その後の彼ら・9(旧パーティ視点)
街路の角から悲鳴を上げて何人かの男女が駆けだしてきた。
それを追うように、青黒い肌の人間くらいのサイズの魔獣が10体ほどが飛び出してくる
筋肉質な手には鉈のような武骨な刃物が握られていた。またホブゴブリンか。
「ロイド!」
「大丈夫だ!」
ホブゴブリンの前に立ちはだかったロイドの炎を纏った斧槍が唸りを上げて横に薙ぎ払われた。
ホブゴブリンの大柄な体が焼き尽くされて石畳にバタバタと転がる。
「一体どうなってる……」
今日の晩飯を食べる店を選んでいるときに、不意にゲートが現れて中からホブゴブリンの群れが現れて、否応なく戦闘になった。
ここだけかと思ったが、同じようなことはあちこちで起きているらしい。悲鳴と戦いの音が聞こえてくる。
一息入れる間もなく、通りの向こうから地響きのような足音が聞こえた。
レンガ造りの建物の2階の窓よりも高い巨人がゲートから姿を現している。オーグルだ。5体。
「君達!」
通りの向こうから呼ぶ声が聞こえた。
騎士らしき紋章を付けた鎧に身を包んだ一団がこっちに走ってくるのが見える。
「行け!」
息を切らせた騎士らしき若い男が命ずると、揃いの鎧を着た兵士たちがオーグルに向かって切りかかって行った。
その男が礼儀正しく礼をしてくれる。
「君たちは、冒険者か……例の剣は持っているか?」
「ああ、持ってる」
例の剣、というのは退魔剣のことだろう。退魔剣はまだ数が足りていない。
それに、退魔剣は普通の魔獣にはただの剣でしかない。だからあえて持ってない奴も多い。
俺のパーティもロイドがサブウェポンとして剣を持っているのと、あとはイブの槍があるだけだ
「みっつ向こうの街区で魔族が出ている。私の旗下に魔法使いは居ないし、退魔剣もないのだ。そっちに回ってくれるか?」
魔法使いも退魔剣もなしで魔族と戦うのは自殺みたいなもんだ。仕方ないか。
「分かった」
「すまない。よろしく頼む」
◆
向かった街区の路には何人かの死体が転がっていた。
普通の市民のものも、冒険者らしきものも、騎士らしきものもある。
戦いの音を追っていくと、まっすぐ伸びた大通りにバラバラに壊れた路面汽車が転がっていて、市民らしき男女が20人ほどいるのが見えた。
その前には武器を構えた3人が魔族と向かい合っている。
敵は狂暴な猫のような犬のような顔に金属鎧を着た身長3メートルほどの巨人。
手にはサーベルのような曲刀を持っていた。
確かクランプスとかいう魔族だ。
背は高いがトロールよりは細い分見た目の威圧感は薄い。ただ、細い見た目の裏腹に耐久力が高く、ギルドの評価ではトロールよりはかなり上。
バフォメットよりは僅かに下だったはずだ。
今日はフェリクスたちはいない。俺達だけで勝てるか?
イブとエレミア、ロイドの顔を見るが。
「俺達が!この状況で逃げるなんてよぉ!有り得ねぇぜ!相手が誰でもなあ!」
ロイドが俺の迷いを吹き飛ばすように大声を上げた。
斧槍を投げ捨てて、腰の退魔剣を抜く。
「なあ!そうだろ!旦那!姐さん!」
イブがやれやれって感じで槍を一振りした。
そうだな。ここで逃げれば俺達は助かるが、あそこにいる奴らは恐らく全滅する。逃げるわけにはいかないか。
「行くぞ!俺が気を逸らす。エレミアは魔法で援護してくれ!」
エレミアが頷く。
俺の戦槌は退魔の武装じゃない。俺が気を引いて、その間にイブとロイドの退魔剣で削り倒すのが最良だ。
「こっちを向け!そこのバケモン!」
大声で叫ぶと、クランプスが反応した。こっちを向きなおって、威嚇するように歯をむき出して姿勢を低くする。
エレミアの詠唱が終わって光弾が次々と飛んだ。振り向いたクランプスに光弾が当たって爆発を起こす。
次々と飛んだ光弾がクランプスと石畳に当たって破片が飛び散った。
クランプスがひるむように下がった。爆発で吹き上がった煙に紛れて突進する。
間合いにまであと10歩。
クランプスが大きく息を吸う様に胸を反らした。こいつは確か咆哮なる黒魔法を持っていたはずだ。
あと4歩。間に合うか。
「食らえ!」
「【საომარი ყიჟინა】」
走る勢いそのままに戦槌を振りぬいた。重たい手ごたえと何かが砕ける感触が伝わってくる。
同時に甲高い声が耳を貫いた。頭の中にガラスを剣で擦るような耳障りな音が反響する。
バランスが崩れて膝をついた……ような気がするが、それもはっきりしない。
握っている戦槌の感覚も感じられない。
水の中のような歪んだ視界の中でクランプスの姿が見えた。
