21 ありがとう
「サン、こっちに来い。」
手招きしてサンを呼ぶと、俺はそのまま自室である物置小屋へと戻る。
そしてへそくりを隠している床下の扉を開き、そこから全部の金を取り出して袋に詰め込むと…………その場所に、サンを押し込んだ。
「いいか?サン、命令だ。外の物音がなくなるまで、そこから絶対に出るな。分かったな?」
「……えっ?わ、分かりました……?」
サンは訝しげな顔をしているが、隷属の証が発動した気配を感じたので、俺の許しなしでココから動くことはもう出来ない。
それにニヤッと笑うと、サンに回収したへそくりの一部を握らせ……そのまま扉を閉めた。
そして丁寧にカーペットを被せ、上にはロッカーを乗せてサンを隠す。
以前そこに入ってみた事があるが、空気は薄くても1日くらいは普通に隠れられそうだった。
多分ここなら、サンは見つからないはず!
俺は袋に入った金を握りしめ、バッ!とハウスの外に出ると、スキルが教えてくれる方向と反対方向へと全力で走った。
すると、馬の蹄の音や沢山のガチャガチャという金属音が近づいてくるのを感じながら、ハハッ!と笑う。
できるわけねぇじゃん。
サンを置いて助かるなんて!
追いかけてくる気配に恐怖を感じながらも、俺は大声で笑い続けた。
すると、たった三ヶ月だが、サンと過ごした沢山の思い出が物凄い速さで頭の中で回っていく。
最初は復讐してやるつもりだったんだ。
自分が辛いばっかりの世の中で、自分が『辛さ』を与える側になって笑ってやろうって。
そしたら今までの可哀想な自分が可哀想じゃなくなるって思ったから。
ハァハァと荒くなっていく息と比例して、服は汗で濡れていく。
ドコドコと心臓が痛くて、それでも胸を押さえて必死に走り続けた。
絶対に捕まるっていうのに、こんな逃げてさー……ほんと俺って惨めなネズミ野郎だよ。
ぺこぺこ媚び諂って、最後はこうやっていつも切り捨てられてゴミと一緒にポイっだ。
最高に惨め!
馬の蹄の音が後方で二手に分かれたのが聞こえ、前に回り込む気だと気付いたが、俺は前に進む以外出来ないためガムシャラに走る。
俺は最高に惨めで小さい男で……だからかな?
ヒュード達や他で見てきた上の奴らの様に、サンに嫌な言い方をしたり、わざと傷つく事を言っても全然楽しいと思えなかった。
そんな事よりよっぽど────……っ!!
突然進行方向から馬に乗った兵士らしき男達が飛び出してきて、とうとう俺の足は止まる。
そして一斉に剣を向けられ、そのまま青ざめて突っ立っていると、後ろから他の兵士達と……その先頭には馬に乗っている、やたら高そうな服を着た上品な男がいるのが見えた。
「おい、お前はあの男の仲間の様だな。約束のモノはどこだ?」
高慢ちきに質問してくる上品な男は、多分今回ヒュードが怒らせた貴族の男だ。
ゴクリッと唾を飲み込み、俺はメソメソと泣きながら土下座をする。
「うわぁぁぁぁ────ん!約束のモノって一体何の事でしょうか〜!?
自分はヒュードの所の下っ端でしてぇ〜!朝起きたら、ヒュードは【腐色病】の小僧を連れて消えてたんですぅ〜!!
それで俺だけ残されていたので、ハウス内の金を集めるだけ集めて、今飛び出した所で〜す!!」
ぺこぺこと頭を何度も下げながら、そう告げると、貴族の男は大激怒したようで、大きく顔を歪ませた。
「ふざけやがって、あのクソ野郎っ!!!この俺にそんな舐めた態度とった事を絶対に後悔させてやる。
────おい、直ぐにあの男の行方を探して、俺の前に連れてこい。【腐色病】の実験体は絶対手に入れるぞ。」
「────はっ!」
俺はブルブル震えるふりをしながらほくそ笑む。
ヒュードはこのまま見つかってぶっ殺されるだろう。
そしてサンの方は、あの気配察知能力とあの多彩な能力があれば……多分逃げ切れるはずだ。
奴らがヒュードに釘付けになっている間に、きっと遠くへ……。
────ハハッ!ザマァミロ!!
