何者かの思惑・下
至急の招集と言う事で団長がルーヴェン副団長を呼びつけた。
ルーヴェン副団長が呼ばれた部屋には、カタリーナが儀式魔法で虚言感知の魔法陣を張ってくれた。
これで嘘をつかれたら分かる……らしい。貴族の審問の時とかに使うんだそうだが。
待っているとルーヴェン副団長が部屋に入ってきた。
アステルとカタリーナが部屋の後ろの一方の角に、俺とテレーザがもう一方の角に立つ。
「至急、とのことで参りました。御用はなんでしょう」
俺たちの方を見たルーヴェン副団長が、アステルとカタリーナの方を怪訝そうに見て団長の方を向き直る。
いつも通り礼儀正しくルーヴェン副団長が敬礼をした。
「ルーヴェン、単刀直入に聞く。宰相殿はどうしておられる?」
「最近直接はお目通りできていませんが……どう、とは?」
ルーヴェン副団長が首を傾げて団長を見る。
「私たちは宰相殿が魔族と組んでこの騒動を起こしていると考えている。そのことをお前に聞きたくてな」
団長が、明日の天気はどうなると思う、位の気楽さで質問した。
いくらなんでも直接的過ぎるだろ。
背中を取るように俺とアステルでルーヴェン副団長を囲む。
何度か戦っているところを見ているが、腕利きぞろいの師団の前衛組でもこの人は屈指の強さだ。ノルベルトにも引けは取らないだろう。
流石に俺と団長、それにアステルの3人とテレーザの魔法があれば負けることはないだろうが。
ただ、魔族が化けている、という可能性もある。油断はできない。
ルーヴェン副団長が黙り込んだ。張り詰めたような緊張感が漂う。テレーザが息を詰めてルーヴェン副団長を見た。
「信じられません。そんなことはあり得ない。なぜそんな疑いを抱かれるのか」
しばらくの沈黙の後で、ルーヴェン副団長が強い口調で言った。
「あの方は誰より早く魔族の存在を感じ取り師団を編成した。魔族と組んでいるのに、その魔族を倒す精鋭を集めるなんてことはおかしいでしょう」
確かにその通りだ。この師団は集団だからこそ強い。
どれだけ強い前衛でも魔法使いでも一人で魔族には対抗できない。
俺とテレーザだけでも厳しいだろう。ヴェパルには辛うじて二人で勝てたが、フォロカルやザブノクには俺たちだけでは勝てなかった。師団と言う集団だからこそ勝てた。
そんな腕利きを集めるのは理屈には合わない。
カタリーナに目をやると、カタリーナが頷いた。
嘘ではないらしい。
「あの方が魔族と組んで野心を満たそうとするなど……絶対にありえない。
団長殿とは言えその言葉は聞き捨てなりません!なぜそんなことを思われたのか。説明していただく!」
ルーヴェン副団長が強い口調で言って団長を睨みつける。
団長にカタリーナの判断を知らせると団長が小さく頷いた。
「すまないな、ルーヴェン。だが聞かねばならぬことだったのだ。許せ」
◆
あの舞踏会の戦いの後に聞いたことを話した。
紳士的な顔に露骨に不快気な表情が浮かんで、ルーヴェン副団長が俺を敵でも見るかのようににらむ。
「そんなことは……ライエル、君の聞き違いではないのか?」
「あの黒魔法の詠唱は何度も聞いたので、流石に聞き間違えはしていません」
普段は穏やかな感じだが、今は流石に険悪な口調だ。ただ、あれは聞き間違いではない。
そう答えると、ルーヴェン副団長が項垂れた。
ルーヴェン副団長が怪しくないのはいいことなんだが……これで宰相が関わっていない、ということにはならない。
となるとますます相手の動きが分からない
「すまない、カタリーナ」
「いい、私は貴方の姉なのよ。貴方のためなら、このくらいなんでもないわ。
それに貴方の様に戦えはしないけどね……国のために尽くすのは貴族の義務よ」
テレーザとカタリーナが軽く抱きしめ合っていた。
「アステル」
「なんだい、先輩」
「カタリーナの事、気を付けてやってくれ。こっちの都合で巻き込んで悪いが。ヤバいことに首を突っ込んでるかもしれない」
「ああ」
宰相と魔族がどうかかわっているのか、まださっぱりわからないが。何らかのかかわりがあるかもしれない、という疑惑はまだ消えていない。
そして、その魔族にどんな能力があるか、それも見当もつかない。
「情報収集じゃ何の役にも立てないがね、そっちの方ならお手のもんさ。俺もあの時より強くなってるんだぜ」
◆
とりあえずカタリーナ達には帰ってもらって、団長と副団長、俺とテレーザで改めて話し合いになった。
「しかしですな。団長殿。明日はどうしますか」
落ち着きを取り戻したルーヴェン副団長が団長に聞く。
「命令ならば従うしかないのだが……」
団長が苦い顔で言う。
王都内の魔獣の発生はますます増えていて、最近は魔族も現れている。今日も戦闘があったらしい。
この状況で遠征、しかも遠征先は国境に近い北部の僻地だ。
行って帰ってくるだけで結構時間がかかるぞ
「ルーヴェン。宰相殿と連絡は取れないのか?」
「はい。少なくとも今は宮中にはおられません。それは確実です」
この遠征は明らかに無意味っぽい。というか俺達師団を王都から引きはがすためのものだろう。
しかも、異常な速さで遠征のことは都中の知るところになってしまった。
そして、今日街を歩いただけでも分かったが、宰相の評判が落ちたところでここぞとばかりに国王派が勢いづいている。
街の中で、双方の貴族とその旗下の兵士たちが行きかって、ピリピリした空気を漂わせていた。
あの分なら魔獣くらいは直ぐにどっちかの兵士たちが倒してくれそうではあるが……魔族が現れたらどうなるか分からない。
それに、この遠征命令とそれによって加熱した国王派と宰相派の争いの余波で、今まで一枚岩だった師団の中でも、今日だけでギスギスした感じになりつつある。
結局、確実なことは北部の魔族が出るということはなさそう、という程度か。
時間さえあればもっと色々と探りを入れれるのかもしれないが、明日出発じゃ何をするにしても時間が足りない。
「今、この師団が命令に背けば不要な憶測を招き、更なる混乱を招きかねん」
団長が淡々とした口調で言う。
「明日は命令通り出立する」
「よろしいのですか?」
テレーザがちょっと不満げに聞く。
確かにそうするしかないのかもしれないが……誰かの思惑に乗せられたままになるのは腹立たしい。
「言いたいことは分かる。誰のどういう意図があるにせよ、思った通りになるつもりはない……三人とも心構えはしておけ。いいな」





