第92話 王都の法服貴族とは?
レイスはラノベでもお馴染みの幽体の魔物だ。前世の知識では魔術師が幽体離脱に失敗した結果、肉体が滅んで魂が分離したまま魔物化したとか、そんなじゃなかったかな。
しかし、この世界では魔術師や魔法使いの怨霊、若しくは魔法を使う幽霊といったニュアンスが強い。
件の館はマルティン子爵という法服貴族の館だったそうだ。3年ほど前に何故かレイスが現れて散々館内で怪奇現象を引き起こしたらしく、更にはそのレイスに影響されたのか多くの悪霊や怨霊まで棲みついてしまい、遂には当主一族が館を放棄して転居したのだという。
マルティン子爵からレイス討伐依頼が出された冒険者ギルドでも1度とあるパーティが依頼を受けてレイス討伐に挑んだという事だった。しかし、そのパーティは死者こそ出さなかったものの、レイスの魔法に手も足も出ず這々の体で撤収したらしい。それ以来マルティン子爵邸は無人のまま放置されて荒れるにまかされているそうな。
そうした訳でマルティン子爵のレイス討伐依頼は誰も受ける者も無く塩漬け状態。そこで子爵は討伐依頼と並行して自邸の売却を進めるものの当然買い手なんかいる訳も無く、そこに俺達の住居としてアイーシャが目を付けた訳なんだな。
「マルティン子爵は寄親のライオネール伯爵の援助で別の館に転居していますが、そうした物件を持っているのも嫌なのでしょう。それにその件でかなり財産も失ってもいますので売却して少しでも現金化したいという事情もあるようです」
どういう理由で子爵邸にレイスが現れたのかは知らないけど、当の子爵にしたら大迷惑も甚だしかっただろう。
「しかも、自邸にレイスが現れた事で子爵自身も何か自邸内で何か禁忌な儀式にでも手を出したんじゃないかと悪い噂が立ち、子爵の子女の婚姻にも影響が出ているとか」
まぁ、聞く限り気の毒ではある。なので俺は館を購入してレイス退治し、マルティン子爵は現金を手に入れて嫌な過去とはさようなら、と双方ウィンウィンとなる事を目指すとしよう。
そう思いながら、俺とアイーシャは貴族街をギルド本部から紹介のあった現在のマルティン子爵邸へと向かった。
〜・〜・〜
現在のマルティン子爵邸は王都の貴族街でも外れにあり、旧邸よりも立地は良くない。更に敷地面積も旧邸の半分程と、マルティン子爵にすればレイスの出現によって王城にも近くて法服貴族にしては広い館を追い出された挙句悪い噂を立てられ、貴族街の外れに追いやられ。しかもその外れにある館も寄親伯爵の先代が愛人に住まわせていたというある意味曰く付き物件とか。
(気の毒とは思うけど、何と言っても王都の法服貴族だからな。どんな奴か油断は出来ない)
王都の法服貴族とは領地を持たず国から年金を支給される爵位持ちの貴族だ。年金だけではカツカツの生活になるため、当主が行政職についたり国や王室の施設管理官になって役料を受けたりして漸く貴族としての対面を保つ事が出来るという。そのため領主貴族から見ると金に汚く底意地の悪い寄生虫という印象が強い。
まぁそこは逆もある訳で、法服貴族から見た地方の領主貴族は傲慢な田舎者という認識で、前世で言うなら米沢藩の「原片の糞掴み」vs「城下のお粥腹」みたいな貴族間の対立意識が根底にあるのだろう。
因みに俺は端くれのそのまた末端ではあったけど地方の領主貴族側だったから法服貴族へは良い印象は無い。前世で読んだラノベも影響しているかもしれないけど。
到着したマルティン子爵邸で使用人に訪問した旨を伝えると、前もって訪問する連絡をしていたためか俺とアイーシャはすんなりと応接間に通された。館の外観は小振ながらも明るい色の洒落た造りで、愛人という女主人の住まいだったためか趣味の良い内装である。
〜・〜・〜
応接間でアイーシャと並んで座って待つ事一時間。その間、お茶一つ出る事も無い塩対応。そしてマルティン子爵が来る気配など全く無い。予め子爵邸に旧邸購入の件について訪問する旨の連絡を入れ、子爵側の指定した日時に合わせての訪であるにも関わらず、である。
やはり、このマルティン子爵、不誠実な人物であるようだ。俺を平民の冒険者と見下しているのだろう。まぁ、王都の法服貴族はこれが標準なのかもしれないな。
これだけ待たされても音沙汰無しなのだからもういいだろう。
「アイーシャ、帰ろう」
