宮廷という別世界の事情
テレーザおすすめのカフェはヴァルメーロ駅のすぐそばの路地裏にあった。
ちょっと狭い店内は紺色の壁紙と少し古風な調度品で落ち着いた雰囲気の店だ。壁に嵌められた窓から昼の明かりが差し込んできている。
薄い黒い布が席を隔てていて、個室のように隣が見えないようになっていた。そのせいか少し薄暗い。
大通りに面してはいるが店内は静かだな。
「お待たせしました」
店員が運んできてくれたのは真っ黒いケーキだった。白いクリームが添えられていて、大きめの真っ白い皿とクリームに真っ黒いケーキが映えている。
横に置かれた金色のフォークも凝った細工で高級感があるな。
「なんだこれ?」
「チョコレートケーキ、というものだ。隣国のものらしい」
真っ黒いスポンジに黒い表面。見た目は全然うまそうに見えないんだが。
フォークで切って口に入れてみると、しっとりとしたスポンジから不思議な苦みと砂糖の甘味が広がった。
苦みと果物のジャムの酸味が混ざり合う、未体験の味だな。
今まで食べたこととない味だが、これは見た目を裏切る美味さだ
……ただ、独特の苦みと酸味はオードリー達が喜ぶかというと悩ましい所だな。
「どうだ?」
「ああ、これは確かに美味いな」
応えるとテレーザが満足げに頷いて、小さく切ったケーキを口に運んだ。
「次はお前が良い場所を探すのだぞ」
「……俺にそういうことを求められても無理だぞ。こんなしゃれた店には縁がない。オードリーの方が詳しいかもしれん」
「別にカフェでなくてもいいのだ……つまりだな、たまにはお前が私を誘うべきだ」
テレーザが小声で言って俯いた。
「気に入るところかは分からんぞ」
「おまえの選んでくれたところに行きたいのだ……悪いか」
そっぽを向くようにテレーザが窓の方を向いた。
面倒だとか向いてないとか言ってはいけないっぽいな。
「冒険者の視点でいいなら」
「うむ、構わんぞ。期待している」
嬉しそうにテレーザが笑って俺の方を向き直った。
「あまり期待するなよ」
◆
お茶を飲み終わったところで、先日の戦いの後の話をテレーザに伝えた。
戦闘の後は怪我の治療だの、ヴァルメーロの城内に現れるようになった魔獣との戦いで落ち着いて話すどころじゃなかった。
それもあるんだが、この話は伝える相手を選ぶのが難しい。
宰相が魔族と関係があるかもしれない、なんて話はそう簡単にはできない。
団長に話すべきかもしれないんだが、師団の詰め所には常に誰かが居る。
特にルーヴェン副団長は宰相殿の直属だしな。
「誰に相談すべきだと思う?」
難しい顔をして聞いていたテレーザが押し黙った。
これについては俺よりテレーザの方が適任者を選んでくれそうだ。
「……カタリーナがよいと思う」
長い沈黙の後にテレーザが言った。
「カタリーナのテオドゥシオ家は国王派に属するが彼女自身は中立だと思う。裏表のない人柄だ。信頼していい」
確かに。
良くも悪くも悪だくみをしたり隠しごとをしたりというタイプではなさそうではある。
「それに、彼女は私より宮廷に知己が多いから……なんというか噂話とかそういうのに通じているからな」
「なるほどな」
噂話、というのはゴシップ的なものも含んでってことだろう。
なんとなくそう言うのも好きそうではある。
◆
翌日。
同じカフェでカタリーナとアステルと会った。
一通りのことを話すとカタリーナが昨日のテレーザと同じように難しい顔で考え込んだ。
「……にわかには信じがたいわね」
カタリーナが頬に指をあてて、疑わしげな眼で俺を見る。
まあ俺でも言われたら信じないだろうが。
アステルは相変わらず我関せずって顔でお茶を飲んでいた。
動きやすそうな皮鎧に円の文様を染めたマントは、アレクトール魔法学園で戦った時と同じ感じだ。
