第40話 落ち込みからのキュンです
さて心機一転、王都目指してラースブルグを離れた俺とメル。期限も約束も無く、誰が待っている訳でもない。一目散に王都も行くのでもなくあちこちと寄り道しながら気の向くまま風まかせの旅だ。金もたんまりと有るんだぜ?
まず目指すは南の港街、王国唯一の自治都市ナボォーリ。そこは円形の湾に築かれた良港で、貿易と水産業を基幹産業とするという事だ。この都市について俺は実家の書庫にあった『ジギスムント王国の歩き方ナヴォーリ編』で読んだ知識でしか知らない。それによればナボォーリ市の近くにはババール山という活火山があり、何となく前世の世界のナポリに似ている印象を受けた。もっとも、ナポリに行った事なんて無いんだけどね。
また『ジギスムント王国の歩き方』によれば、ナボォーリは海産物の料理が名物とあり、更には火山の近くだから温泉も近郊各所に湧き出ていて、前世が日本人の俺には最高のシチュエーションと言えるだろう。本当に楽しみだ。
"魚介の料理が楽しみなのはわかるけど、温泉なんて要は火山の熱で沸かしたお風呂でしょ?何が違うの?"
ラースブルグから乗った乗合馬車の中でメルがウキウキ気分の俺に念話で質問を浴びせた。
"温泉を単なる風呂扱いするとか罰当たるよ?"
"え?何の神様の罰?"
ええと、温泉の?
日本には実際に湯守の神様をお祀りされている訳だけど、この世界にはそうした神様はいないのだろうか?
俺は温泉とその素晴らしさについて手短にメルに語った。
"まあメルも実際に温泉に入ればわかるよ そりゃあいいもんだから"
"ふーん"
〜・〜・〜
ラースブルグから南へ。乗合馬車の最初の停車駅はまだ辺境伯領内で、辺境伯領南部最大の町リスドー
「停車時間は明朝まで。乗り遅れのありませんように」
車掌さんならぬ馭者さんはそう言うと馬車を停車させ、乗客達はめいめい馬車を降りていった。
今朝ラースブルグを発ってほぼ日中を費やしてリスドーへ到着。ここまでの間に乗客達とはそれなりに会話を交わし、お互いに多少の助け合いをしつつ良好な関係を築いてきた。俺は見ての通り身ぎれいにしている色白サラサラ黒髪のちょっとミステリアスなイケメンであるし、具体的な等級は教えなかったけど乗客達も俺が上級冒険者であるという事はわかるのだろう、信頼されていただろうことは感じた。
そしてメルの存在は女性や子供に絶大な効果を発揮していた。
ベビースリングからメルがひょっこりと顔を出すと
「キャー、なにこの猫ぉ、超可愛ー‼︎」
と叫び声が上がり何事かと馭者が馬車を停めた程だった。
馬車は二頭立ての大型で、幌が張られた荷台には乗客が10人と、他には輸送を請負った荷物が空きスペースを占めていた。
〜・〜・〜
リスドーに到着すると、ここを目的地としていた乗客達は其々帰宅して行き、俺のように更に旅を続ける者達は何処かしら宿を探さなくてはならない。と言っても、
「旅のお方、宿は紅豚亭へ」
「いやいや私共の風立亭へ。お安くしておきますよ?」
この様に宿屋の客引きが停車場には待ち構えているので宿を求めるにさほどの苦労はしない。
"さほどって事は全く苦労しないって訳ではないのね?"
"まあね例えばこんな感じでね"
俺がさて宿は何処にしようかなといった感じを出してキョロキョロすると、すかさず3人の仇っぽいお姐さん方が寄ってきて袖を引かれる。
「こちら色男ね、是非ウチの宿へいらして」
「此方の殿方はあたいが目を付けていたんだよ、あっちへ行きな!」
「ねえお兄さん、こんな2人は放って置いてあーしの宿へおいでよ?」
といった具合で売春宿の客引きもあるからだ。
"はは、なるほどね。でもホルスト、まさか?"
"メルがいるのに行く訳無いだろ!"
"そっ、それならいいけどさ"
「ごめんな綺麗なお姐さん方。おれ待たせてる女性がいるからさ」
そう言ってお姐さん方にウィンクする。そしてお姐さん方が呆けて出来た一瞬の隙を突いて包囲網を突破し、現場より離脱した。
"ホルスト、誰よ待たせてる女性って?"
"誰って、メルだよ、メル"
"えっ、私?それに何か手慣れてない?女の扱いが"
"そんな事ないよ。俺が山出しの(今世では)童貞だって知ってるだろ?"
"しっ、知らないわよそんな事(童貞とか)"
俺の前世はヒーロー道一直線だったし、彼女が出来ても浮気されてばかりで。単に振られるなら心変わりだから仕方ないけど、何で女って浮気したり二股かけたりするんだろうな。
特に3人目の彼女がファミレスで友達と喋っていた以下の会話をたまたま聞いてしまった時はかなり落ち込み、妹の伊織に随分と心配をかけてしまったな。
「拓人って人に自慢するには最高なんだけどさあ、一緒にいてもつまらなくって。その点ケン君はさあ、」
元カノはその店に俺がいるなんて事は知らずに女友達とわいわい話していた。俺はパーテーションを隔てた隣の席にいたのだけど、そこで適度にアルコールが入った元カノが言っていたのがそれだった。その後、俺から「ケン君とお幸せに」とメッセージを送り連絡を絶って自然消滅させたけど、結局ケン君とやらが誰だかわからなかった。
勿論、こうした事は人によるのだろうし、男だってそうだとも言えるけど。
前世で彼女に浮気された記憶を思い出すと、俺は思わずブルーな気分になってしまった。はぁ。
結局俺は客引きを避け、停車場にある宿屋の斡旋所で手頃な宿を紹介して貰いその宿に泊まった。
〜
(メル視点)
「ねぇ、ホルスト、元気出してよ」
乗合馬車が街に到着してからホルストと交わした会話。その何かが彼のトラウマを刺激してしまったみたいで、ホルストは夕食を摂るとベッドに潜り込んでしまった。私は仕方なく猫から元の姿に戻ると、ベッドの縁に腰掛けてホルストに声をかけて髪を撫でる。
返事は無い。
無いけど、ホルストは私の方に体の向きを変えると腰に抱きついてきた。
「ちょっちょっと、ホルスト?」
「少しの間だけこうしていたい」
「…」
そういえばホルストは前世で恋人に浮気され、この世界では母親に冷たく放置され、おまけに幼馴染の恋人には裏切られて殺そうとされたんだっけ。
そんな彼だから少しくらい甘えさせても良いですよね、ナルディア様?
「全くしょうがない甘えん坊ね、ホルストは」
「否定はしない」
異世界から転生して来た何者をも恐れない、神々も警戒する最強でちょっとカッコ良い男。そんな彼が私だけにこうして弱みを見せて甘えてくるって、女として悪い気はしない。ちょっとだけキュンとした。
私は監視者としての役目を今だけは忘れ、私に甘えるホルストの髪を優しく撫で続けた。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




