30 もちろん、怒られた。
「……あの、そのっ、あの、もうっ、大丈夫ですから!
離してください!!」
そんなふうに俺たちの腕の中で叫び声を上げた真人くん。
俺はするり、と手を解いて自由になる。
だが、俺としろ兄ちゃん以外のふたりが手を離す気配がない。
いや、おいおい……。
「えー。」
不服そうに声を上げたのは、さっきからやたらと真人くんの髪にすりすりと頬擦りをしているくろ兄ちゃん。
その顔はだらしなく溶けていて、ちょっと気持ちが悪い。
と言うか、まずそもそもとして、初対面の相手にやりすぎである。
「真人くん、良い匂いするねぇ……鈴蘭かな?」
腰回りに抱きつき、そう言ったのは雨。
うん、真人くん女性が苦手だって言ってたよね。大丈夫なの?
「あ、ああああ雨さん!?」
あ、やっぱり驚くんだ。
でも、そこまで拒絶しない、と。
逆に顔を真っ赤にしてるね、可愛い。でも、雨はあげないからね?
「……ちょっと、くろ? 雨?」
しろ兄ちゃんが真人くんに気遣ったように声を掛けるが、一向に二人は手を解かない。
そういや、今何時だろうと、ちらりと横目で時計を確認する。
………五時半。
これはもう帰らないとまずい時間だ。ご飯のこともあるし、俺たちは何より配信の準備をしないといけない。
「…もう五時半になっちゃったみたいだから、俺たちはここら辺で帰ったほうがいいと思うけど? 特にくろ兄ちゃん。」
「うううう……。わかったよー。」
やっと手を解くくろ兄ちゃん。
「雨も。帰るぞ。
真人くん、本当にごめんね。」
しろ兄ちゃんが呆れながら雨をひっぺがす。
「い、いえ、僕からお願いしたことなので……。」
真人くんは本当にいい子だなあ…。どこかで悪い大人に騙されてないか心配なくらいだ。
「…真人くん、ごめんね。あんまり抵抗がなかったもんだから、つい……。」
雨もしゅん、として真人君に謝っている。
つい、でもダメなことはダメ。ちゃんと考えてから行動しなさい、と怒りたくなるよね。
まあ人様のお家でそこまでやるつもりはないけど、帰ったらお説教だな、これ。
「本当に今日はごめんね、相談事も聞けなかったし。」
玄関まで移動したところで、しろ兄ちゃんがそう謝罪する。
そういえば、相談があるって言ってたらしいから俺たちはここにきたんだった……。
途中まではその話をしてたけど、すっかり忘れてたわ。
「本当に申し訳ございませんでした………。」
こうやって雨はちゃんと反省して謝るからまだマシなんだけど…(ただ、やった後になって気づく)。
くろ兄ちゃんの方は悪いことをしたってあんまり自覚してないからタチが悪いんだよなぁ。
ガチャリ、と扉を開けると、涼しい外の空気が入り込む。
「真人くん、今日はごめんね。じゃあ、また今度!」
「っ! はいっ! また、今度!!」
そうやって、嬉しそうに顔を綻ばせた真人くんは、見惚れるほど綺麗だった。
———ちなみに、俺たちは全員、母さんに雷を落とされて、晩御飯を食べるのはいつもより遅くなったのだった。




