遺された火種
「倒したぞ!」
「宰相閣下の師団が魔族を打倒した!」
周りから大歓声が上がった。
慌ただしく治癒術師が走り回って、怪我をした師団員や貴族たちに治癒をかけていく。
「大丈夫か?」
テレーザが心配そうに俺を見上げてきた。
「ああ。せっかくの一張羅が台無しだな」
「ふん……余裕ではないか。服くらい幾らでも作り直せばいい」
テレーザが大きくため息をついて答える。
何か所か刺されたり切られたりで緑の生地はあちこちが切れて、血の染みに汚れていた。
「お前こそ大丈夫か?」
テレーザも顔色が露骨に悪いが。
「ああ……威力を集中させたからな……少し疲れた」
テレーザが本当に疲れたって感じで言う。
本来はもっと広域を巻き込むタイプの魔法なんだろう。
今までのような森の中とかだと、さほど周りを気にせずぶっ放してもいいわけだが、今回はそういうわけにもいかなかったからな。
風を飛ばす時も剣で切る時も正確に狙おうとすると普段より神経を使う。
魔法もそれと同じなんだろう。
「ライエル、感謝する」
「ありがとうございます。助かりましたよ」
ローランとラファエラが声を掛けてきた。
二人ともこれまた疲れ切った顔だ。魔法解除と武器への魔力賦与をかけ続けていたんだから当然か。
「二人ともケガはないか?」
「お陰様で……見事な防御でした」
そう言ってラファエラが俺を見てからテレーザに目をやる。
テレーザがラファエラをにらみ返して俺に寄り添ってきた。
「まったく……こんなことになるとはね」
ローランが口元に困ったような笑みが浮かんだ。
確かに。命がけて切りあったこいつを命がけで守ることになるとは、あの時は思いもしなかったな。
「まあ生きていればいろいろあるってことだな」
「改めて感謝しますよ、ライエル」
ローランが言う。
あの時の高慢ちきな態度とは似ても似つかないな。
「皆、無事か?」
団長が声を掛けてきた。
青い正装は真っ赤に染まっていて顔色もあからさまに悪い。
治癒術は傷は塞いでくれるが、一瞬で体を元に戻すような効果はない。
「団長こそ大丈夫ですか?」
「ああ、何の問題もない。皆、良く戦った……礼を言う」
団長がしみじみという。
あいつとの何かしらの因縁があったのは周りも察しただろう。
普段は沈着冷静な指揮官という感じだったが、今日の戦いぶりは今まで見たのとは全然違った。これがむしろ本当の姿なのかもしれない。
後ろにはノルベルトやフルーレたち前衛組の姿が見えた。
見た感じ、けが人はいっぱいいるが犠牲者はいないようだ。
最初から殺す気で来られたら死人が何人でたか分からないが。余裕かましてくれたおかげで犠牲が出なかったのは良かった。
しかし。今に始まったことじゃないんだが改めて思い出すと、恐ろしい相手だった。
あの穂先が変化する槍で魔法使いの誰かが倒されていたら、前衛の数を減らされていたら……どう転んだか分からない。
知性があるからこそ人間を侮り、こういう結果のなったのは何とも皮肉だな。
周囲の熱狂というかそういうのは収まる気配が無い
俺たちそっちのけだな
「すばらしい!」
「勝利に乾杯だ!」
「国王陛下に!」
「魔導士団に!」
「いや、むしろ宰相閣下であろう!乾杯!」
「まさに!」
「彼らが居なければ、今回どうなっていたか……むしろ今までもどんなことになっていたのかわからんぞ」
「その通り。宰相殿がいち早くこの師団を編成していなければどうなっていたか」
「未来を見通すかのような慧眼ですな」
「まさしく賢者のそれでしょう」
『ფა…ტი……სები』
「……むしろこの国をすべるに相応しきは宰相殿ではないか」
◆
誰の声かは分からない。場が凍った。
騒々しかった広間が水を打ったように静かになる。
「なんだと、貴様!」
「わずかな予兆から魔族の出現を予測し、この師団を編成した先見性。正に賢者であろうが!」
静かなホールにその貴族の声がやけに大きく響いた
「まさに!そして、師団の身分を問わない公平さ。
見よ。団長以下、この戦いで見事な武勲を上げたものは冒険者出身だ」
俺や団長の方を見ながら別の貴族が言う。
ノルベルトがうんざりしたような顔で首を振った
「このようなこと、若造の王に真似は出来ぬ」
「宰相殿、万歳!」
陶酔したような顔で二人の貴族が顔を見合わせて言う。
「貴様……ふざけたことを!」
「王に刃向かうつもりか!」
恐らく国王派というやつなんだろうが。
二人の貴族が食って掛かる。
戦った俺たちそっちのけで、しかも勝利の余韻に浸りたいときにまたつまらない諍いを始めるのは勘弁してほしいんだが。
「我らが求めるのは、国を正しく導く賢なる者だ!それが民の幸せでもあろうが!」
「ふざけおって。貴様!」
「王陛下にそれが出来ぬというのか!」
「出来ぬとは言っておらぬ。だが。より優れたものを求めるのは当然であろう!」
「そもそも本来は宰相殿が王位を継ぐべきであったはずだ。それがこうなったのが仕来りに反することだ」
「先王陛下の意思を軽んじる気か?」
「その不敬!断じて見逃せぬ!」
「見逃せなければなんだというのだ?」
険悪な口調で両者が罵り合う。完全に収集がつかなくなってしまった。
王が何か叫んでいるようだが言い争いにかき消されている。
対照的に宰相はこわばった表情で何かを呟いていた。
◆
最終的には衛兵たちが入ってきて少し騒ぎが収まったところで、王と宰相が一喝して、両者は辛うじて黙った。
ただ一触即発で、下手をすると双方が剣を抜いて刃傷沙汰なりかねなかった。
それくらいヤバい雰囲気だった。
互いに思うところがあるのは何となく知っていたが。
……ここまで大騒ぎになるもんだろうか。
「どうしたのだ、ライエル。行くぞ」
テレーザが疲れた表情で言う。
師団のメンバーもそれぞれ帰ってしまった。
せっかくあの魔族を倒したっていうのに……まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。
勝った時の高揚した気分もすっかり水を差されてしまった。
師団の名声は上がったかもしれないが、とんでもないことになった気がする。
魔獣を倒せば万事解決、となってくれれば話が早いんだが……そう単純にはいかないってことか。後味が悪い。
「何をしている?」
「ああ……少し待ってくれ」
絨毯は血で汚れていて、床にはあちこちにひびが入っていた。
衛兵やメイドさんたちが壊れたグラスやテーブルを片づけたりしている。
それをよけてさっき王や宰相がいた場所に立った。
怪訝そうな目で衛兵が俺を見るが……俺のことが分かったらしく一礼して下がってくれた。
宰相は何かを言っていた。
それに、一瞬聞こえたのは魔族の黒魔法の詠唱だった気がする……テレーザは気づいていないっぽいが
「風司の93番【思いを運ぶ風の腕、その言葉の欠片をしばし此処に留め置け】」
わずかな間があって空間から宰相の声が聞こえた。
『……こ……なはずで……なかった』
雑音が混ざっているうえに、小さくて聞き取れない。
『……なぜ・…ნატიკ…こんなことに」
本章はここで終わり。
あとはその後の彼ら(旧パーティ視点)を明日にでも追加します。
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