45 や ら か し た
―――ぴーんぽーん
幼馴染の家のインターホンを鳴らす。
しばらくして、家の中と繋がったときのプツッという音がする。
『……はーい?』
聞こえてきたのはボイスチェンジャーが使われたような高い声。
一見女性に聞こえるが、おそらく、この声の主が凪くんだろう。
「いきなり押しかけてしまい申し訳ございません。
私、未優中等教育学校五年、生徒会長の櫻岐雨と申します。」
『は?』
短いが、確かに嫌悪感がこもったような声。
どれだけ女性が苦手なんだろうか。
『なんのようです?』
警戒と恐怖と苛立ちが混じり合った声色だった。
「香坂薫さんはいらっしゃいますか?」
だが、どれだけ敵意を向けられていても雨は構わず続けた。
『…薫……? ……あ、はい。少し待ってて下さい。』
自分ではなく薫が呼ばれたことに少々戸惑っている様子を見せたが、彼が遠ざかっていく音を聞いて少しホッとする。
………。
待つこと数分。
―――バタバタバタ……ガチャッ
「あ、あ、ぁ、雨、ちゃん! 久しぶ―――え!?」
すごい勢いで出てきた薫は、嬉しそうに雨に話しかける―――が、俺の方を見て呆然とする。
「お久しぶりです、薫さん。
とりあえず、家の中入れていただけませんか?」
「ぁ、あっ、あ、うん!」
するっと俺と薫の間に入ってきた雨は、『気をつけてね』と小声でささやくと、先に中に入る。
俺も、それに続いて中に入っていく。
「ぁあ、あ、ごめ、なさ、あ、準備、して、なくて…。」
おぉう……。
すっごく怯えられてる……。
何したんだ俺。
「準備…?
雨、何か婚約者の家に行くにはマナーとかあるのか?(小声」
「特に無い。でも、女性側はできる限りの歓待をしないといけないっていう暗黙のルールみたいなのがあるらしいんだよね(小声」
こそこそとそんな話をしていたからか、オロオロとし始める薫。
向こうではそれなりに仲が良かったんだけど、こちらではそうもいかないようだ。
「大丈夫大丈夫。ほら、落ち着いて?」
「あ、ちょっ…!」
俺はつい向こうの世界のときの癖で薫の背中を撫でる。
薫は人見知りで、よく過呼吸を起こしてしまうものだから、こういうことはよくやっていたのだ。
雨が慌てて止めようと手を伸ばすが、俺のほうが一瞬早く、薫を背を撫でていた。
それを見た雨は、あぁ〜、と諦めて手をおろし、呆れた顔でこちらを見る。
「……………ぇ? ぇ、っ、えっ、えぇっ……?」
困惑と怯えが入り混じった薫の表情を見て、慌てて手を離す。
「ご、ごめん。」
雨の方を見る。雨は、またやらかしたな、という表情でこちらを見ていた。。
………やめてくれ……。
ついついやってしまったんだ……。癖だったんだよ……。
「ぇ、えぇええ、ええええっ!? る、え、る…留依しゃま!? なんで!? え? 今、え?!」
「あー……。大丈夫ですか、薫さん。」
「な、なんで、うぇ、え、え、えぇぇ?」
「あっ、これ大丈夫じゃないやつだ。」
ものすっごいあわあわしてる。
というか、留依しゃまって、様だよね?
えぇ……。なんで様付け…。
「え、っ、あっ。あっ、ああーっ、あの、あの、ちょ、ちょっと………し、し、失礼しますぅ!!」
薫はあわあわした末にピューンと効果音がつきそうなくらいに走って行ってしまった。
「…………やらかしたねぇ、お兄ちゃん。」
「……ぅわぁああ……。」
盛大にやらかした…。




