第26話 何であっても俺は俺でお前の兄
勇者パーティが啄木亭に俺を訪ねた翌日、俺は再びエミリーとマリーの護衛として彼女等と共に馬車で街道をヴィンター騎士爵領へと向かっていた。
エミリーとマリーは今後それぞれ王都に行く事となる。二人とも来年の王立学院入学のためだ。故郷である騎士爵領を離れるのはマリーが先になるだろうか。
恐らく、もう既にマリーが「剣聖」を授かった事実はラース辺境伯から王宮とアプロス教団には報告がなされ、勇者パーティにマリーを剣聖として招聘すべくそれぞれ動いている筈だ。これから間もない頃にラース辺境伯を通して父に話が来て、更に父からマリーの父親であるヴィンター騎士爵家の家士長ジョルジュさんへとこの話は伝えられる。
これは無論命令ではない。だけど、実質的には断る事は出来ないものだ。そして1ヶ月後くらいにはマリーは晴れて内心嫌っていた故郷を離れ、憧れの王都へと旅立つ事となろう。
勇者パーティが俺との約束を守れば、マリーは王立学院に入学までの一年弱を誰かしら剣の師について剣術を修める事になる。そして王立学院で学んだ後は勇者パーティに参加して何故なのか理由も定かではない魔王とやらを倒す旅に出されるだろう。
エミリーも一年後には王都へと旅立ち、王立学院に入学だ。
そして、2人とも王立学院を卒業したら故郷の騎士爵領に戻る事はないだろう。
剣聖として勇者パーティに入るマリーは言うまでもない。首尾よく魔王の討伐に成功したならば国王から叙勲されて貴族の仲間入りだろうし、悪ければ魔族との戦いで命を落とす。
エミリーも元服の儀で「看破」の能力を授かっている。これは嘘や欺瞞を見破り真実を見抜く能力だ。王宮も貴族社会も騙し合い化かし合いの世界。そんな世界にあって嘘を見破る者を側近に置けたらどれだけ有利になるか。暗殺や叛逆を未然に防ぐ事も可能だ。おそらくエミリーは王立学院を卒業したらそのまま王族の誰かしらの側近に取り立てられる事となろう。そうなれば田舎の実家の領地に帰る暇なんかある訳が無い。
つまり俺達3人がこうして一緒にいられるのも明日の昼に領地に着くまでの時間が最後という事となる。
〜・〜・〜
馬車の中は往路と違って重苦しい雰囲気となっていた。誰も何も喋らない。
俺は隠していた「アクションヒーロー」の能力の片鱗を見せて「剣聖」も「勇者」も一撃で倒した。実際に倒されたマリーは兎も角、エミリーはそんな俺を見てどのように思っただろうか?
それにエミリーは授かった自分の能力「看破」を試したくて恐らく最初に俺を見たはずだ。異世界からの転生者にして弁天様の加護持ち、そして「アクションヒーロー」。
ところが、そんなエミリーの方から俺に話しかけてきた。
「ねえ、お兄さまって一体何者なの?」
「お前の兄だけど?」
「誤魔化さないでよ!お兄さまは私が思っていたお兄さまじゃない」
いつも冷静なエミリーには珍しく少し激昂していた。
「いや、同じだよ。俺は俺でそれ以上でも以下でもない」
俺は努めて冷静に、平坦な調子で応える。
「それにエミリー、お前は俺の事を見ただろう?「看破」で」
「うっ」
図星を突かれてエミリーは言葉に詰まる。
「だったら、それも俺であり、エミリーが物心付いた時から知る兄である俺も俺である事がわかるはずだ」
「でも、あんなの信じられないよ!」
半泣きになったエミリーは激しく頭を振った。
「エミリーが「看破」で見たって信じられないのに、子供の俺が異世界から女神の加護で転生して来たなんて言ったら、果たして俺は親からどう思われて、どんな扱いを受けると思う?」
「…それは、頭がおかしい、とか」
「そう、俺は頭のおかしい子供として貴族の体面を守るため監禁されるか、最悪殺されていただろう」
「そんな…」
これは誇張でも何でもない。俺の前には出来の良い双子の兄達がいるのだ。公爵や伯爵ならまだしも、騎士爵家に狂人を隔離して飼い殺す余裕など無い。頭のおかしいスペアのスペアを始末する事など俺の両親なら訳無い事だ。
「だから授かった能力だって本当の事など言える訳無かった」
