幕間② マリー、剣聖への道
目が醒めたら知らない天井。鳩尾がズキズキと痛む。ここはどこだろうか?ボーっとする頭で考える。
私はマリー、マリー・マイルスター。ヴィンター騎士爵家の家士長ジョルジュ・マイルスターの長女、そしてヴィンター騎士爵家の三男であるホルスト・ヴィンターの幼馴染で婚約者だった。え?だった?
ボーっとしていた私の意識はここで一気に覚醒した。そうだ、思い出した。私は冒険者になったホルスト兄さまの護衛で、同じく13歳になったヴィンター騎士爵家の長女エミリー様と一緒に元服の儀を受けるためラース辺境伯領の領都を訪れたのだ。そして辺境伯居城の神殿で元服の儀を受け、そこで「剣聖」の能力を授かり、私は、私は兄さまを裏切って酷い事を言ってしまった。
『私はもうあんな山奥の田舎なんかまっぴらなの!あんな所で好きでもない薄鈍な男と結婚させられて、子供生まされて、家の事させられて一生終えるなんて絶対に嫌!
お前の事なんて大して好きじゃなかったけど、見た目タイプで、優しくて、強くって、頭が良くて、冒険者になって私を外へ連れ出してくれるから婚約しただけじゃない!お前なんかより勇者様の方が私をもっと明るい世界に連れて行ってくれるんだから。もう私の足を引っ張らないでよ!』
更に私はホルスト兄さまを「剣聖」の能力を使って殺してしまおうとしたんだ。
でも、実際は「剣聖」の能力を持ってしてもホルスト兄さまを殺す事は出来なかった。私が知っていた以上にホルスト兄さまは強く、私は一太刀すら与えられずに一撃で沈められてしまった。
あぁ、私はホルスト兄さまに何という事をしてしまったのだろうか。
私は確かにあの田舎の故郷が嫌だった。あそこで好きでもない男の人と結婚させられて子供を産んで育て、家事に一生を費やすなんて本当に嫌だった。外の世界へ出て、色んな物を見て、聞いて、素敵な男性と結婚したかった。
主筋であるけど幼馴染のホルスト兄さまは、そんな私の思いを理解してくれる唯一の人だった。だから私はホルスト兄さまに私を外の世界に連れ出して欲しくて、冒険者になるというホルスト兄さまからの求婚を喜んで受けたのだった。
だからホルスト兄さまの事が好きでも何でもないなんて事は絶対にない。なのに何であんな事を言ってしまったのだろう。
私は本当にホルスト兄さまの事が好きなのに。格好良くて、優しくって、頭が良くて、強くって。いつも私を一番に考えてくれていた。ホルスト兄さまと一緒にいると心から安心していられたし、誰にも言えないような事もお互いに共有出来たんだ。
兄さまの「能力」だって、本当の事を知っているのは私だけ。兄さまは私だけに本当の事を教えてくれたんだ。だから私は領地のみんなの言うように兄さまの「能力」をくだらないとかハズレだとか思った事なんて無いし、思う筈がない。なのに、何であんな事を言ってしまったのだろう?
かつてホルスト兄さまは言っていた。「能力」は人の心の奥底に押し込んでいた本音や欲望、憎しみや恨みといったモノを解き放ってしまうのだと。だから私は「能力」の怖さを知っていたのに。
でも、だとしたら私があの時言った事は私の本音なのだろうか?
違う!違う、と思いたい。
ただ、勇者様に目が眩んだのは本当だ。あの時、勇者様に手を取られてホルスト兄さまと冒険者になる未来よりも、剣聖として勇者様との煌びやかな未来を選んでしまった事も。そして、そんな未来のために兄さまを邪魔だと思ってしまった事も。
そして、確実にわかっているのは、もう私にはホルスト兄さまに合わせる顔なんて無いって事。
ごめんなさい、ホルスト兄さま。本当にごめんなさい。
〜・〜・〜
コンコン
不意に部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
誰からの訪いかわからないけど、私がそう返事をすると間を置かずにドアが開かれた。
「失礼しますね」
そう言いながら入って来たのは巫女のような衣装を着た私より年上の気品があってとても綺麗で優しげな女性だった。
私はこの女性に見覚えがあった。確か、勇者パーティにいた聖女様だ。
「お加減はどうですか、マリーさん?」
聖女様というだけあって、声もとても優しげに聞こえる。
「はい。鳩尾が痛みますけど大丈夫です、聖女様」
「痛むのでしたら回復魔法で治しましょうか?」
私がそう答えると、聖女様はとても心配そうにそう言ってくれた。でもこの痛みはホルスト兄さまが私にくれたものだ。その時に兄さまが私にどんな思いを抱いていたのかわからないけど、確かに私に、私だけにくれたモノ。痛みは消えてしまうものではあるけれど、今はこの痛みが愛おしくて、感じていたかった。
「いえ、本当に大丈夫です」
「そうですか、辛かったら言って下さいね?」
「はい、有難う御座います」
〜・〜・〜
聖女様は部屋の隅にあった椅子をベッドの横まで運んで座ると、私達は少しぎこちなく当たり障りの無い会話をしながら互い出方を窺う。女子の間ではこうした事はままある事だ。
だけど、それは早々に聖女様によって打ち切られた。
「はぁ、やめましょう、つまらない腹の探り合いは。私達は同じく勇者様のパーティの仲間になる訳ですから」
「はい。あの、ホルスト兄さまはどこにいますか?」
ならばと、私は今最も気にかかっている兄さまの行方について率直に聖女様に尋ねた。
「ホルスト様は冒険者ギルドの近くにある啄木亭という宿屋に移られたそうですよ」
え?貴族籍を離れるとはいえ、兄さまはまだヴィンター騎士爵家の者なのにどうして分家の館から出て行ってしまったのだろう?
