第36話 焦付き事案裏事情
実家の籍を抜けて平民になってから約3ヵ月。俺は冒険者ギルドラースブルグ支部の所謂"焦付き案件"を引き受け続けていた。
その中で気付いたのは、依頼料が少なくギルドが補助金を出す案件の多くが焦げ付いていて、しかも、依頼料に上乗せされるギルドからの補助金が出ていない、若しくはそれ以前より少額に設定されていた事実だった。
これでは依頼を受ける冒険者が赤字になってしまうため誰も引き受ける訳が無い。
更にそうした依頼自体が巧妙に隠蔽されていた。
(これは何が裏があるな)
俺がそう思ってギルド窓口のアンジェリカ姉さんにその事を相談しようとすると、先手を取られて俺が口を開く前に夕食に誘われてた。
アンジェリカ姉さんの実家はメルパルク男爵家。その夜、俺が彼女に連れられて行ったのは領都の下町にある隠れ家のような酒場だった。
従業員の女性に案内されていかにもな風情の奥の個室へ通されると、アンジェリカ姉さんは俺の働きを労ってワインを注いでくれ乾杯してくれた。メルは店が出してくれたつまみのローストチキンをムシャムシャと食べている。
一通り当たり障りの無い会話を交わした後、アンジェリカ姉さんはこの会食の主旨を話し出した。
「え、ギルドぐるみの委託金横領?」
「そう。ホルスト君も気付いてたでしょう?ゴブリン討伐の報酬が少な過ぎるって」
「ええ。その事を姉さんに直接訊いてみようかと思って今日窓口で声をかけたのですから」
今朝方、俺が窓口で声をかけた途端「シーッ」とアンジェリカ姉さんは唇に人差し指を当てたものだった。
「どこで誰が聞き耳立ててるかわからないのが今のラースブルグ支部なのよ」
アンジェリカ姉さんが言うには、冒険者ギルドラースブルグ支部には支部長、つまりギルドマスターと2人いる副支部長のそれぞれの派閥が有ったのだという。
「実は私は辺境伯様がギルドに送り込んだラムズフェルド副支部長の派閥に属していてね。私も辺境伯様のご命令でラムズフェルド副支部長を補佐してギルドの内偵をしているの」
要するに、二人いる副支部長の一人であるラムズフェルド副支部長とアンジェリカ姉さん(他にもいるんだろう)はラース辺境伯が自領の冒険者ギルド支部監視のため送り込んだ手の者という訳だ。
三竦みの力関係は現在、ギルドマスターともう一人の副支部長(サムターン氏)が手を結んだためラムズフェルド派は劣勢にあるという事だった。
「どうも以前からギルマスとサムターンは辺境伯家や寄子からの委託金を横領していて、どう使ったのか、委託金の積立金にまで手を出して残金も底をついている状態よ。そのため補助金が必要なゴブリン討伐なんかは今まで通りの額が上乗せ出来なくて、引き受ける冒険者パーティがいなくなってしまっているの」
そうして焦げ付いた依頼を俺がこなしている、と。
「それで俺は何をすればいいんです?」
俺がそう言うとアンジェリカ姉さんは「勘がいい男の子って好きよ?」と微笑んでウィンクした。
「ギルドの内偵は進んでいるからホルスト君はヘルベルト騎士爵領に赴いて騎士爵からのゴブリン討伐依頼を受けて欲しいの。そこはもう半年も引き受け手がいないから、かなり多くの魔物がいるはずよ。それとホルスト君はヘルベルト騎士爵とは面識あったわよね?」
その事実にオレは黙って頷く。どうやらこのミッションはラムズフェルド派によって実行者の人間関係まで調査・考慮されているらしい。
「ホルスト君はゴブリン討伐の後にヘルベルト騎士爵に面会を求めて。そしてその際にラース辺境伯様からの密書をヘルベルト騎士爵に渡して騎士爵家の経理担当家士の身柄を押さえて欲しいのよ」
「騎士爵家の経理担当家士が何かを知っているという事なのですか?」
「辺境伯家や寄子貴族家の経理担当者の一部がギルマスの協力者でね。詳しい事は言えないけど、今、辺境伯家の内部は権力闘争の真っ只中にあるのよ。どうも中央のとある派閥に唆されて辺境伯様の分家を継いだ実弟が辺境伯位の簒奪を企てていて、横領されたギルドの委託金はその軍資金に使われていたようね」
