舞踏会への誘い
新章のスタートだけ書いておきます。
「諸君、今回もよく戦った」
正面に立った団長が、いつのまにやら師団の詰め所と化した自分の屋敷の広間で言った。
相変わらず壁に剣と簡素なタペストリーが飾ってあるだけの殺風景の部屋だな。
貴族の部屋とは思えない。この点は俺も人のことは言えないが。
「特に、クレイ、それにラファエラ。この度の戦いでの働きは見事だった。迅速だったな」
「有難うございます、団長殿」
「光栄です」
ラファエラとクレイが恭しく頭を下げる。
復帰して早々に探知の網にかかった魔族の討伐に出たが。今回は森の中で昼に接敵した。
相変わらず今回の敵の詳細は不明だが、今回の敵は牡牛と牡羊の頭に獅子の体、蛇の尾を持つ魔族だった。
姿を消してくる能力を持っていたようで不意に姿が消えたり現れたりするからとにかく詠唱や攻撃のタイミングが計りにくい。
姿を周りに溶け込ませる能力を持つ魔獣はたまにいるが。それでも先が読めるからどうとでも対処できるし、範囲攻撃の様な魔法があれば何とでも対処はできる。
しかし。
知恵のある相手がこちらの裏をかくことを意識してこの能力を使うのは厄介だということを思い知らされた。
動きが読めず、全く予期しないところから予備動作もなく姿を現して攻撃してくる。
しかも、黒魔法で不可視の魔法の塊を罠のように設置してくる能力があったらしい……と言っても今回も戦っての推測だから正確なところは分からないが。
魔法に接触してけが人がかなり出たが、治癒術師の頑張りもあって犠牲者はでなかった。
姿を現したところを、きわどいタイミングでラファエラが止めて、クレイの魔法がとどめを刺した。
面倒な相手だったが、比較的脆かったのが幸いだったな。
今回の戦いで気づいだが、クレイ、というかローランはどうやら詠唱の長さを変えることによって威力とかを調整できるらしい。
瞬間火力の高さではテレーザにははるかに及ばないが、状況への対応力は高い。
直接戦った時は余裕かまして分析している暇なんてなかったが、偉そうにするだけの強さはあるってことか。
テレーザは悔しそうにローランを見ている。
戦功については完全に平等に扱われるが、それとこれとはまた違うということだろう。
まあ前の二回はテレーザの大手柄だったんだからいいと思うんだが。
この辺は俺は気楽な立場かもしれない。
「だが言うまでもないが、この度の戦果もすべて我が師団全員でのものだ。
奢らず、卑下せず、次の戦いに備えよ」
釘をさすように団長が言うと空気が引き締まった。
戦果は平等に評価する。これは完全に徹底している。
だからこそ、それぞれ思うところはあっても、誰も抜け駆けをして無茶はしない。この辺は流石の指揮官ぶりだと思う。
団長が全員を見渡す。
その後ろに控えていたルーヴェン副団長が団長に何か耳打ちして団長が頷いた。
「そうだ、言い忘れていたな。諸君の戦功と貢献を祝うため、宰相閣下が舞踏会を催してくださるとのことだ。国王陛下もお越しくださる。10日後だ。全員出席のこと」
団長が言うと一瞬広間が静まり返った。
半分以上から嬉しそうな、信じられないと言わんばかりのささやき声がして、残りからは何とも微妙なため息が漏れた
「冒険者の俺も参加していいんですかい?俺みたいなガサツなのは参加しない方が良いんじゃないですか?礼儀違反をやらかして団の恥になりますぜ」
ノルベルトが嫌そうに言うが。
「師団全員出席だ……三度目はいわんぞ」
相変わらず有無を言わさずという感じで団長が言って、ノルベルトが大袈裟に首を振って天を仰いだ。
「妻や夫、恋人を伴っても構わんとのことだ。では解散」
ざわめきが次第に収まっていくのを待つように団長が解散の指示を出して、副団長と部屋を出て行った。
◆
普段はこの後は解散になるからそれぞれ屋敷で少し訓練をしていったり、軽く食事をつまんだりという感じになるのが常だが。
今日は殆ど誰も部屋を出て行こうとしなかった。
ラファエラも含めた半数以上を占める貴族組は何とも浮かれた感じで言葉を交わし合っている。
というか団のメンバーはほとんどが貴族とか騎士家ではあるが。王様と宰相が列席する舞踏会に招かれるのは多分名誉なことなんだろう。
貴族ならなんとなく王様とかと会う機会はよくありそうって感じなんだが。
どうも家柄によってはそうでもないらしい。
一方で騎士の一部とノルベルトや俺のような冒険者上りはなんとも微妙な顔をしている。
騎士は一応貴族階級だが、領土経営や宮廷勤めはなく、戦うのが専門だ。なので、こういう社交の場は苦手なやつも多いらしい。
「なあ、ダンスなんてできるか?」
「いや、まあ」
ノルベルトの問いにフルーレが困ったような顔で首を振った。
俺の乏しい想像力だと、貴族の舞踏会といえばドレスとかで着飾った男女ペアでのダンスパーティという感じだが。
フルーレは戦いの時は人が変わったように勇猛果敢だが、普段の引っ込み思案な感じをみるとダンスが得意って感じはしないな。
もちろん俺もそんなことはやったこともない。
「ノルベルトさんはどうです?」
「俺ができるわけねぇだろぉ?村祭りのダンスくらいだぜぇ」
そういいながらノルベルトが軽い調子で手拍子を叩きながら足を踏み鳴らす。周りから笑みが漏れた。
これはこれで賑やかで堂に入っているが、宮廷の舞踏会でやるのはまずいだろう。
つーか、あの団長はダンスなんてできるんだろうか。
◆
暫くして、三々五々って感じで団員達も帰って行った。
辻馬車を捕まえてテレーザを送って帰る。この辺はいつものパターンだ。
「服はあるだろうな」
「ああ、一応」
ゴトゴトと揺れる馬車の中で、向かいに座ったテレーザが聞いてきた。
叙勲式で着るはずだった衣裳は数日後に届けられたが、結局着ないままで衣裳棚に飾られている。
テレーザが頷いた。
「当日は馬車を仕立てて私の家まで来るように。パートナーをエスコートするのが男の礼儀だぞ」
「……そういうものなのか?」
何から何までしきたりがあるんだな。
冒険者時代は適当に待ち合わせてで良かったが、貴族という奴は面倒なもんだ。
「ところで、俺はダンスなんてものは一度もしたことがないんだが」
「安心しろ、ライエル……私がリードしてやる。任せておけ」
テレーザがドヤ顔で言った。
ノルベルトじゃないが、礼儀に反してトラブルになるなんてことがないといいんだが……果たして、どうなることやら。
一旦ここまで。
続きはもう少しお待ちを。
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