20 全て理解した
「神様ってさーすげぇ嫌な奴だよな。だって力がある悪い奴ばっかり可愛がって……。」
ブツブツと不満を呟くと、サンは不思議そうな顔を一瞬したが、そのまま何も言わずに俺に薬を塗られていた。
そして薬を塗った後は、少しでも薬の効果を出す為に包帯を巻き、その上に服を来てもらうと、俺はその場にゴロンと転がる。
するとそれを見計らって、サンがモソモソと隣に転がり、そのままくっついて小さなタオルをお腹あたりにかけるのが、俺達のスタンダード就寝スタイルだ。
くっつかないと上のタオルからはみ出ちゃうから仕方ない。
サンが風邪とか引いちゃうと俺の仕事が大変になるから!
心の中で言い訳をし、そのままくっついてくるサンを引き寄せてやるとすると────サンは負けじと俺にギュッ!とくっついて、一人でタオルを占領するよりぽっかぽかになる。
────まぁ、悪くないか!
ホカホカ暖かいのは心もで、そのまま目を閉じてその心地よさに体を預けると、サンは独り言の様に話をし始めた。
「こんな風に抱きしめて貰えたの、初めてなんです。
ウチは貧しかったから……きっと両親は生きていくのに精一杯だったんでしょうね。
他の人たちだって皆そう。自分の事で一杯一杯。
……だから、きっと人を想う心って、自分に余裕がないと普通は生まれないんだろうって、そう思ってました。」
「あ〜……そりゃ、そうだろう……な……。皆、生きるのに……精一杯だから……。」
ボソボソと小さな声で語るサンの声は、ちょうどいい子守唄だ。
俺の意識は、ゆらゆらと揺れながら沈んでいく。
「でも、余裕がなくても人を想う事ができる人はいるんですね。
俺はそれって凄い事だと思います。
こんなにも綺麗な人が世の中にいるって気づけたんだから……俺は幸せです。
その想いだけで、幸せな人生だったって思ってます。だから────……。」
小さく囁く声は聞こえず、そのまま俺の意識は夢の中。
暖かい体温と心と……一人だった時には知らなかった幸せの感覚のまま眠りについた。
◇◇◇
朝、日の出前────。
《ピピピピピ────!!!!》
頭の中に鳴り響く警戒音によって、俺の目はパチーン!!と勢いよく開く。
「な、なんだなんだ!!?一体何の警戒音が……???」
鳴っている警戒音は、俺の唯一持ってる便利スキル【危険察知(微)】だ。
なぜ?
なんで今、それが鳴っている??
俺は飛び起き、物置小屋から外へ出た。
そしてキョロキョロと気配を伺ったが、いつもはうるさいほど響く、ヒュード達のイビキや歯軋りの音が、気味悪いほど聞こえない。
「────まさかっ!!」
サンがむにゃむにゃと起きた気配を感じたが、俺は一人で急いで階段を駆け上がり、ヒュードの部屋のドアを思い切り開けた。
するとデスク机の上には空っぽになっている金庫箱があり、それ以外の運びやすい金目のモノは全てなくなっている。
「────っ!?ヒュードの奴、夜逃げしたんだ。寝とった女の持ち主から逃げるためか!」
ガリガリと頭をかきながら、あんにゃろう!と怒りに燃えたが、どうせ逃げきれないだろうと怒りをおさめた。
「貴族はプライドの化け物だからな。多分どこまでも追ってくる。
他国に逃げたっていつかは捕まるぞ。」
ザマァミロ!と心の中で叫んでやったが……問題はなぜ俺のスキルが発動したのかだ。
つまり俺に命の危機が迫っているということ。
何かヒントはないかと、散らかっているデスクの上を注視すると、手紙くらいの折り畳んだ白い紙が、見ろと言わんばかりにポンっと置かれているのに気づく。
「置き手紙か……?」
俺はそれを手に取ると、直ぐに開いて中の文字を目で追った。
『ドブネズミに殿を務めさせてやる。
その奴隷をこれから来る迎えに差し出せ。
それをくれてやるのを条件に、国外に出れば見逃してやると話がついている。
まぁ、普通に差し出すだけじゃー殺されるだろうが、いつもみたいに必死に逃げ切れよ、ドブネズミ♡ 』
「…………はっ??」
衝撃の内容に俺はポカンと呆けてしまう。
サンを迎えに渡す??
何で??
『そいつは医術界隈では有名な貴族で、噂では奴隷や浮浪者を攫って人体実験してんだとか 』
突然フッと頭に浮かんだのは、ギルド職員のラルフから聞いた話だ。
まさか【腐色病】を患っているサンを人体実験用のサンプルとして売った……?
「ふっ、ふざけるなぁぁぁぁぁ────っ!!!」
怒りに任せ、ドンっ!!と机に拳ごと手紙を叩きつけた。
まさかそんな事を考えてサンを奴隷にしたのか?!
最初からこのつもりで??
あまりの事に目の前が真っ暗になる。
そのままブルブルとヒュードへの怒りで震えていると────……。
「グラン様……?」
俺を追ってきたらしいサンが、おずおずと話しかけてきた。
俺はハッ!として直ぐに手紙をグシャリと潰し、机の下に投げ捨てる。
「あ、あ〜……何でもない。ちょっと虫がいたから叩いただけだ。」
「そうですか。それより……随分沢山の人間がこっちに向かって来る様ですが、何のためでしょうか?」
ギクっ!と肩を揺らしてしまったが、直ぐに誤魔化す様に肩をグルグルと回した。
間違いなくサンを回収しにきた奴らだ。
そいつらに捕まったら……もう逃げられない!
ガンガンと響く警戒音に酷い頭痛が始まり、もう悩んでいる時間はないんだと悟る。
今、俺のスキルが教えてくれる生存方法。
それは1つだけ。
『サンをここに放置し、全力で反対方向へと逃げる事。そして全てを捨てて、俺も国外へ逃げる事。』
それしか俺の助かる道はない。
利用価値のない俺は、多分ヒュードのやった事への八つ当たりで見つかれば殺されるだろうから。
全てを理解した俺は、下に下がっていた視線を上に上げ、不思議そうに俺を見つめるサンを真っすぐ見つめた。




