19 どこにも……
「おいっ!!!食後のデザート持ってこいっ!!」
「まだかよっ!!グズっ!!のろま!!」
散々な暴言を叫ぶメンバー達に、俺とサンは同時にため息を吐き出し、すぐにサンが剥いてくれたリンゴを皿に盛る。
そしてそれを持って行くと、ヒュードがそれをひったくる様に受け取り、更に何かを思い出したかの様に俺を指差した。
「あ〜そうそう、今日は秘蔵の酒コレクション全部出して飲んじまうぞ〜!
ドブネズミ!!とっとと持ってこい!!」
「────へっ???あ、はい!!ただいま〜!!」
驚いてポカンとしていると、そのせいでビュードに睨まれてしまい、慌ててサンと地下にある酒の貯蔵庫へと走る。
そしてクソみたいに重い酒瓶の殆どをサンが持ち、俺は数本持ってまた走って戻ると、ビュードはそれをひったくる様に受け取り、景気良く開けてはラッパ飲みし始めた。
そんな美味い酒を飲んで上機嫌なヒュードを見て、俺は首を大きく傾げる。
「あれはヒュードが大事に取っておいたプレミアもんの酒だっつーのに……。
こんな何でもない日に一気に開けるなんて、ちょっとおかしいな。」
訝しげにヒュードを見つめたが、視線の先のヒュードはバカみたいに浮かれているだけなので、サッパリ理由が分からない。
「……ま、いっか。どうせこんなに飲んじゃー明日はゆっくり起きてくるだろうし、ラッキーラッキー!」
サンの方をチラッと見ると、完璧に気配を殺したまま後片付けを既に始めている。
これは主人として負けられない!とばかりに俺も近くの皿を必死に集め始めた。
そうしてあらかた片付いた時、突然ヒュードがご機嫌で俺を呼び止め「今日はこれで下がっていい。」と言ってくる。
いつもだったら自分たちが部屋に帰るまでは決して上がらせてなどくれぬというのに、一体どういう風の吹き回しだ???
「は、はぁ……しかし、酒瓶の片付けが……。」
「────あぁ?俺が下がれっていったら下がれよ。グズが。殴られてぇのか?」
ヒュードが拳を上に上げて俺を殴るフリをすると、サンが気配なく俺の前に立った。
それにヒュードは驚いた様で、一瞬ビクッ!としたが、直ぐにニヤァ〜と顔を大きく歪めて笑う。
「ふん、酔いが回っちまったか……?
────まぁ明日は大事な大事な用事があるから、とりあえず休めよ。
それにテメェらの辛気臭ぇ顔見ると、せっかくの酒が不味くなるだろう?
ドブネズミと腐れ化け物じゃな!」
俺達を指差し笑うヒュードに釣られ、他のメンバーもゲラゲラと笑った。
とりあえず俺は「直ぐに消えますぅ〜!」と言いながら頭をぺこぺこと下げると、前に立つサンをヒョイっと抱っこする。
そして一目散に物置小屋へと走り去った。
◇◇
「こらっ!前に立ったら危ないだろうが!」
「…………。」
物置小屋へと到着したら、直ぐにサンを叱りつけたが、サンはブスっとして視線を逸らす。
それにムッ!として、更に叱りつけてやったが、何とサンはだんだんと嬉しそうな顔までし始めたではないか!
「サン!俺は怒ってるんだぞ!何笑ってんだ!
ヒュードに本気で殴られたら、首が吹っ飛んだっておかしくないっていうのに!!」
「はい……。分かってます……。」
更にカァァァ〜と赤くなって恥ずかしそうにモジモジするサンを見て、訳がわからなくて怒る気が急速に冷えていく。
ハァ……とため息をついてサンから視線を逸らした。
「もう2度とやるんじゃないぞ!たく〜……。ほら、今日はさっさと寝て明日に備えよう。
どうせヒュードの事だから、明日はめちゃくちゃ不機嫌だろうし!」
多分酔っ払いすぎて正常な判断を失い、秘蔵の酒を開けてしまったに違いない。
だとすれば明日は我に帰り、イライラムカムカ!!と機嫌は大降下!
もちろん俺とサンはそのとばっちりを食らうだろう。
ブルブルと震えながら、こちらを気にしているサンと寝る準備を整えた。
大きなせんべいタオルを二人でバサバサと振って埃を落とし下へ敷くと、俺は部屋の隅に置いてある小さな小瓶を手に取る。
「クックックっ。さぁ、サンよ、気持ちいい事をしてやるぞ〜。
服を全部脱ぐのだ。」
「は、はい。」
ワキワキと指を動かしエロティックな雰囲気を出しながら、素直に服を脱いで座るサンに近づくと────────小さな薬瓶を手に取り開けた。
そして中の薬をサンの腐っている皮膚の部分に丁寧に塗り込んでいく。
「背中の部分が一番酷いな……。凄く痛そうに見えるけど、どうだ?」
「全然痛くありません。薬を塗り始めてから痛みがすっかりなくなりました。」
実は我慢しているのか?と疑ってはいるものの、本人曰く薬を塗る様になってからは痛みがほぼないらしい。
今も俺に薬を塗られながら、気持ちよさそうに目を閉じている。
まぁ、高い薬だしな!
効いてくれなきゃ困る!
そのままペタペタと背中や手など満遍なく塗っていると、サンがフッと目を開けて俺を見つめているのに気づいた。
「なんだ?やっぱり痛いのか?」
「いえ、そうじゃなくて……。」
モゴモゴと口ごもるサンは、真っ赤になりながら口を開け閉めすると、最後は吹いたら消えちゃうくらいの小さい声で呟く。
「……ありがとうございます。」
「…………。」
『ありがとう』
サンからもう何度も聞いた言葉だが、こうして不意打ちの様に聞いてしまうと、ドキッ!!と心臓が跳ねる。
その言葉を言われるだけで、何だか不思議な気持ちになってしまって、正直凄く戸惑ってしまうのだ。
「おっ、俺は優しいご主人様だからな!せいざい感謝しろよ!」
フンっ!と鼻息荒く言ってやると、サンはやはり嬉しそうに……「────はい。」と言ってまた目を閉じた。
本当はお礼を言われる様な事、してないっつーのにな……。
今にも腐って落ちそうに爛れているサンの背中を見つめながら、心がズキズキと痛む。
世界は広いから、もしかしたらサンの病気を治してくれる薬もあるかもしれないが、少なくとも俺の側にいる限りは見つからない。
弱い俺はそれを探しに行けないから。




