第81話 マリーの剣術修行 辺境伯領都編
「ふう」
私は日課である夕刻の一人型稽古と素振りを終え、身体が冷えないよう手拭いで汗を拭きとります。そして、心落ち着かせるため深く息を吐くと、冬の冷たくも清廉な空気に息は白い靄となって夜空へ消えて行きました。
もう半年以上もお世話になっているラースブルグのヴィンター騎士爵家の屋敷、ここはその中庭。
私とホルスト兄さまが別れる原因となったあの元服の儀から既に7ヶ月が過ぎました。私は14歳になる来年の王立学院入学までラース辺境伯様のご好意で領都ラースブルグに滞在し、剣術の師に着いて剣術修行を続けています。
そして、明日、遂に王都へ出発するのです。
王都へ行けばホルスト兄さまが会いに来てくれる。確かに兄さまはそう約束してくれました。私だけじゃないですけど。
自分がホルスト兄さまを裏切った女であるにも関わらず、私は兄さまがきっと約束を守ってくれると信じています。
(兄さま、私、頑張ってますよ)
星々は私の思いに何も答えてくれないけど、この星空の下のどこかに兄さまがいるんだと私に思わせてくれます。
〜・〜・〜
ホルスト兄さまは私とエミリー様を領都から実家のある騎士爵領まで送り届けてくれた後、そのまま騎士爵家の館からいなくなってしまいました。エミリー様には後からシキガミの鴉によって手紙が届けられたそうだけど、私には何も無いまま…
私は兄さまが勇者と決闘して決めてくれた通り、王都の王立学院に入学する事が決まっていました。そして、それまでの間、ここ領都ラースブルグにてラース辺境伯家の剣術顧問であるムラージ師の元で剣術修行をする事となったのたのです。
「剣聖」の能力を授かった私を、何処が主体になって剣術を教えるのか。この事に関して幾つかの団体や組織が名乗りを上げて随分と揉めたと聞きました(例えば近衛騎士団や軍の常設騎士団にアプロス教団の神殿騎士団など)。
そうした中で「この娘はウチの寄子の家臣の娘だ!」と強く主張して他を黙らせてくれたのがラース辺境伯様でした。
これは後から辺境伯家ご本人から直々に聞いた事です。
「寄親として寄子の家臣の家族を守るのは当然の事だ。それに俺の元で起きた問題だったのに全てホルストに背負わせてしまい、奴の貴族としての可能性を奪ってしまった。お前を守る事は俺とホルストとの約束であり、ホルストへの贖罪でもあるのだ」
ラース辺境伯様はそう説明して下さり、最高の剣術の師に付けて下さいました。それがムラージ師、なんですけど…
〜・〜・〜
ムラージ師はかつてラース辺境伯家の剣術指南役で、今は高齢を理由に現役を引退され剣術顧問として悠々自適に暮らしています。
「嬢ちゃんに儂から教える事は特に無いのぉ」
ムラージ師は最初に私の素振りと剣術型を見るとそう言いました。
「基本は既に出来ているし、太刀筋も「剣聖」故に申し分無いからのぉ」
そんな事はありません。現に私はホルスト兄さまに剣術以前に素手の一撃で手も無く破れました。私があの時の決闘について話すと、ムラージ師は大笑い。
「ハッハッハ、そういう事かの。なるほどなるほど。それで儂に話が来たのか」
師は愉快そうに笑うと一人で納得し、次いで私を興味深そうに眺めた。
「嬢ちゃんは元彼に今も随分と愛されているようだの」
そ、それはどういう事なのですか?
「それは幾つか理由があるかのう。まずは嬢ちゃんを傷付けたくなかったのじゃろう。それと「剣聖」を授かった者がそうでない者に剣であっさり負ける事で自信を失わせたくなかった、という事もあったろうな」
あんな状況下でも裏切った私にそれほどまでに気遣って下さってたなんて、あぁ、ホルスト兄さま…
「お〜い、嬢ちゃんや、戻って来い」
はっ、思わず兄さまへの思いに浸ってしまいました。
「嬢ちゃんの元彼は面白くも強い男じゃな。儂もいっぺん会うてみとうなったわい。どれ、それじゃあ嬢ちゃんの件は儂が引き受けるとしようか。王都に行くまでの間にしっかりと儂の剣術を教えて進ぜよう」
「儂の」っていうところが気にかかるところですが。
こうして私はムラージ師にとって久々となる直弟子となったのでした。
〜・〜・〜
始まったムラージ師の元での剣術修行。それは剣術だけど剣のみに非ず、格闘術や投石術まで含まれていた。
「嬢ちゃんが「剣聖」を持ちながらも元彼に負けたのはどうしてじゃ?」
それは私が未熟で弱かったから。
「それは違うの。嬢ちゃんは未熟ではあるが弱くはない。「剣聖」は覚醒していないが、それでも常人が勝てるものじゃないんじゃ。元彼も能力持ちと聞いてるから常人とは言えないかもしれんがの」
思い返してみます、あの時の立ち合いを。兄さまは私の振るった剣を自らの剣で受け、受け切れなくて剣を落としました。いえ、兄さまが私の剣を受け切れないなんて事はありません。いくら「剣聖」があるからとはいえ、私の剣には切れはあっても重さが足りないのですから。
それじゃあ態と落とした?
その後は兄さまが落とした剣に気が行っちゃって、その隙を突かれて腕を捻り上げられて、足払いされて鳩尾に一撃を食らってしまって。
「嬢ちゃんの剣は良くも悪くも真っ直ぐじゃ。貴族の子弟で道場稽古や試合でならそれでも良かろう。寧ろ美しい剣と褒められもしよう。じゃが嬢ちゃんがこれから征く道はそんな生やさしいものじゃないからの。敵はどんな汚い手段を使ってでも嬢ちゃんや勇者達を殺そうとするじゃろう。そこに型通りの剣を振るっても、逆にそこに付け込まれるだけじゃて」
そう。今の私に足りないものはそういうところ。兄さまは以前も私の剣筋を綺麗で素直だと言ってくれました。それは褒め言葉だったのでしょう。ですが、兄さまはあの立ち合いでそうした事に気付いて暗に教えてくれていたのかもしれません。
あぁ、ホルスト兄さま。あなたは何という…私は兄さまの優しさに暫しウットリして、はっと現実に戻ります。
「嬢ちゃん心は時々何処へ行ってしまうのう」
ムラージ師は呆れたように呟いた。
「儂の剣術が剣だけではないのはそういう事じゃ。わかったかの?」
はい、先生。ところで私の剣術指南に先生を押したのはどなたなのですか?
「それは御当代様じゃな。閣下も儂の弟子での。閣下も嬢ちゃんの立ち合いを見てそう思ったのじゃろうて。多くは語らないがの」
始まった修行。始めは師から直々に教えを受けましたけど、次いで兄弟子達を交えた実戦形式な稽古となり、最終的には辺境伯家騎士団の野外訓練に参加させて貰いました。
ムラージ師から教えを受けた私の剣術を見た兄弟子達や騎士達には「それじゃあ剣聖じゃなくて、喧嘩聖だ」と揶揄われたりもしましたけどね。
そして、約半年にして私はムラージ師からムラージ流剣術の皆伝を頂く事が出来たのでした。
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それでは次話もお楽しみに!




