第58話 非常招集
「副ギルドマスターのアイーシャさん直々に来られるなんて恐縮しますね」
「私などではなく、金級のホルスト様をお迎えに上がるのは本来ならギルドマスターが来なければいけないところです。ですがギルドマスターは喫緊の事態に忙殺されてまして」
「それって海賊絡みですか?」
「流石ホルスト様、お耳が早い」
早い何も、思いっきり当事者だからね、俺。それにアイーシャさんのその狐耳の方が余程早そうだ。
「俺が呼ばれたのも"それ"絡みですか?」
「はい。御理解が早くて助かります」
そう言ってニッコリ笑うアイーシャさん。こりゃとても逃げられそうにもないな。
「…まぁ、やると言ったからにはやります。男に二言はありません」
「有難う御座います。これで街の人々も安心です」
「でも、高くつきますよ?俺」
一瞬、アイーシャさんの笑顔の凄みが増した。
「では、この件が済みましたら私と夕食を共にするというのはいかがでしょうか?勿論、その後の事も」
え?まじで?いやいや、喜んでなんかいませんよ?本気にもしてないし!だからメル、マイナスのオーラを出しながら胸板に爪立てるのはやめてくれ。
「はぁ、俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
俺はギルドへ向かう間、先程から呼び出された事へのせめてもの抵抗として続けていたアイーシャさんとの嫌味合戦に白旗を上げた。いくら腹立たしくても、俺のような若造が若くして副ギルドマスターに上り詰めた狐獣人の美人お姉さんにこうした遣り取りで敵う訳が無いのだ。慣れない事はするもんじゃないな。
「うふふ、負けって何の事ですか?」
知っていて言ってるよ、この人。
アイーシャさんは勝利の笑みを見せ、そうしている間にも俺達は冒険者ギルドナヴォーリ支部に到着した。
〜・〜・〜
アイーシャさんに導かれてギルドの建物の中に入ると、1階のフロアには多くの冒険者達が詰めていて、やけに物々しい。冒険者達の間を縫うようにギルド職員達が忙しげに立ち回っている。そうした喧騒の中を抜けて2階へ上がると、やはりアイーシャさんに案内されてギルマスの執務室へ通された。
「ギルマス、ホルスト様をお連れしました」
アイーシャさんはドアをノックして中からの返事を待たずに開け放つ。
執務室内でも数人のギルド職員が何やら忙しげに作業をしていた。ある物は熱心に書類に何かを書き込み、ある者は机上に広げられたナヴォーリの地図にチェスの駒のような物を置いて腕を組んで悩んでいる。
その中の一人がアイーシャさんの声に反応してこちらへと振り向く。
「ホルスト様、こちらが当支部のギルドマスターです」
そう紹介されると、当の人物が作業を中断してこちらへと近付いて来た。
「あなたが「猫連れ」の金級冒険者であるホルスト様ですな?私は当支部を預かるフレッチャー・マクスウェルと申します。この度はナヴォーリの危機に参じて頂き、誠に有難う御座います」
そう言って俺に右手を差し出す人物は、黒髪をオールバックにした彫りの深い顔立ちをしついる。口髭を生やし、筋肉質の体格で年齢は30歳台後半といったところか。
服装はというと、割とタイトな白いズボンに上は何故か白いタンクトップ。執務机には軍服に似た上着が投げてあった。その姿はまるで、
(フ○ディ・マーキュリー?)