「これは仕方ありませんね。わかりました、ホルスト様」
俺達が席を立って応接間から退出すると、今まで顔も見せなかった執事であろう初老の痩せた男がバタバタと追いかけ来た。
「お、お待ち下さい。今、主人が参ります故、」
「待ちません。私達は上位金級の冒険者パーティですよ?この事はギルド本部にも報告しますから。子爵閣下には精々レイスと仲良くお過ごし下さいとお伝え下さい!」
アイーシャが子爵側の不誠実な対応に頭に来て啖呵を切った。だけど、これだと俺が言ったように受け取られないか?まぁいいけどさ。
「申し訳ございません、ホルスト様。このような事になるとは」
「いや、アイーシャは何も悪く無いだろ。まぁ、俺達も舐められもんだな。気長に俺達のいい家を探そうぜ?」
「…はい」
俺は帰りの辻馬車の座席で、しゅんとなって狐耳もヘコッとなったアイーシャの頭を撫でて慰めると、アイーシャはコテンと甘えるように俺の肩に身体を預けた。
(うぅ、凹んだアイーシャも愛らしいな)
俺はアイーシャの肩を抱いて髪にキスしつつ、そっとさり気なくその魅力的な狐耳の匂いを嗅いだ。
(うん。アイーシャの髪の香りと耳の中のちょっと蒸れて香ばしい匂いがミックスして実に良い)
実は俺、前世から犬猫の耳の匂いフェチなのだ。あの少し蒸れて香ばしい匂いが何とも言えず、少し変態ちっくである事は自覚しつつも止められない止まらない。
そして俺がアイーシャの耳の匂いを堪能していると、おずおずと恥ずかしそうにアイーシャが抗議してきた。
「あ、あの、ホルスト様?」
「どうした?」
「その、耳の匂いを嗅ぐのは恥ずかしいので、ちょっと止めて頂ければ、と」
さり気なく嗅いでいたけど、しっかり気付かれてしまっていたか。今回はそろそろ引き時か。
「ごめん。嫌だったか?」
「いえ、嫌という訳では。ただ、恥ずかしいので…」
「耳、可愛いし、とても好きないい匂いだったから、つい。もうしないからな」
「あ、あの、頻繁には困りますけど、ホルスト様なら、その、いいですよ?」
「本当?」
以前、白猫姿のメルにもこれをやって、嫌がるメルに顔を引っ掻かれた事があった。尤も、メルも今は俺の奥さんだからOKを貰っているけどね。
これでメル(白猫)に続きアイーシャの耳の匂いもゲットだぜ!
あまりしつこくやると本気で嫌がられてしまうので、ほどほどにしないとな。物事は中庸が良しって言うし。
〜・〜・〜
「おかえり、二人とも。どうだったの?」
今日のメルは金鶏亭でお留守番だ。貴族の館なんかに連れて行って白猫姿のメルが見つかったら難癖つけられて譲れだの寄越せだの迫られても嫌だからな。勿論、だからといって俺の大切なメルは誰にも渡しゃしないけど。
「ねえ、館の購入の件はどうなった?その様子じゃ思わしくなかったんでしょうけど」
「応接間に通された後、ずっと放置されたから帰って来た訳さ」
「はぁ、それはあれね、ホルストを平民と見てそうした塩対応する事によっている優位に立とうという事ね」
「ええ、そして相手より上の立場で交渉を有利にしようという平民相手に貴族がよくやる手口です」
因みに今の発言、前者はゾフィで後者はクリス勇者パーティの聖女ミシェル・メルマルクだ。
この聖女、何故かゾフィに着いてこの部屋に来るようになり、恐るべき事にいつの間にかこの女子会のメンバーになっているのだ。
「ホルストを馬鹿にして!許せない、その子爵」
メリッサのこの発言から女子会はマルティン子爵の糾弾の場となり、マルティン子爵旧邸の購入は子爵が泣いて頼んでもお断りだ!という結論になった。いや、購入を決めるのも金を出すのも俺なんだけどな。
そうした訳でマルティン子爵旧邸購入話は立ち消えとなった。ただ、相手は王都の法服貴族、逆恨みして今後どんな報復に出るか知れたものではない。
(法服貴族が報復とか、ふふっ)
「メルダリス様、ホルストが一人笑いしてますよ?」
「ミシェルは知らないでしょうけど、良くあるから気にしないでいいわ」
「…はい」
気の毒な人のように見られつつ、何れにせよ情報収集して油断しないようにしないとな!
え?ゴーストハンターはどうしたのかって?まぁ、そのうち出てくる機会もあるんじゃないかと思うよ?
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




