第88話 王都に到着
街道の宿場町バトゥーダを早朝に出発した乗合馬車。何度かの小休止を挟み、その日の夕刻には王都に到着した。
とは言っても、流石に乗合馬車がそのまま城門を潜る事は出来ない。乗合馬車に限らず、王侯貴族や公務以外の馬車は直接王都内には乗り入れ出来ず、城外の停車場で停まる事となっている。そこから徒歩、或いは辻馬車に乗り換えて城内に入るのだけど、時間が時間だけに既に城門は閉ざされていた。
こうした場合、王侯貴族といった特権階級者であるか、軍務や公務での急用でなければ閉門後に王都に入る事は叶わない。
王侯貴族といった特権階級者というならば、ゾフィは勇者パーティの弓聖にして伯爵家の令嬢だ。つまり文句無く衛兵は彼女に通用門を開く事だろう。
では、俺は?冒険者としてのランクは上位金級と、上から数えて3番目で貴族社会も含めた世間では男爵に相当する待遇が与えられる。しかし身分は平民だ。正直微妙なところだと思う。通用門の通過を要求して通してくれたら良いが、ダメなら何か恥ずかしいし、通せ通せないで揉めるのも面倒臭い。
では閉門前後に王都に到着し、入場出来なかった場合どうするのか?そうした人達のために王都城外には宿場町があり、そこの宿に泊まる事となる。或いはキャラバンサライで馬車泊か野宿だな。
しかし、この街、良く言えば商人宿とか木賃宿。悪く言えば前世のドヤ街的な臭いがプンプンする街なのだ。
それって貧民街なんじゃないかって?いや、王都の城外にはちゃんとスラム街があるんだな、これが。
とはいえ、俺一人ならそんなドヤ街に泊まるのも構わないのだけど、伯爵令嬢を泊めるのは躊躇われる。まぁ、ゾフィは勇者パーティの一員として魔王と戦ってあちこち転戦しなければならず、場合によっては野宿だってするようだからドヤ街の安宿くらい上等じゃなくてはならないのだけどな。
「クリス勇者パーティの弓聖ゾフィ・マルグリッド。只今任務を終えて王都へ帰還した。通用門を開けなさい」
ゾフィが俺と初めて会った時のようなツンツンした口調で通用門を守る衛兵に身分証を提示しながら開門を要求した。
「確認します。暫しお待ち下さい」
衛兵の一人はそう言うと、俺達はそのまま通用門の前で待つように求めた。
そして、暫くするとゾフィの入城が許可された。
「して、其方の男性は何者でしょうか?」
現場の衛兵隊長がチラリと俺に視線を走らせてゾフィに尋ねた。
「この者は私を護衛する冒険者。ランクは上位金級。問題ある?」
「いえ、弓聖様の護衛なら問題ありません」
30代後半らしい厳つい衛兵隊長は、一瞬「え?このガキが?」といった表情を見せたものの、ゾフィと俺を王都内に通した。
ゾフィはその衛兵隊長の態度に文句を言いたげだったけど、俺が目配せして止めさせた。ちょっとくらい表情に出る方がわかりやすく人間らしくて良いんじゃないかと俺は思うのだ。これが王都の中のもっと中枢にいる者ならば表情から内心を窺せる事などないだろうからな。
〜・〜・〜
王都の中とはいえ、夜になれば必ずしも治安が良いという訳ではない。貴族街や富裕層が住む高級住宅地ならば衛兵の見回りや私兵による警備もあり夜道も安全だ。しかし下町ともなれば飲み屋街もあり、いくらゾフィが弓聖でもエルフの美少女が一人でそんな夜道を歩いていればいらぬちょっかいを出す輩だっていないとも限らない。
無事に家まで送り届けるのが恋人の務めである。俺は辻馬車を拾うと、貴族街にあるクリス勇者パーティが下賜された館まで走らせ館までゾフィを送り届けた。
「ねぇ、私達の館に泊まっていけば?ホルストならみんな大歓迎だよ?」
いや、一応勇者クリス達とは顔見知りではある。しかし、いきなり泊めてもらう程の仲ではない。
「いや、遠慮しておくよ。いずれクリス達には挨拶に伺うからさ。宜しく言っておいてくれ」
「まぁ、ホルストがそう言うなら無理にとは言わないけど。でも居場所はちゃんと教えてよね?」
「勿論、教えるよ。取り敢えず今夜はギルド本部に泊まるからさ」
ゾフィは「うん」と頷くと、そのまま俺の胸の中に飛び込んで来た。そして「ん」と上顎を心持ち上げて目を閉じるので、俺はゾフィの頬に手を添えて軽くその愛らしい唇にキスをする。
えっと、ゾフィとの初キスは今朝お目覚め後に済ませたよ?ちょっと酒臭かったけどね。
「またすぐ会えるよね?ホルスト」
「あぁ、すぐ逢いに行くから」
俺は名残惜しそうに何度も振り向くゾフィに大きく手を振り、館の中に消えるまで見送った。そして、待たせていた辻馬車に乗り込むと冒険者ギルド本部へと向かわせた。
〜・〜・〜
