第75話 ババール温泉郷ラニャーノの湯
ちゃっぽ〜ん
湯気が天上から落ち、水滴が浴槽の水面を叩く音が浴室内に響く。浴室の天井はアーチ型で高く、この水滴が背中に落ちれば「冷てえな!」となるだろうな。
ここはババール山麓はラニャーノの湯。ババンババン、いや、それ以上は止めておこう。
俺は肩まで湯に浸かり、両脚を伸ばすと「ふぃ〜」と息を吐く。このラニャーノ温泉は硫黄泉。白濁し少しとろみのある泉質が特徴的だ。鼻腔くすぐる硫黄の臭い。はぁ〜、まさにこれぞ温泉!
いや、他の泉質もいいと思うよ?でも俺は白濁した硫黄泉が好きなんだよね。
いゃあ、極楽、極楽。これだよ、これ。俺はこれを求めてナヴォーリを目指したんだからな。
〜・〜・〜
俺はメルとゾフィを伴ってナヴォーリを離れると、予めナヴォーリ観光案内所で調べておいたババール山麓にある温泉郷へと向かった。
ババール山麓一帯には大小多くの源泉が散在し、ババール温泉郷と呼ばれている。中でも湯量が多く泉質の良い七つの源泉は"ババール七湯"として人気を博しているそうだ。
「まるで箱根だな」なんて思いつつ、俺達は俺のたっての頼みで白濁した硫黄泉で有名なラニャーノ温泉に宿を取る事にした。
その宿は元々ナヴォーリ市の豪商の別荘だったらしい。その後、当の豪商が亡くなって家業が傾いたため、後継者である長男が手放し、現在のオーナーが買い取って増改築の末にホテルとして開業したのだそうだ。
宿の立地はババール山麓の高台にあり、建物は2階建て。全室東向きのオーシャンビューでナヴォーリ市とナヴォーリ湾が見下ろせる造りとなっている。
俺は2階の角にある少々お高い部屋をふた部屋、一週間の予定で借りた。まぁ、俺の希望でこの温泉宿にしたからゾフィの部屋も俺が借りましたとも。
お高い部屋といっても、前世の温泉観光ホテルではないので、技術的に個室露天風呂は無理なので無い。しかし、この宿には広くて豪華な大浴場があるのだ。
"ちょっと、どこに行くのよ?"
俺は部屋に入ると、荷物整理もそこそこに大浴場へと突撃。メルの念話も振り切った。済まないメル。この埋め合わせは必するからな。
〜・〜・〜
大浴場は高いアーチ型の天井に明かり取りの窓があり、差し込む陽光が浴槽から立ち上る湯気を照らし出している。少し薄暗い浴室内は湯気と光で演出されて別世界のようだ。
ナヴォーリ市を含むジギスムンド王国南部沿海地方は前世世界の地中海南欧に似た気候と文化だ。ナヴォーリも南イタリアっぽく、だからなのか、この宿の大浴場も古代ローマ風であり気分はすっかりテルマエだ。
因みに、この大浴場は混浴である。混乱だから入浴スタイルは全裸、ではなく浴衣を着用するスタイルだ。男は腰布、女性は胸と腰を覆うビキニのような浴衣となっている。
海賊紛争が終わったばかりで、ナヴォーリの街は日常に戻ろうと官民上げて復興の真っ最中。従って宿に泊まる客は俺達だけの貸切り状態だ。だから混浴といっても俺以外いない訳だけど、おや?誰か来たようだ。って、まさかゾフィじゃないよな?
湯に浸かったまま、俺は浴室に入って来た人物の方へ顔だけ振り向き見上げると、湯煙の向こうから浴衣を纏った女性の姿が。
下から見上げるスラリと長い白磁のような素足。腰に巻かれた白い布と同じく布で覆われたやや控えめな双丘。そして、そんな俺を咎める様に尖がらせた唇。美しい金髪は纏められて柔らかい布で巻かれ、尖った両耳がいつもより目立っている。
「もう、下から女性を見上げるなんて、いやらしいわね!」
そう言って両手を腰に当て、少し前屈みで俺を睨むのは弓聖のエルフ、ゾフィだ。
この大浴場は混浴だから泊まり客の誰が入ってもいい訳だけど、浴衣入浴とはいえ随分と大胆だな。
「な、何よ?別にいいでしょ?わたしだって温泉入りたいんだから」
俺が黙ったままだからか、ゾフィが不満気に口を尖らせる。
「か、」
「か?」
「掛け湯をした方がいいぞ。湯に入る前に」
「え?えぇ、そうするわ」
俺は近くに置いていた手桶に湯を汲んでゾフィに渡す。
「あ、ありがとう」
ゾフィは手桶を受け取ると、しゃがんで片膝を床に突くと、肩から手桶の湯を浴びる。すると、胸と腰を覆っているビキニ様の浴衣が忽ち湯を吸って肌に密着。元々の白い肌に浴衣がぴったりと張り付くと、ぱっと見裸のようだ。
「すごく綺麗だよ、ゾフィ。素晴らしい」
「そ、そう?ありがとうって、これを狙ったんでしょ!全くホルストったら、いやらしいんだから」
いや、俺は公衆浴場を利用するにあたっての当然のマナーをレクチャーしただけなんだけどな。
「それより早く入った方がいいよ、身体が冷えるから」
「う、うん」
そっと片足の爪先から湯に浸かるゾフィ。俺の隣で肩まで浸かると、「はぁ〜」と悩ましい声を上げた。
「初めて入ったけど気持ちいいわね、温泉って。ホルストが温泉温泉言う気持ちもわかるわ」
「だろ?」なんて返事をしつつも、俺は結構いっぱいいっぱいだ。裸ではないけれど、半裸(それ以上?)なエルフの美少女と一緒に温泉に入っているのだ。幸にして下半身が元気になる事は、今は無さそうだけど。
つん、とゾフィの肩が俺の肩に触れた。
暫く互いに無言。浴室には静寂の中、浴槽に湯が注がれる音だけが響いている。
「ごめんね、ホルスト」
その静寂を破ってゾフィが何故かそんな謝罪の言葉を口にした。
「何が、ごめんね?」
「その、無理矢理同行しちゃって。本当は一人で行きたかったんでしょ?」
ゾフィは温泉に浸かって赤らめた頬で上目遣い。申し訳なさそうに呟いた。
一人、というかメルがいる訳だけど。とはいえ、俺も鈍感系ではない。ゾフィが俺に向ける気持ちもわかっているさ。ここまで来て、そんなゾフィを拒絶なんて出来ない。
「ゾフィと一緒も楽しいよ。折角だから王都までの旅を楽しもうぜ?」
「うん!ありがとう、ホルスト」
そう言うとゾフィは小首を傾げて俺の肩に頭頬を預けた。俺は湯の中でゾフィの手を取ると恋人繋ぎに指を絡め、そっとゾフィの額にキスをした。
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それでは次話もお楽しみに!




