただきありがとうございました。百万の感謝を。
多分お待たせしすぎて離脱してしまった方もおられるだろうなと思います。
縁があってまた読んでくれたら幸い。
1章で終わるつもりだったこの物語でしたが、続きを見たいというお言葉をいただいたので続けてみました。いかがでしたでしょうか。
当初は1章以降の展開は全く考えてなかったので、色々と考えて話を膨らませてみました。
二人の結婚式を望む感想がいくつかあったので、結婚式(というか前日)の場面でエンディングとなりました。
感想など頂けると大変うれしいです。
あと、活報にも書きましたが。本作のコミカライズの企画が進行しています。
本アカウントで告知していきますので、掲載の暁には是非読みに来てください。ライエルとテレーザがどう描かれるのか、僕が一番楽しみにしています。





