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第72話 彼女達の決意 メリッサの場合

私の生まれ育った故郷、自治都市ナヴォーリを巡る「海賊紛争」はナヴォーリの勝利に終わり、紛争も無事に解決された。それまでの海賊による襲撃や今回の戦いで船乗りさん達や水兵さん達に犠牲が出てしまったけど、街のみんなの頑張りとホルストのお陰でそれも最少に抑えられたのだと思う。


紛争が終わって私がホルストの泊まる宿に会いに行くと、彼の朝食の席には既に二人の女性がいた。副ギルドマスターのアイーシャさんと、王都のアプロス神殿からナヴォーリ支援のため派遣されて来た勇者パーティの弓聖ゾフィさんだ。


お二人とホルストで、ホルストを隊長とする義勇隊が組まれたと聞いていた。寝食を共にして共に戦ったからか傍目にも親しげな雰囲気が感じられた。私も強引にその中へ加わったけど。


その後、市の議事堂で行われた戦勝式典の帰路に4人で話していると、紛争が終わったのでホルストは王都に出立するという話題になった。しかもゾフィさんが王都まで同行するのだという。


ホルストがナヴォーリを離れ、王都へ行ってしまう。この当たり前でありながらも忘れていた事実に私はショックを受けた。でも、そもそもホルストは王都へ行く途中で海と海鮮料理と温泉を求めてナヴォーリへ立ち寄ったのだ。思わずこの街を巡る紛争に巻き込まれてナヴォーリへ滞在してしまっているけど、紛争が解決して海鮮料理と温泉を堪能してしまえばもう本来の目的地である王都へ向かうのは必定と言える。


馬鹿だな、私。勝手にホルストはこのままナヴォーリにいてくれるものだと思ってた。


私は思わずその場から無言で立ち去ってしまい、公邸に帰ってそのまま引き篭もってしまった。


結局、ホルストがナヴォーリを出発する日も見送る気にはなれず、でもホルストからナルディア様の横顔が彫られたカメオのネックレスが添えられた手紙が送られていた。


二度も私を海賊から助けてくれたホルスト。一緒に街を巡って、食事して、お話しして本当に楽しかった。そして、海賊船で私を抱きしめてくれ、お姫様抱っこで飛んだ夜空。眩しい程の月明かりに照らされた私達。


それなのに自分の勝手な思い込みと嫉妬心で見送りもせず、私は一体ここで何をしているんだろう?


ホルストに会いたい。ホルストと一緒にいたい。私もホルストと一緒に王都へ行きたい。ホルストを追いかけたい。でも私は私一人じゃ何も出来ない、ゾフィさんやアイーシャさんみたいには出来なかった。逃げちゃったんだ私、ホルストから。


ごちゃごちゃになった気持ちのまま、私はベッドに潜り込んではべそべそと泣いた。それから胸元に手を伸ばし、首に掛けたネックレス、そのカメオを握りしめる。そうすると不思議と気分が落ち着いた。そのまま襟口からカメオを引っ張り出し、白貝に彫られたナルディア様のお顔をじっと見る。


はぁ。溜息を吐くと少し元気が出た。本当に何やってるんだろう。私はせめてホルストの道中の安全を祈りるため、パジャマを脱いで外出着に着替えるとナルディア神殿へと向かった。 


〜・〜・〜


そういえば、我が家の馭者をしていた男はガルメーラ海軍の工作員に買収されていたんだって。それでも、私を誘拐したその場でそのまま殺されちゃったみたいだけどね。


だからって訳じゃ無いけど、ナルディア神殿には一人で歩いて来た。一人になりたかったし。そういえばこの神殿もホルストと街巡りした時に参拝に訪れたっけ。


「メリッサ」


そんな事を考えながら礼拝堂に行く途中の通路を歩いていると不意に名を呼ばれた。声でわかったけど、私の名を呼んだのは巫女のアイリーン。


正直、私はこのアイリーンという巫女に対して良い感情を持ってはいない。有り体に言えば嫌いだ。どうしてかって、私が、私達が乗っていた船を海賊から守ってくれたホルストを人殺し呼ばわりして侮辱したから。


