5《神罰の証明痕》の理由
「ヒュゥゥゥ〜♬ちった〜楽しめたな!
ハハッ〜!クソゴブリン共にしちゃ〜結構溜め込んでたぜ。」
ヒュードが血まみれの剣をピッ!と振り、こびり付いていた血を飛ばすと、メンバー達からはイヤッホ〜!という歓声が上がる。
それなりに巨大な集落の様になっていたゴブリン達の巣には、沢山の人間の骨が転がっていて、多分直前に殺されたであろう盗賊達のバラバラの死体もそこら中に散らばっていた。
それをヒョイヒョイと避けながら、俺はゴブリンの耳を切り取っていき、こっそり魔力核も取り除いていく。
討伐証明は耳でいいので、それ以外は俺のお小遣いとして懐に入れるつもりだ。
ゴブリン如きの魔力核一つの値段は子供のお小遣いにも達しないが、それが多数となればそれなりに儲けられる。
そのままご機嫌で集めていると、ヒュード達も負けず劣らずご機嫌でゴブリン達が溜め込んでいたお宝達をゴソゴソと集めているのが見えた。
そこには報告になった宝石など以外にも、依頼主のものではない沢山の剣や防具、高そうな装飾品やアイテムなどがあって……恐らくは他の商会も襲ったのか、もしかして小さな街も襲ったのかもしれない。
その戦利品らしきモノがわんさかあったみたいなので、それはギルドに報告がなければ全て丸々討伐した者のモノになる。
つまりは、全部ヒュード達のもの。
そりゃ〜ご機嫌にもなるってもんだ。
俺はその隙にと魔力核をどんどんほじくりながら、その戦利品達をもう一度チラッと見ると、そこにべったりとこびり付いている血を見た。
そのせいで上機嫌だった気持ちが、凄い勢いでしぼんでいくのを感じる。
……しかたない、しかたないんだ。
『力』がねぇヤツは、運がなかったって思うしかできねぇから。
そう呟きながら、こういう時だけ何もしてくれない『神様』ってやつに心の中で祈っておく。
そして最後は、その血の持ち主たちへ『こんな酷い世界に生まれて……やっと開放されて良かったな。』とだけ言ってやった。
きっとこの世界で一番悲しいのは、『力』がない事だ。
何も変えられず、自分の心のまま動く事は許されない。
嫌なモノを淡々と受け入れ続ける人生程、辛いモノはない。
それから開放されるなら……『死』は救いになるのかもしれない。
さっき聞いた【腐色病】の青年の事も思い出し、会ったこともないが何となくもう一度祈っておく。
そうしてその後は一心不乱にゴブリンの耳と魔力核を取り出していたのだが、突然「うわっ!!!」というメンバーの声が聞こえたので顔を上げた。
「なんだ?」
声が聞こえた方向に視線を向けると、戦利品を持ち上げ笑っていたヒュード達と、返ってきた自分の商品をしっかり確認していた商会の会長さんも同時に同じ方向を見て、全員がギョッ!と目を見張った。
そこには大きな麻袋を手にして呆然としているメンバーの一人と、その足元には泥の塊の様な汚れた人間?が横たわっていたからだ。
どうやら状況的に、大きな麻袋を見つけてその中身を出そうとしたら、中から人ができたとそういう事だろう。
「……はっ?何だ、それ。人間か?」
ヒュードが訝しげに横たわる人間の方へ近づいていったが、少し離れた所で突然足を止め、大きく顔を歪めた。
そしてその理由を、俺達も横たわる人間に注目する事で理解する。
「腕あたりと顔の大部分が腐り始めてやがる……。
こいつ【腐色病】だ。
────うわっ……!気持ちわりぃ〜。」
倒れている人間らしき塊は、酷く汚れていてわかりにくいが……黒くて長い前髪の隙間から見える顔とむき出しの腕は黒ずんで腐り始めていて、ムワッとした腐敗臭がこちらまで漂ってくる。
体は15歳前後くらいか?
小さくて細く、まるで枯れ木の様にも見えた。
「何でそんな中に入ってたんだ?」
「多分、武器も強さも持っていなかったから、ゴブリン達が非常食にしようと袋の中に閉じ込めておいたのでは?」
ブチブチ文句を言うヒュードの横から声を出したのは商会の男で、彼は自分の手元に返ってきた宝石達をルーペみたいなモノで見ながら、そう答える。
するとヒュードはチッ!と舌打ちをした後、俺に向かって怒鳴り散らした。
「おいっ!ドブネズミ!!その気持ち悪りぃ死体を適当にどっかに捨ててこい!
……しっかし、本当に腐ってやがる。こんなんでどうして生きてんだぁ?」
興味本位でジロジロその青年を見下ろすヒュードの横を、俺はすぐさま通り過ぎ、その青年の横に行く。
そしてまだ随分若いというのに命を落としてしまった青年に、心の中でもう一度祈りを捧げ、袋に詰めようとしたその時────!
「……うぅ…………。」
青年が僅かに動き、うめき声を上げた。
い、生きているっ!?
それに驚き、全員が目を見開いたが、商会の会長だけはのほほんとした様子で、俺達に説明し始めた。
「あ〜……なるほど、言い伝え通りみたいですね。
【腐色病】に掛かる者の体は酷く頑丈にできていると聞いた事があります。
嘘か真か、全身を刺しても焼いても復活するとか……。
だから《神罰の証明痕》……な〜んてあだ名が本当はついたらしいですよ。大罪人を長く苦しめるために神が与えたモノなのだと。
────ふ〜……くわばらくわばら!
一体どんな罪を犯したらそんな罰が下るんでしょうね。」
やっと宝石から顔を上げた会長さんは、【腐色病】の青年を見て、ブルル〜!と全身を震わせた。
固まる俺とパーティーメンバー達だったが、ヒュードだけは小さな声でブツブツと呟き、何かを考え込んでいる様だった。
そして俺が固まったままその青年を観察していると、腐っている顔の目の辺りがピクピクと動き、その瞳が開く。
まるで血の様に真っ赤な瞳……。
それが俺をボンヤリと見つめていた。
初めて見るその瞳の色に多少ギョッ!としたが、それよりも生きている様子だったので、ソロリとその青年に顔を近づける。




