1 グランという人間の人生
(エピローグ)
「じゃあ、一緒に行きましょう。貴方と一緒ならどこだろうと俺は幸せです。
今度は置いてかれないですね。」
「……そうだな。今度はちゃんと一緒に行こうか。」
恐ろしい程綺麗な顔をした男が、俺を抱きしめて幸せそうに笑った。
抱き合った身体から伝わる暖かい体温を感じながら、何でこんな事になったのかなとボンヤリ考える。
しかし────それを思い出す前に、俺達の身体はドロドロと溶け出し……混ざりあって消えてしまった。
◇◇
『人間は生まれながらに人生が決まる。』
それが当たり前のこの国の名は【セイリーン王国】
この広い世界の中にある沢山の国の中でも、それなりに裕福な大国だ。
国には一番偉い王様がいて、そしてその下に王族、貴族と続く身分制度が色濃いこの国では、人の価値はまず身分。
だから生まれた時から王族だったら王族の、貴族なら貴族としての輝かしい人生がスタートする。
『なぜそいつらの人生は輝くのか?』
その答えは、下にカーペットの様に這いつくばっている『平民』という下級身分の者達や、更にその下の身分の者達がいるからだ。
カーペットは一生カーペットのまま。
上へ上がれる事なんて絶対にできない仕組みになっている。
そして俺、<グラン>も、そんなカーペットとして一生生きることが決まっている底辺の人間であった。
貧しい村の子沢山の家に生まれた俺は、他の兄弟達より出来が悪かった。
体も小柄で体力もない。
突出した能力は何もなく、外見も黒髪に凹凸の少ない地味な顔。
人を惹きつける様なモノは何一つ持っていない。
だから生活が苦しくなった時、両親は迷わず俺を選んで捨てた。
まぁ、理解はできる。
だから恨んではいない。
ただ思うのは────捨てるくらいなら、直ぐに死ねる様な森にして欲しかったな〜という事だけ。
この世界には人間以外に<モンスター>と呼ばれているとても凶暴な生き物達がいて、そいつらは人間を喜んで食うから、その生息域である森にして欲しかった。
そう何度か思っちゃうくらいには、俺の人生は大変だったと断言できる。
そんな俺が捨てられた場所は、平民としても暮らせなくなった貧しい人達が住む街、通称【捨て人の街】。
そこでの人生は、力のない人間にとっては控えめに言って地獄の人生だ。
弱い奴は死ぬし、強い奴は生きる。
そして正義は強さにある。
勿論、クソ弱い俺には死ぬほど厳しい世界ってわけだ。
でも弱い奴だって弱いなりに生きていかなきゃならない。
だからそこに捨てられた奴らは、自分の生き残る道を必死に探す。
そこで俺が一番に選んだのは────ズバリ、プライドを捨てて媚びること!
要は、強い奴にペコペコしたり、荷物持ちをしたり、剣や防具を磨いたり、ペラペラと思ってもないお世辞を大袈裟に言ったり、雑用を喜んでやったり!
人間って明らかに劣ってる奴を側に置くと気分いい奴が多いから、俺はそうして生き残ってこれたってわけ。
勿論機嫌が悪い時は殴られたり、笑い物にされたりは日常茶飯事だったけど、人間って何でも慣れるからさ。
大丈夫大丈夫。
そんなこんなで、俺はそれなりに大きな民間組織の下っ端として働いて早数十年。
今では悪の下っ端歴もベテランで、程よく過ごせる処世術を身につけた30歳のオッサンになっていた。
◇◇◇◇
「────ハハっ!!おいっ!ドブねずみ!!酒が足んねぇぞ〜!!もっと酒持ってこ〜い!!」
「はい〜。直ぐに〜。」
ササッ!と持って来たのは、ここ一番のお高いお酒!
ちなみにドブネズミは俺、グランのあだ名だ。
露出が激しい美女二人を両手にソファに偉そうに座っている男は、差し出された酒を見てご機嫌で笑みを浮かべた。
見るからに強そうなムキムキボディの半裸に、モジャモジャした黒い毛をふんだんに使ったお高いコート。
鼻と顎がやや突き出た顔は、普通にしててもなんか偉そうで、更に細っそりした切れ長の目は常に周りを値踏みするので少々感じが悪い。
正直、そんな不快マックスの顔は、長めのパーマがかった髪で隠した方が感じが良いと常日頃思っているが、自分の顔に相当自信があるのか、大きくセンター分けしているため嫌というほどその顔を見せつけられる。
こいつが俺が所属してる民間組織、通称【冒険者ギルド】に登録しているパーティーのリーダー<ヒュード>
冒険者は、いわゆる人々の脅威となるモンスター討伐から子供のお使いまで何でもやるよ!という便利屋みたいな商業で、だいたい俺みたいな親なし、金なし、身分なしのガキならほぼ100%流れる場所だ。
強ければ、ここで一気に稼いで成り上がれる。
つまりここが底辺の人々の唯一マシな上に上がれる方法というわけ。
しかし…………ただソロで登録した所で力のない子供は死ぬだけ。
勿論例外もいるが、俺はバッチリこのタイプだったので、同じ境遇で一番強かったこいつについていき、ここまで来たってわけだ。
「すんごぉぉ〜い♡それってぇぇ〜ここらで一番高い商店のお酒ですよねぇ〜?」
「素敵ぃぃぃ〜♡私飲んで一度飲んでみたかったのぉぉ〜♡」
キャピピ〜♡と騒ぐグラマー美女たちの反応にヒュードはご機嫌で、普通にしていても突き出ている鼻と顎は更に天を向く。
「そうだったっけぇぇ〜?そんな高くなんてなかったぜ〜?
なんたってこの俺は、この街の冒険者ギルドでNO・1の男だからさぁ〜!」
ギャ〜ハッハッ〜!とご機嫌のヒュードを見つめながら、心の中でグッ!と拳を握った。
ここぞという時にいい酒を出し、美女にアピール!
これなら今日はこのへんで終われるかも〜!
────な〜んて考えちゃった俺は……ちょっと考えが甘かった様だ。
ヒュードは、握っていたジョッキに残っていたエールを勢いよく俺にぶっかけてきた。
「おいっ、ドブネズミよぉ〜。ジョッキを下げるのが遅せぇんだよ。
役立たずに金を恵んでやるんだから、もう少し真面目に仕事してくれねぇかなぁ〜。ドンクセェな。」
「…………。」
頭から思い切り被った酒により、服はビチョビチョ。
そしてそんな俺を見て、ヒュードだけではなく両手にくっついてる美女達や周りで飲んでいる他のパーティーメンバー達も大笑いし始める。
勿論俺は怒る……事などできないので、「すみませ〜ん。」と言いながら、ニコニコと笑って直ぐに空いたヒュードのグラスに持ってきた酒を注いだ。
するとヒュードは注ぎ終わった酒のビンを隣の美女に持たせ、俺を思い切り蹴り飛ばす。
「────っぐふぅ!!」
すると、そのまま面白いくらいにふっ飛び壁に叩きつけれた俺を見て、周りからは、またドッ!と笑いが起きた。




