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成長の足跡

「行くぞ!」


 マヌエルが踏み込んで剣を斜めに降り下ろした。

 まだ10歩近い距離がある……この距離で何をと思ったが、突然鞭のようにうねった。


 とっさに身をかがめる。頭上を風切り音を立てて何かが通り抜けていった。

 視界の端に白いものが見えた。あれは……分裂した刃だ。

 剣が波打つのが見えた。切り返してくる。


「風よ!」


 とっさに風の壁を立てる。刃が風の壁に当たって逸れた。


「戻れ!」


 マヌエルが叫んで剣を引くと、伸びていた刃節が縮んで元の剣に戻った。速い。

 もう一度マヌエルが剣を振り上げる。まるで空中に鎖を投げ上げるように剣が高々と空に伸びた。


「死ね!」

 

 掛け声とともに剣がまっすぐ振り下ろされる。飛びのいたところに木が倒れるかのように剣が落ちてきた。

 轟音を立てて土煙が上がる。土煙が消えると石畳に長い溝が穿たれていた。

 ばらばらに別れた刃節がまたマヌエルの手元に戻って剣の形に変わる。


 あれは蛇腹剣(サーペントソード)だ。

 かなり最近作られた前衛用の武器。アルフェリズで一度だけ実物を見たことが有る。

 分裂する刃節を強化されたワイヤでつないで鞭のように振り回せる、中距離まで届く伸縮自在の剣。


 波打った刃の妙な剣だと思ったが、こんなものを得物に選んだのか。

 随分安易に距離を取らせるなと思ったが、距離が離れた時の俺の風への対策は考えていたわけだ。 


「逃がさんぞ!」


 マヌエルが剣を突き出す。

 縮んだ刃節が今度は槍のように伸びた。飛びのいた場所に正確に切っ先が刺さって、石畳が砕けて飛び散る。


 踏み込みながらマヌエルが剣を振ると、刃節が一瞬で戻ってまた元の剣の形になった。

 走る勢いそのままにマヌエルが剣を振り下ろしてきた。


 刀で剣を受け止める。甲高い金属音と火花が散って刀と波打った剣の刃がかみ合った。

 歯を食いしばったマヌエルが俺をにらみながら押し込んできた。柄に力強い手ごたえが伝わってくる。

 やるな。


「風よ!」


 強めの風で足元を薙ぎ払う。

 姿勢を崩したマヌエルがよろめいた。追撃をするより早く、下がりざまに牽制するようにまた剣が伸びた。


 うねる刃節が白い弧を空中に描いて、またすぐに剣の状態に戻る。

 盾で体を隠しながらマヌエルがこっちを油断なく睨みつけた。


 盾を構えて姿勢を低くする。

 今度は動く様子が無い。こっちの詠唱の隙を伺っているのか。

 詠唱には最低でも二呼吸は必要だ。間合いは空いているが、あの精度で斬撃が飛んでくることを考えると風司の術を使うのは危ない。


 蛇腹剣(サーペントソード)は便利な武器だが、扱いは相当難しいと聞いたことがある。

 慣れてないものが使うと刃節が流れて隙ばかり大きくなるらしい。


 便利な武器、強い武器は使い手に相応の技量を要求する。強い武器や恩恵を持てば簡単に強くなれるというほど世の中は単純なものじゃない。

 あれをあそこまで振り回すとは。あれから死ぬ思いで鍛えたってのは本当だな。


 マヌエルと視線が絡み合う。息が詰まるような緊張感が漂った。

 水の中にいるような感覚。周りを囲む兵士もやかましいフェルナンも一言も発しようとしない。


 視線を外さないままで僅かにすり足でマヌエルが間合いを詰めてくる。

 砂とブーツが擦れる音が妙に大きく聞こえた。


 全力で相手したいところだが、今はもう一つやることが有る。まず仕留めるべきはこいつじゃない。

 マヌエルから目を切らないように探知の風で周りを探る。


 草むらの中に姿を現していない奴が12人。ある程度散っているが、用心のためだろうか。

 背格好的にオードリーとメイの位置は掴めた。1人が側にいるだけだ。

 もしこの二人をバラバラに人質にされていたらどうしようもなかったが。

 

 アマラウさんの位置は正確には分からないが……曲がりなりにも貴族家の当主様だ。こっちは流石にすぐに殺しはするまい。

 まずはオードリー達を確保して、その後は出たとこ勝負で行くしかない。

 

「風よ!」


 風の塊をまっすぐ飛ばす。マヌエルが盾でそれを受け止めた。

 人一人くらいならかるく弾き飛ばせる風の塊だが、盾に触れた風が四散する。


「無駄だ!」

「まだまだ」


 風の塊を次々と飛ばす。盾に当たった風は消えるがそれは牽制。

 足元を狙った風の塊が石畳に当たって石の破片と土の塊が飛び散る。

 マヌエルが下がった。


「小賢しい真似を!距離は取らせん!」


 マヌエルが姿勢を整えて剣を振りかぶったが、この間があれば十分だ。

 

「風司の67番【風よ我が剣を運べ。遠き野にあるかの敵をこの腕で切るがごとく】」


 詠唱を聞いたマヌエルが盾を構えて防御の姿勢をとる。だが、狙いはそっちじゃない。

 刀を振ると同時に森の中から悲鳴が上がった。男のもの。その後女の子の悲鳴、オードリーだ

 今のは精度の高い風の斬撃を飛ばす術だ。命中した。


「よそ見とは!貴様、舐めるな!」


 マヌエルが険しい顔で蛇腹剣(サーペントソード)を振る。

 伸びた刃節が地面を凪ぐように飛んで、逆袈裟に切り上げるように跳ね上がってきた。

 

 剣を刀で受け止めざまに、風で押すように切っ先を逸らす。

 伸びた刃節に引っ張られて体勢を崩した。マヌエルの体が開く。


「くそ!」 

「強くなったな!マヌエル!」


 マヌエルが表情をゆがめて悪態をつく。

 足を踏みしめて盾を構えようとするが、その一呼吸の間が命取り。


「風よ来い!」


 重い物がぶつかる鈍い音がして、風の塊がマヌエルを吹き飛ばした



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普通のリーマン、異世界渋谷でジョブチェンジ/僕は御茶ノ水勤務のサラリーマン。新宿で転職の話をしたら、渋谷で探索者をすることになった。
元サラリーマンが異世界の探索者とともに、モンスターが現れるようになった無人の東京の探索に挑む、異世界転移ものです。
こちらは本作のベースになった現代ダンジョンものです。
高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~
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