冒険者ギルドはこの世界では珍しく本部、支部を問わず24時間営業だ。どんな事態が起こるのかわからないし、そうした事態に備えてるって事だね。そしてギルド内には銀級以上のランク保持者が有料で泊まることが出来る宿泊部屋があるのだ。
俺が活動拠点登録と宿泊申し込みのため、王都冒険者ギルド本部を訪れた。もう夜間帯になっていたため1階の受付カウンターには人影もまばらだ。開かれていたカウンターで当直の受付嬢に用向を伝え、今宵の寝床を確保した。
宿泊部屋に行くと、メルは白猫の姿から眷属の美少女姿に戻り、すぐに抱きついて来た。
「あぁ、もう!ホルストは私の前でゾフィと昨夜からずっとイチャイチャしてさぁ!」
俺はメルを抱きしめ、髪を撫でながら謝る。理屈じゃなく、こうした時は謝るのが第一選択。
「ごめんな、メル。今夜はいっぱい愛しちゃうから許してくれ」
するとメルは恥ずかしげに頬を赤らめて、俺に抱かれたまま俺を見上げる。
「もう、馬鹿。でも、まぁ、それなら許してあげようかな」
そうして俺とメルは熱い口付けを交わす。そう、理屈じゃないのだよ。
〜・〜・〜
翌朝、目を覚ますと俺の横には裸のメルが密着して眠っている。ギルド本部とはいえ、災害待機室の趣が強い宿泊部屋は一人部屋であり、シングルのベッドが一つだけなのだ。
やがて目を覚ましたメルは、少し寝ぼけた調子で「おはよう、ホルスト」と言うとそのまま抱きついて来た。おぉ可愛い、可愛いすぎるぞ、我が妻よ!
俺もメルを抱きしめてキスをすると、ムラムラとそれ以上の行為に及びたくたるものの、それをグッと堪える。
「ふふ、ホルスト、我慢しちゃって」
とメルはが俺の胸の中で可笑しそうに含み笑いをする。小悪魔にジョブチェンジか!
それから身支度を整えると、1階のカウンターでチェックアウト(なのか?)を済ませて鍵を返却した。
ギルド本部では上位金級の冒険者が来たと既にアンテナの高い冒険者達には情報が回っているようで、あちこちで囁く噂話を俺のホルストイヤーが捕らえている。だけど、残念ながら?彼等にはそれが俺だとはわからないようだ。
"ホルストが凄い男だって私がわかってるから、気にしないでね?"
"態々アピールするつもりは無いからそれでいいさ"
まぁ、上位ランクの冒険者というと強そうなごっついおっさんをイメージするよな。昨夜の俺を見た衛兵隊長の反応が一般的だろう。
俺の情報を漏らしたのは昨夜対応した受付嬢だろうか?俺はまだ当直が明けないのか、カウンターにいた昨夜の受付嬢の元に行ってみた。
「俺の情報を漏らしたのは君か?」
腹の探り合いも面倒なのでズバッと直球で尋ねると、その20歳くらいの美人な受付嬢は「うっ」と息詰まるとプルプルと頭を振った。
「わ、私は、上司に伝えただけですので、」
「なるほど、職務の範囲内だな」
「はっ、はい。そうです」
受付嬢は俺の言葉に幾らかホッとした表情となる。
「まぁ、いい。知ってるだろが俺はホルストだ。これから宜しく頼む」
「はっ、はい。私はナターリアと申します。宜しくお願いします」
これでいい。これでナターリアさんとやらは俺が不利になる行動はしないだろう。
俺はそのままナターリア嬢に滞在するのにお薦めな宿について尋ねた。
「それでしたら「金鶏亭」と「向日葵亭」がごさいます。「金鶏亭」は上級者御用達であり、「向日葵亭」は中級者向けになります。ホルスト様は上位金級ですので「金鶏亭」をお薦め致しますが、如何でしょうか?」
俺としては格式と敷居の高い「金鶏亭」よりは庶民的な宿の方がが良いのだけど。
俺は向日葵亭にしようかなと考えつつ、受付のナターリア嬢に礼を述べて一先ずギルド本部を辞した。
"ホルスト、今日はどうする?"
"宿を決める前に朝飯かな"
俺とメルは朝の街をぶらぶらしながら目に着いた良さげな食堂に入り朝食を食べる事にした。
そしてその食堂のテラス席でオムレツとソーセージ、スープに白パンの朝食を食べていると、明らかに俺達の席を目指す足音が近づいて来た。敵意や悪意は感じ無いものの、俺は少し警戒しつつ顔を上げようとすると、
「あの、相席宜しいでしょうか?」
聞き覚えのある綺麗な声。俺は更にその人物を見上げる。
「どうもお久しぶりです、ホルスト様。朝ごはん、美味しそうですね?」
そこにはナヴォーリで臨時に俺の部下として共に海賊と戦った狐獣人の美女、アイーシャが立っていた。そして、食べかけのパンを持ったまま驚いて目を見張った俺を見ては「大成功」といった悪戯な微笑を見せた。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