「…なんですか?」


「そう邪険にしないでよ。私、これでもあの時の事は反省しているのよ?」


アイリーンは塩対応な私の態度に苦笑しつつそう言った。


「私、あの時ね、生まれて初めて男の人を格好良いって思ったの」


「え⁉︎」


まぁ確かに女性神職が圧倒的に多いナルディア教団の中で子供の頃から修行しながら育ってきたのならば、ホルストを見てそう思ってしまうのも無理も無いかもしれない。ホルスト、カッコいいから。


「そうしたら、どうしても"欲しい"ってなっちゃって、結果あんな事をしてしまったわ。私もまだまだ修行が必要ね」


自嘲気味に呟いた。


「アイリーンはもうホルストの事はもう?」


「素敵な(ひと)だと思うし、好きか嫌いかで言えば好きよ?まぁ俗に言う"一目惚れ"だった訳だし。でもそこは未熟ではあっても愛と癒しの女神ナルディア様の巫女だから、そこに"執着"は無いわ」


そう割り切れるものなのだろか?


"愛"と"執着"、これらもナルディア教団の教えによく出て来る概念だ。


でも、それだとナルディア教団の巫女は誰かを愛しも誰かに執着もしないのだろうか?そんな疑問を抱いていると、アイリーンは私の思いを見透かしたように話を続けた。


「愛と執着は例えれば光と影、コインの表と裏。どちらかを切り離す事は出来ない。誰かを、何かを愛しいと思えばその分執着を生む。愛は執着、善であり悪、悪であり善」


ん?ん?段々アイリーンの言っている事がよくわからなくなってきた。そんな様子の私を見てクスッと笑うアイリーン。何よ?喧嘩売ってるの?


「難しそうに言ったけど、要は人を愛する心は善なる心だけど、その人に対する執着心が生まれる。執着心は時に嫉妬や独占欲を伴って自他を傷付けて悪なる心ともなるけど、それも含めて愛。だったら善なる愛で悪たる執着も抱き締めてしまいましょう!って事よ」


「じゃあ、アイリーンはホルストへの愛から生まれた執着を、彼を愛する心で抑えたって事?」


「いいえ、私は単に時間の経過とともに彼への熱が冷めただけよ」


ズコッ。じゃあ今までの偉そうな講釈は何だったのよ!


「でも、あなたは違うでしょ?」


「?」


「メリッサ、あなた、私の事をアイリーンって呼び捨てにするけど、私ってこれでも教団の巫女としては位階は高いのよ?」


「しっ、知ってるけど?」


「私、こうして同世代の女の子とお互いに敬称も付けないで名前を呼び合って、明け透けに喋るなんて初めてなの。ねぇ、私達お友達にならない?」


ナルディア教団愛の教義から一転しての意外な友達申請に驚いた。


「本気?」


「本気も本気よ?まさか断ったりしないでしょ?」


ここで断ったりしたらこの子泣いちゃうかな?きっと傷付くよね?それに私もそんな私が嫌いになりそう。


「うん、わかった。友達になろう、アイリーン」


「そう来なくっちゃ」


アイリーンはそう言って右腕を上げて掌を開くと、私も右の掌を彼女の掌にパチンと当てる。これは女の子や、大人の女性も広くやる互いが友達になった時や、互いの友情を確かめ合う際にする動作だ。こうして互いの掌をパチンと合わせたら、はいお友達ってね。


「ふふっ、宜しくねメリッサ」


「こちらこそ宜しく、アイリーン」


それで、何だったっけ?


「そう。だからここからは友達として話すわね。メリッサはホルストの事が好きなのでしょう?」


「うん」


「それは愛なのかしら?恋なのかしら?」


え?そんな考え方はしてなかった。ホルストを好きになって自分を見て欲しいって、ここまでは恋?そして、今はかけがえの無いとても大事な人で、離れたく無い離したくない誰かに渡したく無いって執着している。この執着が愛だと言うのなら、


