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リケジョの取扱説明書  作者: 碧檎
二.秋分のころ
28/91

28 うちならではの

「なぁ、“島田”の方、もう新人募集終わってたっけ」

 コンビニで買って来た弁当をデスクでかき込みながら島田はの真由美に尋ねた。上原はラーメンを食べに外に出ているので小さなオフィスには二人きり。家族ならではの気安い空気が流れている。

「ん? 島田の募集?」

 手作りの弁当――彼女の娘の弁当を作るついでに自分のも用意するらしい――を食べ終わった彼女は、食後の茶を飲みながら首を傾げると、逆に問いかけた。

「なんでそんなこと気になったわけ? あ…………もしかして、さくらちゃん・・・・・・? なあに? けいちゃん、相変わらず回りくどいことしてるわけ?」

「…………」

 さくらを食事に誘っていることは案外あっさりとばれていた。タイムカードを見れば歴然だから、それほど真剣に隠そうとも思っていなかったが、上原にばれると色々面倒なので一応彼には内緒にしてもらっている。

 姉は島田とさくらが未だ“メシとも”の関係を続けていることに呆れている。

『けいちゃん、押しが弱すぎるんじゃない? もたもたしてたら他に持ってかれちゃうよ? お姉ちゃんが手伝ってあげようか?』と事あるごとに馬鹿にするのだ。

 いつも通りにやにやと笑われて、島田はむっと膨れた。

「――で、どうなんだよ」

「終わってるに決まってるでしょ。春から募集かけてんだもの。まあまだ紹介・・って手はあるけど――でもあの子、コネ入社とか嫌いそうじゃ無い?」

「だからこそ、なんか心配になる。誰か世話してやらないとマジで就職できそうにない」

 興味が無いことに興味がある振り・・さえ出来ないのだ。正直は美徳だが、馬鹿正直では駄目だ。もう少し器用に立ち回ることを覚えないと。

「いっそここで雇ってあげられればいいけどね」

 心を読んだかのように彼女は言うが、島田はすぐに否定した。

「望まない職に就いてもしょうがない」

「楽しそうに働いてるじゃない」

「でも本命は“生物”だろ。あれだけ楽しそうに研究してるんだから」

「じゃあ、それこそ“島田美装”は畑違いでしょ」

「それでも、SHIMADAうちで働くよりは条件・・がいい。気が進まなくても、条件が良ければ頑張れることはある」

 力不足に思わず悔しさが顔に出ると、姉はやれやれといった調子で笑った。

「しょうがないわよ。うちはまだ立ち上げたばっかりなんだから」

 そう言いつつ帳簿を開くと、彼女は渋い顔になった。

「でも……もうちょっと売り上げが上がればねえ、社員に格上げもありだろうけど。それでもあっち・・・ほどいい条件にはならないわよねぇ。……あ、そうだ。この間の学園都市の件はどうなってるの?」

 島田は小さく首を横に振った。前回見せてもらった物件には結局断られた。ああいった完成間近のビルでは大抵すでに取引先が決まっていることが多いものだ。だが、同じ会社が設計中の似たような案件への足がかりは得られたから手応えはあったと言っていい。見せてもらった内装を参考にいくつか案を作ってみたが、確かに客が言うように今の商品のラインナップでイメージにぴたりと合うものは無かった。

 天然木を多く使った内装は、子供用品の店舗や学習塾、一時保育所が入ることを考えてのことだと言う。

 新たに作ろうと上原に指示は出してみたものの、彼のデザインは洗練されているが、悪く言えば暖かみにかけるのだ。あと、シンプルであるからこそ、似たような商品が他社に作られやすい。他社と同じ土俵で勝負となると、ネームバリューも無く弱小であるSHIMADAには不利だ。

「うちならではの商品がいるんだ。余所には無い個性的な商品が」

 唸るように言うと、姉も真面目な顔で頷いた。

「上原君も頑張ってるけど、やっぱり彼だけじゃ幅が出ないわよね……。新しいデザイナー雇うんなら片桐さんに辞めてもらうことになりそうだし。本末転倒ってヤツ? 頭痛いわね」

 そう言うと、彼女は「コーヒー買って来る」と社を出た。



 一人になり、島田は横目で空っぽのデスクを見やると密やかにため息をついた。今日は就職活動のため欠勤するという連絡が先ほどあったばかり。奇しくも島田が外に出ている時に上原が電話を受けたのでどんな様子だったかは分からない。

「なんであんな事言っちまったんだろうな」

 衝撃を隠せないでいた顔が未だに瞼の裏に焼き付いていた。さくらはただでさえ感情がそのまま顔に出やすいのだ。

 自分の学生時代のことを思い出すと、それほど意識が高かったという覚えも無いし、まず就職活動自体縁が無い者が助言などおこがましい。

 なのについ厳しいことを言ってしまったのは、いくら助けを差し伸べても、彼女自身が変わらなければ本当の意味で彼女を助けることにならないことを良く知っているからだろう。

「もし、明日も来なかったらどうしようかな」

 考えただけで気が滅入り、誰も居ないのをいいことに、デスクに突っ伏した。様子がおかしかった彼女を思い出して、再度ため息をつく。携帯スマホのアドレス帳を開くと、覚えるくらいなのに、未だかけたことの無い電話番号が並ぶ。メールが発達した今、電話というのは妙に敷居が高い。そしてふと、未だ彼女のメールアドレスさえ知らない自分に呆れた。これは姉に馬鹿にされてもしょうがない。

「…………やっぱ、もう一歩踏み出すべきだよなぁ」

 バイトの上司と部下など、それこそ「辞めます」の言葉一つで終わってしまう関係だ。

 そして彼女がその言葉を口にする時期は意外に近い。

 春まであと四ヶ月ほど。

「あ」

 春――という言葉に触発され、島田はおもむろにデスクの引き出しを漁った。

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