そう。ギルドマスターはそのルックスから衣装まで、まるでイギリスのロックの"女王"、そのバンドのボーカルにそっくりだ。
「こちらこそお会い出来て光栄です。フレディ、じゃなくてマクスウェルさん」
思わず名前を間違えかけそうになりつつ、俺は彼の右手を握った。
〜・〜・〜
その後、俺はギルドマスターから怒涛の状況説明を受ける事となった。曰く、
・他国の海軍が海賊を擬してナヴォーリ市への侵略行為に及んでいる。
・市長の娘が拉致されて拐われそうになった。
・それらの証拠もあり、市長はナヴォーリ市の総力を上げてこの侵略に立ち向かう事にした。
・そこで冒険者ギルドナヴォーリ支部は市長からの要請を受け、市の非常事態として冒険者に非常招集をかけて市防衛の一翼を担う事となった。
・ホルスト様は当支部に所属してはいないが、金級冒険者の力と技でもって協力を仰ぎたい。
と、こんな事を説明され、懇願を受けた。
ギルドマスターの話を聞き終えた俺は、ふむと考え込む。非常招集ともなれば戦時であり、今回の場合はナヴォーリ市という自治都市と海賊(実はガルメーラ王国海軍)との戦争という事になる。こうした場合の応集は市に籍を置く者としての義務だから、招集された冒険者に支払われる報酬は非常に少ない。金級といえどもそれは同じで、多少の色が付く程度。
しかし、報酬が少ない分、貢献度がランクアップする際の点数として加算されるのだ。これは地味に利点として大いのでギルマスからの要請に応じてもいいだろう。
俺はギルマスが言ったようにこの街のギルドに所属する冒険者ではないから、本来なら招集に応じる義務は無い。しかし、副ギルドマスターのアイーシャさんに事前に協力すると口約束をしてしまっているし、メリッサがいるこの街を俺は結構気に入ってしまっていた。そして何より、卑劣な侵略者を正義の味方としては放っておく事は出来ない。
「わかりました。ナヴォーリのため微力を尽くします」
「有難う御座います。金級のホルスト様が味方して下されば皆の士気も上がりましょう」
こうして俺は俄かに惹起したナヴォーリ市と海賊集団(ガルメーラ王国海軍)との戦争(紛争?)にナヴォーリ側として参戦する事が決まった。
〜・〜・〜
とは言っても、俺は戦争にはド素人もいいところ。いくら魔物と戦っていようが、対人戦闘の術が有ろうが軍隊対軍隊といった戦争は別物だ。
前世の大学では歴史を学んでいた俺の専攻は日本の中世史だった。その関係上、築城や武将の戦術などの戦史の書籍もよく読んだ。だから戦い方についての知識は多少はあるけど、よく言われているように知っているという事と出来る事は別。まして艦隊戦なんて専門家の世界で、俺なんかが口出しなんて出来ない、というかしてはいけない。
「実はホルスト様には旗艦に乗って頂きたいのです」
き、旗艦だと?何故に?
それがどういう事かと言えば、グランデプロフィット号が海賊船に襲撃された際に俺が2隻の海賊船を沈めた事が市の海軍上層部にも伝わっていて、海軍側から請われたのだという。
「ホルスト様には部下として2名の冒険者を付けます。1名はギルドで待機させているので彼女の案内でこれから海軍基地に向かって下さい」
それにしても、このまま海軍基地に行ってそのまま旗艦に乗れとか急な話だ。それだけ事態が切迫しているという事だろう。
しかし、俺はナヴォーリに海と海産物と温泉を堪能しに来たはずなんだけどなぁ。それが1日目は海賊に襲われ、2日目で暗殺団に襲われ+海賊船に人質奪還に乗り込み、3日目にして海賊団との海戦に及ぼうとしているんだ。前世の世界なら映画化決定クラスだよ。因みに、俺役は吉沢亮、メル役は福原遥ちゃんでお願いします。
と、そんの益体もない事を考えているとギルマスの執務室のドアがノックされた。
「案内役の冒険者が来たようです。入ってくれ」
ギルマスが声をかけるとドアが開き、「失礼します」と若い女性の声がした。
ドアが開かれ、入って来たのは副ギルドマスターである狐獣人のアイーシャさんだ。そのいでたちは下から黒い皮の短ブーツに膝当ての付いた薄茶色のズボン、グレーのシャツには胸当てと肘当て。腰のベルトには左右に一振りずつの長剣に短剣が差されている。実に勇ましい姿だ。
「ホルスト様、これよりナヴォーリ海軍旗艦マーレドラゴ号へご案内します」
先程までの営業スマイルはどこへやら、美しくも凛々しい女戦士がそこに立っていた。
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