でも、そこにいるというのなら今から行って兄さまに謝ろう。例え許してくれなくっても謝らなければ。
そんな私の心情がわかったのか、聖女様に先手を打たれてしまった。
「マリーさん、まさかこれからホルスト様の元に行って謝ろうなんて思っていませんよね?」
その声にはどこか咎めるような響きが含まれていた。
「思っています。だって、私はホルスト兄さまに謝らなければならない事をしたんですから!」
つい声を荒げてしまう。だってこの女性は何の権限があって私を止めるのって。
「でもマリーさんのした事は単に謝って済む事ですか?」
「どういう意味ですか?」
思わず剣呑な感じを出してしまう。
「ホルスト様は言っていました。自分を裏切って殺そうとしたあなたを許す事は無いと」
「!!」
兄さま。兄さまはそこまで私を憎むのですね?私がした事ってそういう事なんですね?
「兄さまぁ」
ハァハァハァ
呼吸が速くなる。速くなる呼吸が止められないくて苦しい。
「マリーさん」
聖女様は私の様子を見て背中をさすってくれる。私はその手を払い除けようとしたけど、息が苦しくってそうは出来なかった。
「落ちついて、マリーさん。ホルスト様は決して憎んでいる訳ではないの」
その言葉を聞いて少し気分が落ち着いた。どうしてか指先が痺れているけど、ゆっくり息をしていれば大丈夫。
「ごめんなさい。私の言い方が良くありませんでした。あなたのこれからに関する事です。そこにホルスト様が深く関わっています」
「兄さまが?」
「マリーさんには勇者パーティに入って貰います。あなたのご両親や主筋であるヴィンター騎士爵様とも話し合いますがそこは変わりません」
そうなんだ。でも正直、もう勇者パーティなんてどうでもいいよ。むしろ、私と兄さまの仲を裂いたんだから関わりたくない。
「マリーさんにはこれからパーティに入る前に王立学院に入学してもらい、師に着いて主に剣術を学んで貰います」
これはホルスト兄さまが私の事を考えてくれた結果だと聖女様は言った。
「私達のパーティははっきり言って上手くいっていなかったの。神託と王命によって私達は集められてパーティが組まれたけど、みんなそれぞれの「能力」に胡座をかいてね?その原因をホルスト様に追及された勇者がホルスト様に逆ギレして決闘を挑んで、」
「…」
何となくその先が予想出来る。
「それで勇者は聖剣を抜いたんだけど、呆気なくホルスト様に返り討ちにされちゃった」
凄い。どこまで強いんだろう、ホルスト兄さまは。
どうでもいい事だけど、聖女様の口調変わってないですか?
「それで、決闘の条件はホルスト様が勝ったら勇者がホルスト様の要求を叶えるというものだったから、ホルスト様は私達にマリーさんの王立学院入学と剣の師を付けて剣術を学ばせる事を要求したのよ」
勇者と戦ってまで、兄さま…
「そこでさっきの言葉が出たの。自分を裏切ったあなたの事は許さないけど、幼馴染としての情はある。だからあなたが「剣聖」の能力があるだけのままで使い潰されるのは偲びない。あなたには「能力」じゃなく、自ら掴んだ能力で本物の剣聖になって欲しいって」
ホルスト兄さま。兄さまはあなたを裏切った私のためにそこまで考えてくれていたのですね?きっと兄さまはもう私の事など愛していないでしょう。でも、幼馴染としての情は有ると言ってくれた。その情は絶望の暗闇に差す一条の光のよう。うん、希望は僅かだけど、ある!
「聖女様、わかりました。兄さまが私のためにそこまでやってくれたんです。私、やります。王立学院で頑張って剣聖になります」
「はい。詳しい話は明日にしましょう。今日はゆっくり休んで下さいね」
〜・〜・〜
こうして私は王立学院で剣を学ぶ事となった。その学費などは主神アプロス教団とラース辺境伯様から出して頂けるという。それもホルスト兄さまが心配ってくれた事だった。
その翌日、勇者パーティの4人は何と啄木亭へホルスト兄さまを訪っていた。そこで勇者様は正式にホルスト兄さまに謝罪し、更には兄さまから様々な助言を頂いたとの事だった。
その話を聞いた私は、その見た目と違う聖女様の腹黒さを知る事となった。聖女様は私を見舞った時には翌日兄さまに会いに行くなんて一言も言っていなかったのに。聖女様はホルスト兄さまを狙っている、そう私の勘が告げていた。
でも不思議と腹は立たなかった。剣聖として勇者パーティの一員となるという事は、今後私にもそうした聖女様のような強かさが必要であり、駆け引きも出来なくてはならないという事だろう。
〜・〜・〜
ホルスト兄さま。私は「剣聖」の能力を授かって心狂い、勇者様の姿に目が眩み、兄さまを裏切りました。私にはもう兄さまに愛される資格など無いのかもしれません。ですが、兄さまが私にかけてくれた情に縋って私は必ず本当の剣聖になってみせます。それが私の兄さまへの罪滅ぼしだと思うから。
そして、いつの日か剣聖に相応しいと呼ばれるようになったら、その時はまた子供の頃のように「頑張ったね」と褒めてくださいね。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




