13 一緒にいて
確かに食事場の床で寝ていたはずなのにサンはおらず、更に上に掛けたテーブルクロスがそこに置き去りにされていた。
キョロキョロ探したが、どうやらこの部屋にはいない様だ。
まさか逃げたのか?
そう思ったが、奴隷は主人から一定距離位逃げる事はできないし、サンの外見では街に出れば大騒ぎになるはず。
「……サン?」
ドキドキしながら、走り回ってサンを探す。
も、もしかして、俺が偉そうな言い方ばっかりしてたから嫌になって自害を……?
焦ってキッチンの包丁スペースをチェックしたが、ちゃんと包丁は全部置いてあった。
しかし、自害の方法は包丁だけではないため、そのまま青ざめながらサンを探し続ける。
ハァハァと汗を垂れ流しにしながらどこにもいないサンに愕然としていると、俺の部屋のドアが開いているのに気づいた。
「サンっ!!!」
直ぐにドアを開けて中に入ると────そこにはボロボロに泣きながら、せんべい布団を抱きしめているサンがいた。
どこも怪我などはしてなさそうでホッとしたが、凄く泣いていたので、青い顔から血の気が引いていく。
「も、もしかして昨日の土下座が……?それとも、俺が偉そうに教えすぎて────。」
サンはブツブツ呟く俺の姿を目にすると、涙を滝の様に流しながら、フラフラと俺に近づいてきた。
そしてまるで神様に祈るみたいに跪くと、頭を床に叩きつける様に下げる。
「す……捨てられたのかと思った……。お願いします。捨てないで……。」
「何でもするから……お願いします……一緒にいて……お願い……。」
「貴方がいないと……生きていけない……。」
ブルブル震えながら必死に訴え続けるサン。
それを見下ろしている俺の体には────正体不明の雷の様な衝撃が走った。
才能皆無。
外見は背景と同化手前。
ヘコヘコすることしかできない役立たずなのに……サンは、そんな俺を必要だって言う。
続いて痺れる様な感覚が、体の末端の方まで沁み渡ると、カァァァ〜!と顔に熱が集まって来た。
慌てて顔を横に逸らして、真っ赤な顔を隠す。
ちょっと出かけただけなのに、俺がいないと不安だって、嫌なんだって!
俺がいないといきていけないって……なんだよ、それ〜!
初めて湧いた正体不明の気持ちにクラクラしながら、自分の持っている荷物の事を思い出した。
……これ、喜ぶかな?
喜ぶサンを想像すると何だか気持ちがホカホカしてきて……それも不思議で首を傾げたが、悪いモノではないと思ったので、ま、いっか!と気持ちを切り替える。
そして俺は土下座する様に頭を下げたままのサンの頭の上に、ポンっ!とさっき買った服を乗せてやった。
「サンにはもっと働いて俺を楽にしてもらうつもりだから捨てねぇよ。だから、今日からその服を着て働け。
いいか!?昨日みたいに怒られたら面倒だから!それだけだからな!」
わざとさっけなく言ってやったが、サンはバッ!!と勢いよく顔をあげる。
「ホントに?ホントに捨てない??ずっと一緒にいてくれるの?」
「そりゃ〜サンが使い物にならなくなるまではな!」
そう言ってやると、サンは……ニコッ!と幸せで幸せで仕方がないと言わんばかりの顔で笑った。
なんだかそれにドキッ!として、また顔が赤くなりそうになってしまいまた顔を逸らすと、サンはやっと俺が投げた服に気付いた様だ。
「……えっ……?これ……洋服……??まさかこれを買いに……。」
「ばっか野郎!他の買い物のついでだ、ついで!」
頭から湯気を出して怒ってやったのに、サンはジワジワと顔色を赤く染め、熟れたトマトの様な色になってしまった。
「俺の……洋服……俺の……。嬉しい……。ありがとう……ご主人様。」
『ありがとう』という言葉に、ズキュンっ!と胸を射抜かれ体が小さく震えたが、それを必死に隠しながら、改めて言われる『ご主人様』という言葉が何となくしっくりこなくて、俺は口を開く。
「『グラン』」
「???」
あげた服をギュッ……と抱きしめているサンをチラッと見て、自分の名前を言った。
するとサンは不思議そうな顔で俺を見上げてきたので、もう一度言ってやる。
「だから、グラン!それが俺の名前!ご主人様じゃなくて、グラン様って呼べ。分かったな!」
「……!!はい、分かりました。グラン様。」
自分の名前を呼ばれただけなのに、またホワッとした暖かい気持ちが体を温めてくれる。
それを誤魔化す様に、もう一つ回復系アイテムショップで買ったモノを、ペイッ!とサンに放り投げてやった。
「それもついでに安かったから買ったけど、俺はやっぱりいらないからやるよ。
やけどとか皮フの異常に効くヤツだから、塗っとけば?」
掌サイズの貝殻の形をした器。
その中には、やけどなどの皮膚の状態異常によく効く軟膏が入っている。
痛み止めも入っているから、多分痛みはだいぶ抑えられるはず。
そう思ってちょっと……いやだいぶ高かったけど買ってやった。
そのせいで今までのへそくりが全部なくなっちゃったけど!
頭の中で飛んでいく、翼の生えた硬貨達を必死に追いかけながら、ガクッ……と肩を落とす。
今まで必死に貯めた金を沢山使っちまって、俺は本当に何をやっているんだか……。
自分の意味不明な行動の数々にため息が出たが、チラッと様子を伺うと、サンは言葉もないくらい喜んでいる様で、真っ赤な顔でブルブルと震えている。
そんな顔を見ると……不思議とヒュード達みたいに、高い酒買ったり、綺麗なお姉さんに相手してもらったり、そんな願望を叶えるより良かったかもとまで思ったが、慌ててブンブンと頭を振った。
違う違う、俺は今までの自分の不幸の分、誰かを不幸のどん底に落としてやるんだ。
それが最終的な目標だから!絶対絶対その夢を叶えてみせるから!
俺は小さく震えているサンから投げつけてやった貝殻の器を取り上げ、カパッ!と開くと、サンの腕の腐った部分に塗り始めた。
ビクッ!と震えるサンの手はとても細くて、結構広範囲に腐り始めている。
「結構腐っている範囲が広いな。痛いか?」
「……えっ……と……少し…………でも、俺、痛みに強いから……。
それに……この薬塗ったら……痛み、なくなったよ……。」
「ふ〜ん。」
ヌリヌリと薬を塗りながら、フッ……とサンの命はあとどれくらいあるんだろう?と考えた。
これだけ広範囲に広がっているなら、多分長くない事は確実で、なら、せめて苦しくない様に死ねるといいなと思う。
薬代稼がないとな〜……。
ボンヤリとそう考えて、ムッ!としたが、まぁ痛みがあると働けないから必要経費なんだと言い訳をして、そのままサンに洋服を着せてやった。




