暗躍するもの・上
そろそろ日も落ちてきたから館に戻った。
ゆっくり過ごすと、なんとなく気持ちが少し落ち着いた気がする。
王都に生活は快適だが良くも悪くもにぎやかで忙しいし、戦いはいつだって命懸けだ。
たまにはこういう風のも悪くないな。
着替えを終えて庭の東屋で一休みしている。
メイドさんがお茶を出してくれて、テレーザがお茶を飲みながら首飾りをいじっていた。
「オードリーたちはまだなのかな」
「そうだな、少し遅い」
二人とも戻ってくる気配がない。
夕飯まではまだ間があるんだが、いったいどこまで行っているんだろう。
手持ち無沙汰のまま待ってると、庭の向こうから一人の男が歩いてきた。
あれはアマラウさんについていた執事だな。執事が東屋の傍で止まって一礼した。
「お嬢様、御父上がお呼びです」
「父上が?分かった、すぐにお部屋に伺う」
「いえ、部屋ではありません。お外におられますのでご案内します」
「外だと?」
テレーザが驚いたような顔で言う。
あの状態でベッドから動けるとは思えないんだが。
「ライエル様も一緒にお越しいただくように、とのことです」
執事の男が俺を見て言う。
丁寧な口調だが……何か嫌な感じだ。なぜ俺を呼ぶ?
「少し待ってもらえるか」
「ええ、構いませんが、お急ぎを」
すぐに部屋に戻った。
片隅に立てかけた刀を取って庭に戻る。執事の男がわずかに表情を歪めた。
「武器をお持ちになるのですか?旦那様とお会いになるだけなら不要かと思いますが」
「別に抜いたりしないさ。冒険者の習性でね。外だと得物が無いと落ち着かない」
「ですが」
「……もちろん問題ないよな?」
ちょっと強めに言うと男が少し考え込むように俯いて頷いた
「まあ結構です。参りましょう」
◆
連れていかれたのはしばらく歩いた場所だった。
古い石畳で舗装された森の小道を行くと広場のような空間に出た。
これまた古い石畳が敷かれているが雑草がその間からのびていて、長らく使われていなかったことが何となくうかがえる。
そろそろ夕方だ。空が赤から次第に藍色に変わっていく。風が吹いて木の葉を揺らした。肌寒い。
先を進んでいた執事が広場の中央で足を止めた。
「父上は何処だ?」
テレーザが聞くがそいつは答えない。どう見てもアマラウさんがいる場所とは思えないぞ。
それに嫌な感じだ。魔獣の狩場に踏み入れてしまった、そんな気配に近い。
「風司の37番。【風よ流れて我に知らせよ。掌が鋼に毛並みに木の肌に触れるがごとく】」
なるべく静かに詠唱して探知の風を飛ばすとすぐにわかった。
周りの茂みや森に人がいる。広場を取りまくように、武装している奴が20人以上。
……囲まれてる。
刀を抜いて周りを見回した。
「どうした?ライエル」
「久しいな、テレーザ、それにライエル。いや、オルランド公か?」
不意に声が聞こえて、広場の向こうから一人の男が馬に乗って進み出てきた。
浮腫んだ顔に撫でつけたような銀髪。不格好に膨れた腹を青いロングコートのような礼装で包んでいる。
フェルナンか。
◆
何人かの護衛風の兵士を引き連れてフェルナンが進み出てきた。
周りの茂みからも兵士たちが現れる。15人ほどだろうか。それぞれが武器を持って、俺達の周りを囲むように位置を取った。
「叔父上?なぜここにあなたが?」
テレーザが聞くが。
「当然だろう。怪我ですっかり気力を失ってしまわれた兄上の代わりに、私がこの領地を治めているのだからな」
フェルナンが勿体ぶった口調で答えた。
フェルナンの後ろに従っている男のうち何人かは見覚えがある。館の兵士や召使だ。
家の乗っ取りを考えていたのはなんとなく察していたが……もうすでにあの執事も含めて相当な数の配下をあの館に送り込んでいたのか。
「やあ。英雄、オルランド公、大した出世のようだ」
「お陰様でね、誰かの邪魔が入らないから快適だ」
テレーザの父親であるアマラウさんなら兎も角、こいつに礼を尽くす気は全くない。
「相変わらず無礼な野良犬だな。口の利き方を知らん。貴族の端くれになっても生まれは生まれか」
フェルナンが芝居がかった仕草で大袈裟に首を振った。
「叔父上、父上は……?」
「今日、君に来てもらったのは他でもない。オルランド公、君に贈り物があるのだよ」
テレーザを無視して、嫌味な口調でフェルナンが言って何かを地面に落とした。
赤い長い布がふわりと石畳に落ちる……あれはオードリーの三つ編みを留めてるリボンだ。