最後の最後でしてやった事に、心の中でガッツポーズをしたが、直ぐに近づいてきた貴族の男に思い切り蹴られて、頭が真っ白になってしまった。
大きく飛ばされた俺は、そのままゴロゴロと転がされ木に激突し、息ができないくらいの衝撃で動けない。
こ、こいつ……戦闘系ギフト持ちか……?
貴族の男はゲホゲホと咳き込む俺に、間髪入れずにもう一発蹴りを入れると、そのまま俺の顔や体をボコボコに殴り始める。
合間合間に見える貴族の男の顔は────満面の笑みだ。
人を殴って凄く楽しいんだ……。
こいつもヒュード達と一緒。
激しい痛みで霞んでいく意識の中、俺はフッと自分の人生を振り返った。
カスみたいな能力しか得られず、ドブを這いずる様な日々を生きたクソ人生。
そんな中で生きて、だから俺は誰かを傷つける事を選んだってぇ〜のに、そんなん全然楽しく思えない。
それよりよっぽどサンがくれる『ありがとう』の方が嬉しいと思った。
それだけで、もう心が満たされてしまったのだ。
幸せだなって。
────────ゴシャッ!!!
何本目かの骨が折れ、これは助からないなって確信して死を覚悟すると……腫れ上がって開けれない瞼の裏に写るのはサンの姿だった。
「あ……りが……と……。」
言葉も満足に発せられない中、最後の言葉に選んだのはコレ。
サンに『ありがとう』って伝えたかった。
誰にも必要とされなかった俺を見てくれて、一緒にいてくれてありがとう。
多分コレが本当の意味での、八つ当たりを決意した理由。
俺は誰かに自分という存在を見てもらって、俺はココにいる……この世界に存在しているんだって、きっと証明したかったんだと思う。
だからクソだと思っていた俺の人生は幸せで終わり!
サンが望みを叶えてくれたから。
真っ黒に染まっていく意識の中で、体中が熱くなって視界が一瞬真っ赤になったから……多分死因は焼死だと思う。
最後に見えたのが、サンの瞳の色と同じだったのが嬉しいって思ってしまい、なんか笑えた。
さよならクソ世界!
最後はクソ幸せな人生、ありがとう!!
痛いも熱いも、もう何も感じなくなって…………多分、これが『死』ってヤツ。
『俺』という存在は、完全にこの世界から消えてしまった。
………………。
────────────カチッ!!!
カチッ……カチッ……カチッ……カチッ……。
────────??????
遠くの方でまるで時計の歯車の様なモノが回っている音が聞こえ、急速に消えていったはずの意識が戻って来る。
何だ?この音は……???
ボンヤリと霧がかかった様な思考の中……誰かの声が聞こえた。
《ギフト【渡り鳥】のスキル条件を満たしました。
これよりスキル<時渡り(未来)>を発動し、肉体を完全再生し1000年後の未来へ渡ります。》
神様のギフト【渡り人】
<不遇ライフホーム>(先天ギフトスキル)
現在存在している場所、状態にて、自身のステータス値に大幅な能力ダウンが掛かる永続型デバフスキル
現状を『渡る』事で元々持っているステータスとスキルが解放される
<時渡り(未来)>(特殊ギフトスキル)
一定以上の不運状況において復讐を望まず、一定以上の幸福度を持ち、更に他者の代わりに命を失う事で特殊発動する特殊時間操作スキル
破壊された肉体を完全再生し、そのまま1000年後の未来へ渡る事ができる。