よろめいて下がったクランプスの胸には大きな窪みが穿たれている。オーグルくらいならあれで即死のはずだが、見る見るうちに傷が元に戻っていった。
やはり普通の武器では効果は薄い……だが最低限の足止めはできた。
「流石だぜ、旦那!」
「ヴァレン、下がってて!」
ロイドとイブが俺を追い越してクランプスに向けて走る。
クランプスが姿勢を立て直すより早くイブの槍がクランプスの体を刺し貫いた。
金切り声を上げてクランプスが曲刀を振り回す。
曲刀とロイドの剣がぶつかり合って鋭い音を立てた。長身のロイドが押されるように後退する。
イブが槍を引き抜いて距離を取った。
クランプスが自分の胸の傷を見る。なんで治らないんだ、とか思ってるんだろうか。
ダメージはあるだろうが致命傷には程遠い……長引くのは不味い。
ロイドとイブがクランプスと睨みあうが、突然クランプスがよろめいた。
うなり声をあげてクランプスが向こうを向く。向こうの方から小さめの火球が次々と飛んできてクランプスにぶち当たった。炎が上がる。
魔法使いがいるのか。
「隙あり!」
注意が逸れたクランプスの胴にイブの退魔槍が深々と突き刺さった。
切っ先が体を貫いて肩から飛び出して真っ黒い体液が噴き出す。イブが槍に体重をかけるようにして姿勢を低くした。
槍に引きずられるようにクランプスの態勢を崩れる。
「ロイド!」
「おうよ、姐さん!」
踏み込んだロイドの退魔剣がクランプスの胴を両断した。
◆
一通り、このあたりの魔獣を掃討した。魔族がクランプス以外にいなかったのは幸運だったな。新手がいたら危なかった。
遠くの方から剣劇と魔法の爆発音や鬨の声が聞こえてくるが、このあたりはもう魔獣とかの気配はない。
「旦那、どうするよ?」
「しばらく待機しよう」
怪我をした市民が20人ほどがいる。それに騎士が一人と冒険者が二人。どっちも手負いだ。
うっかりここを離れて次の魔獣とかが現れると不味い。
ロイドはまだ余力がありそうだが、エレミアはさっきから魔法を連発して消耗が激しい。一息入れるべきだろう。
俺もまだ頭がクラクラする。さっきの咆哮の効果が残響の様に頭の中に残っているな。
話をしていると、怪我をした市民たちの方から二人の女の子が歩み寄ってきた。
その子がペコリと頭を下げる。
「ありがとうございます、お兄さん、お姉さん」
茶色の髪を三つ編みにして、胸に紋章入りのワッペンをはりつけた灰色のローブを着た小さな女の子だ。
12~3歳くらいに見えるが、冒険者の養成学校の生徒って感じじゃない。多分何処かの魔法塾の生徒だろう
もう一人は同じように茶色の髪の可愛い女の子がいた。顔立ちが似ているから姉妹らしい。
さっきの火球はこの子のものか。
異様な再生能力を持つ魔族との戦いは、普通の魔獣との戦い以上に短期決戦が鉄則だ。長引けば消耗戦になり、不利になる。
あそこで気を引いてくれて助かった。
「小さな魔法使いさん、援護ありがとう。名前を教えてくれる?」
イブがしゃがみ込んでその子に聞く。
「はい!私はオードリー・オルランドです!こっちは妹のメイフェアです!」
元気いっぱいって感じでその子が答えてくれた。
戦闘で危ない目に合うと心に傷を残す奴はいっぱしの冒険者にもいるんだが……あの修羅場の後でこんな風に話せるのは大したもんだな。
というか
「オルランド?」
イブが首を傾げてその子を見た。
「まさか……」
「あなた、ライエルの……」
「いや……別に珍しい名前じゃないけどさ……」
「……娘なんてことは」
「いや……でもあんまり似てないわよ」
イブとエレミアが衝撃を受けたって顔で言うが……そもそも年が合わないだろ。
それにあいつに家庭があったなんて話は聞いたこともないし、そんな気配もなかった。
「お姉さん、叔父さんを知ってるの?」
「叔父さん?」
「はい」
そう言って、その子、オードリーが頷いた。
「ライエルは私たちの叔父さんです……知ってるんですか?」
そうか……この子はライエルの姪なのか。
あいつは自分の事はあまり話さなかったし、結果的に長い付き合いにはならなかったが。
パーティを追い出して、その後助けられて。王都にまで来て、こんな風になるなんてな。
「なあ、旦那」
ロイドが二人を見ながらしみじみした口調で言った。
「……これで借りを返せたかね」
「かもな」
オードリーが不思議そうに俺達を見上げた。
あまり信仰心なんてものがある方ではないが……それでもそういうものがあるとしたら、この巡り会わせに感謝したい。
あの時、救われた命の借りを多分これで返せたと思う。