ラース辺境伯の弟は辺境伯家の分家ウォルター男爵を継いでいた。分家とか男爵とか聞こえはいいけど領地がある訳じゃないし、本家のラース辺境伯からの支給金で賄われている、謂わば部屋住みのようなものなのだ。そんなウォルター男爵だから兄に叛逆を起こすならばどこかに資金源を求めなければならない。そして目を付けたのが冒険者ギルドラースブルグ支部の委託金だったと。
いやぁ、その情報、聞きたくなかったな。
「それって、俺、権力闘争に巻き込まれますよね?」
「今更何言ってるのよ。そんなのとっくにホルスト君はラムズフェルド副支部長の指示で焦付き依頼をこなしてるって思われてるのよ?」
俺は善意で故郷を離れる前に焦付き案件を引き受け続けいた訳だが。思わずじと目でアンジェリカ姉さんを見る。
「そういう印象操作をしたんですね?」
「う、うん、ホルスト君には悪いとは思ったけど、私達にも優秀な手駒が必要だったのよ」
手駒って…
「まぁ、いいですよ。毒を食らわば皿までって言いますからね。それで?」
俺が話の続きを促すと、アンジェリカ姉さんによれば権力闘争で辺境伯様は弟派の資金源を押さえ、委託金横領の証拠と証人を揃えて辺境伯弟を断罪して処刑するつもりらしい。
「弟のウォルター男爵もその動きを察知して証拠と証人の隠滅を謀って寄子貴族家の経理担当者を始末し始めたの」
この権力闘争では弟のウォルター男爵に着いた寄子貴族もいれば、辺境伯側寄子貴族であっても経理担当者があの手この手で協力させられていたりもしていたという。そしてそうした協力者が次々と不審死を遂げているというのだ。
「こちらも幾らか証拠も証人も押さえているのだけど、特にヘルベルト騎士爵家の経理担当家士は領都に嫁いだ娘家族を殺すぞって脅迫されていてね。家士の娘家族は保護してあるけど、ウォルター派による脅迫と横領の証人としてこの家士の身柄が必要なのよ」
ここで何を言っても今更だろう。だったら誰の思惑があろうとゴブリンが増殖して困っている人達がいるのならばやるしか無いだろう。
「わかりました。ゴブリン討伐にヘルベルト騎士爵家の経理担当騎士の身柄確保ですね?」
「ええ」と言いながらアンジェリカ姉さんは懐から一通の書状を取り出して俺に渡す。封筒にはラース辺境伯家の紋章が入った封蝋で封されている。
「これが辺境伯様からの密書ね。ヘルベルト騎士爵閣下に渡して頂戴」
俺は密書を受取り、懐にしまいつつアンジェリカ姉さんにラース辺境伯の対応について質問する。
「辺境伯様はウォルター男爵の叛逆とギルド支部の委託金横領を掴んでいるなら、手っ取り早く兵を出して当事者達を拘束したらどうなんですか?」
「辺境伯様はそれは最後の手段にしたいところなんでしょ?いきなり実力行使に出たら中央の黒幕がどんな介入してくるかわからないしね。ウォルター男爵をいずれ処刑するにしても暗部を使って証拠を固めて段階を経て追い詰めるつもりなんじゃないかな」
まぁ、いきなり騎士団なり領軍を動かせば隣国も含め周りがどのようなリアクションをとるかのかわかったもんじゃないからな。下手すればそれによって一騒動企てようなんて奴だってでないとも限らない。
そう考えれば、もしかしてこの国って結構キナ臭い状況だったり?
だけど、そうした訳で実力があってソロで自由に動け、何かあっても辺境伯は知らぬ存ぜぬと切り捨てられる冒険者の俺に白羽の矢が立ったという事だろう。何か、酷い話だよね。
〜・〜・〜
そうして赴いたヘルベルト騎士爵領。
そこで俺が目にしたのが増殖して進化した複数の上位種に率いられた魔物の大群に破壊された村、包囲されて落城寸前のヘルベルト騎士爵家の館、という訳だった。
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それでは次話もお楽しみに!