「今はもう愛だと思う」


「そう言うと思った」


アイリーンは満足そうに頷いた。


「ならメリッサがすべき事は、ここで祈る事じゃないんじゃない?このままでいいの?」


「ぐっ」


そうだ。ホルストは王都へ向かいナヴォーリから離れて行ってしまった。私の手は無意識のうちに胸元のカメオを握り締めていた。


「さっき私、愛と執着はコインの裏表って言ったでしょ?メリッサはホルストを愛するが故に執着している。でもこれって悪い事?ナルディア様も執着が必ずしも悪とは仰ってないわ。愛は、執着は、良くも悪くも凄まじい力を生み出すから。今メリッサの心は迷ってしまっていて、ホルストへの愛は何処へも行けなくなっている。だったらとことんホルストに執着してその迷いを破ってみなさい。そうすれば自分が何をすべきか、何が出来るのか、そしてそのため誰が何をしてくれるのかわかるはずよ?」


アイリーンの言葉は光の波となって私の心を閉ざす闇を払い、私の蒙を啓く。色彩を失っていた景色が鮮やかな色を取り戻してゆく。


そうだ。ホルストが離れて行くのに、このまま手をこまねいていていい訳は無い!ゾフィさんはホルストに同行して王都まで一緒に行くのだし、アイーシャさんだってきっと何か企んでいる筈だ。負けない。私は負けない!私は絶対にホルストを諦めない!!


「メリッサ、そのカメオを少しの間貸して?」


「?うん、いいけど」


そう言って首から外したチェーンごとカメオをアイリーンに渡す。受け取ったアイリーンはカメオを両手で握りしめると、額に当てて何かを唱えた。すると彼女の両手が緑色に光り、やがてその光は握りしめた両手の中へと収束していった。


「これ、ホルストからでしょ?このカメオに少しだけどナルディア様からの加護を頂いて込めたわ。私の祈りも込めたから、ホルストだけじゃなく私の事もたまには思い出してよね?」


そう言ってアイリーンは私にカメオを返した。確かにカメオからはアイリーンの握った温もり以上の熱と力を感じる。


私はカメオを返すアイリーンの手を握って引き寄せると、ギュッとアイリーンを抱きしめる。


「有難う、アイリーン。あなたは私の親友よ!」


「どういたしまして。全く世話が焼けるわ、親友」


〜・〜・〜


この後、私がどうしたかと言えば、公邸に急いで戻り、考えに考えた。どうすればホルストがいる王都に行けるのかを。そしてその結論を母に訴えた。


「お母様、将来のため王都の高等弁務官事務所で行政実務の勉強がしたい」と。


母は私の訴えを全て分かってますよ風な表情で聞くと、


「お父様に伝えておきますね」


と言い、私はそのまま母に抱き締められて背中を撫でられた。そして次の日には高等弁務官補見習心得(なんだそれ?)の身分で私の在王都ナヴォーリ市高等弁務官事務所出向が決まっていた。


この決定の速さには驚いた。この事は少し冷静になって考えてみたら、影の市長たる母には私の取るであろう行動は読めていたようだった。


母はナヴォーリ市の恩人たるホルストとナヴォーリ市がこのまま疎遠になってしまうのは不味いと考えていた。だからそうなる事を防ぐため、どうも私をホルストに「差し出す」事を考えていたようで…


だから私のホルストへの思いを渡りに船と考えた母は私の訴えを好機と考え、そして市長たる父は裏では母に逆らえない。


何か、全て母の掌の上で踊らされていたようだけど、影の市長と恐れられている母に15歳の小娘が敵う筈がない。


でも、成り行きはどうあれ、両親は私の希望を認めてくれ、ホルストを追うような形で私の王都行きは決まった。アイーシャさんやゾフィさんよりも少し出遅れたけど、そんなものは後から取り戻す。 


待っていてね、ホルスト。私、すぐにあなたの元へ行くし、あなたの傍を絶対私のものにするからね。


〜・〜・〜


因みに、意気揚々とナヴォーリを出発した私は、あちこち寄り道するホルストよりも早く王都に着いてしまった。そして、更にナヴォーリでの修行を終えて王都の神殿に戻った親友のアイリーンとの再会の方が早かったりした。


注)ジギスムンド王国自治都市ナヴォーリ市はかつて独立した都市国家であったため、王都に大使館を有していた。その後、ナヴォーリ市が曲折を経て王国に属する自治都市となったため大使が高等弁務官となり、大使館は高等弁務官事務所として存続する事となった。(『ジギスムンド王国の歩き方』より抜粋)


いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。


それでは次話もお楽しみに!


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