どうやらこいつも王都内の魔獣狩りに加わっているらしい。
「聞き間違いってことはないの?ライエル」
「無いと思うがね」
あの耳障りは独特の黒魔法の詠唱は聞き間違えないと思う。
ただ、これは証明する術がもうないんだが。
あの舞踏会場には入れないだろうし、あれから日が経ちすぎているから、恐らくもうあの声は聴けないだろう
「宰相殿が魔族と組んで、この騒動を操っているということ?」
「……どうだろうな」
最近のこの王都内に魔獣が現れているのもそれが原因かもしれない。
それに、ここしばらくの師団の戦いで宰相の名声が上がったんだろうというのは俺でもわかる。
ただ、自作自演で評判を上げて王の座を狙う、というのが目的だとしたら失敗だと思う。
いまのこのままじゃ貴族が国王派と宰相派に割れて内戦になりかねない。
「そもそも、魔族と組んでまで評判を上げるくらいなら、王位継承の時のもっと抵抗したと思うのよね」
「だがよ、思うところはあったんじゃねえのかぁ?王様ってのは特別だろ、主席みたいなもんだしな」
アステルがお茶を飲みながら口をはさんできた。
興味なさそうにしているが一応聞いているらしい。
「まあ……それは否定できないわね」
カタリーナが言葉を選ぶように答えた。
表向きは何もないようにしていても、王になれなかったというのは蟠りとして残っていても不思議じゃない。
ただ。
「王の座を狙うならあまりに回りくどいと思うんだよな」
「というと?」
カタリーナが聞いてくるが。
「仮にだが、俺が魔族と組んで王位を狙うなら、魔族を使ってさっさと王を殺すね」
そう言うと、カタリーナとテレーザが顔をしかめた
「あなたね、ライエル。あまり不穏なことをいうものじゃないわ」
「そうだぞ、ライエル……お前は今や騎士なのだ。王陛下に対する敬意というものをだな」
「仮にの話だ。だってそうじゃないか?」
そういうと二人が黙った。
今の状況でもし王が死んだとしたら。恐らく王位は順当に宰相のものになるだろう。
もし魔族と宰相に何かしらのつながりがあるのなら……というかザブノククラスの魔族を王都の真ん中に召喚できるのなら。
自作自演で自分の評判を上げるなんてそんな暇な仕掛けをするくらいなら魔族を使って王を殺す方が早い。
テレーザの魔法に耐え、団長も含めた師団総がかりで辛うじて勝てたという相手だ。
王の近衛がいかに精鋭ぞろいでもアレに勝つのは至難の業だと思う。
「で、その宰相殿と王様はどうなっているんだ?」
「今のところは平穏ね。宰相閣下は最近は王宮でお姿を見ないらしいけど」
今のところはまだ直接対決にはなっていないらしい。
というか騒いでいるのは周りだけなのか。二人はどういう風に考えているのか。
魔族とは違った意味で得体が知れないというか、嫌な状況だ。
魔族なら切り倒せばいいだけだが霧の中にいる幽霊系の魔獣と対峙しているような感じだ。
「とりあえず情報は集めておくわ。まあ私の出来る範囲は限られているけど」
宮廷事情に通じた情報源は貴重だな。持つべきものは友達か。
テレーザはあまり宮廷には縁が無いようだし、アマラウさんは領地で療養中。
イザベルさんは、おっとりした感じだから宮廷内で周到に情報収集するというのはあまり向いてなさそうだ。
「じゃあ行くわね、テレーザ、ライエル」
「ああ、今日はありがとう」
「じゃあな、先輩」
そういってカタリーナが席を立って、アステルがそれに従う。
カタリーナが手を差し出すとアステルが自然な動作でその手を取る。カタリーナがアステルに寄り添って、そのまま店を出て行った。
テレーザが一つため息をつく。
「この話は……団長に言わないと不味いよな」
「うむ……そうすべきだろう」
テレーザが少し迷ったように答える。
言うとしたらタイミングを選ばないといけないだろうな。