俺がそこで言葉を切ると、馬車の中は再び沈黙に包まれたが、その沈黙を破るようにエミリーが声を上げる。
「お兄さまは子供の頃からそうやって悩んで、生き残るために苦しんでいたの?」
「そこまで深刻じゃないさ。言わなければ良かっただけだからな」
すると、ここまで黙っていたマリーが口を開く。
「ホルスト兄さま」
「どうした?マリー」
マリーは俺に名前を呼ばれたのが意外であったのか目を見開くと、一人で「うん」と小さく頷き謝罪の言葉を口にした。
「ホルスト兄さまが一人でそんな秘密を抱えて苦しんでいたのに、昨日は本当にごめんなさい。私は兄さまにとても酷い言葉を浴びせ、兄さまという婚約者がいながら勇者様の手を取って兄さまを裏切りました。そして殺してしまおうとさえしました。ごめんなさい、兄さま。許して下さいなんて言えません」
マリーは俺に謝罪の言葉を口にすると、深々と頭を下げた。
「マリー」
「はっ、はい!」
マリーは恐る恐る顔を上げ、少し上目遣いに俺を見た。これはマリーが叱られた時の癖だ。「剣聖」なんて能力を授かっても、やっぱりマリーはマリーだな。
「俺はマリーを許すよ」
「ふえっ⁈」
マリーは一瞬信じられない、といった表情になったけど、次の瞬間には両眼を大きく見開く、その瞳に涙を浮かべた。
「本当ですか?」
「本当だ」
「兄さま、有難う御座います」
顔を覆って泣くマリーに「良かったね」と声をかけて肩を抱くエミリー。
「でもお兄さま、どうしてマリーを許そうと思ったの?本人前にして言ってはなんだけど、マリーはお兄さまを裏切って殺そうとまでしたのよ?」
エミリーの言葉に一瞬ビクッと身体を強張らすマリー。エミリーとしては俺を裏切って殺そうとしたマリーには複雑な思いがあるようなので説明責任を果たす必要があるか。
「確かに。でもね、「能力」の恐さは俺が誰よりも知っている。そもそも「能力」は神が与える物だ。たった13歳の女の子がその影響に抗うなんて無理な話しだ。あの時のマリーはマリーであってマリーじゃなかった、と俺は思うよ。人は誰しも失敗するものだからな」
まぁ、マリーの失敗は人生を左右する程の物ではあった。相手が俺でなければ、マリーは人を一人殺していただろうからな。
「それに、俺は勇者の奴に強さとは優しさだと言ったんだ」
「え?勇者様にお兄さまが?」
エミリーは意外そうに驚いた。俺は大勢の前で勇者をボコボコにしたからな。それにエミリーは昨日、勇者パーティが俺を訪れた事は知らない。
「謝りに来たんだよ。その時に助言を求められてな、」
俺はその時の遣り取りを手短に2人に話す。
「他人に偉そうにそんな事を言ったのだから、自分が率先してやらないとな」
メルに諭された事はここでは内緒にしておこう。事態が面倒になるし、膝の上のメルも寝たままで何も言って来ないしな。
「だからマリーを許す事にした。マリー、俺達は婚約者としても恋人としても終わってしまったけど、また、幼馴染みからやり直そう」
「…グスッ、はい、ホルスト兄さま。私、能力だけじゃなく、必ず立派な剣聖に、兄さまに認められる剣聖になってみせます」
「大丈夫、マリーなら出来るよ」
俺はそう言って真剣な眼差しで俺を見詰めるマリーの頭をそっと撫でると、マリーは両手で頭を撫でる俺の手を取り、そしてその手に頬擦りをした。
「はぁ、終わってしまったけど、とか言っちゃって、全然そうは見えないんですけど?」
エミリーはヤレヤレと呆れ顔で肩を竦めた。
俺とマリーとの蟠りはこれで少しは解消出来ただろう。剣聖への道は付けたから、後は剣聖になれるか、能力が授かった故に使い潰されてしまうのかはマリー次第だ。
馬車は辺境伯領内にある街道途中にある村に到着したようだ。今夜はその村で一泊し、明朝、ヴィンター騎士爵領に入って実家に着けば護衛依頼は終わりだ。俺が実家を出るのもあと僅か。
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それでは次話もお楽しみに!




