第139話 撤退戦
第7波と熱波のため業務多忙につき更新遅くなって申し訳ありません。皆様も健康に留意して下さい。
撤退戦って撤退するだけじゃない。撤退しながら戦うんだ。あ、戦いながら撤退するのか?
敵は何しろ攻勢で来る訳だから、その圧を受け抵抗しながらこちらは退く。勿論戦力は敵が大である。撤退する側は限られた戦力でその圧により徐々に戦力を削られながら、それでも味方の安全圏に逃げ込むまで秩序を保って抵抗し続けなければならない。要するに味方を効果的に敵に殺させ、その間に可能な限り退き、を繰り返す訳だ。
戦史を鑑みれば、関ヶ原合戦での島津家の撤退戦なんかはいい例だよね。島津家は大将(島津義弘)を逃がすために分散した小戦力を撤退路の各所に配置して東軍の追撃を足止めする戦法(捨て奸:すてがまりって言うんだって)を繰り返して鹿児島までの撤退に成功する、んだけど島津家は本領から率いて行った戦力がほぼ全滅している。まぁ昔の薩摩隼人は本当に凄いよなって話だ。
おっと、余談が過ぎてしまったな。要は俺達はその撤退戦の真っ只中にいるって訳なんだ。
幸いにしてソフィア殿下が俺の意見具申を受けて早々に現場から逃げてくれたお陰で時間稼ぎしつつも自分達の身の安全だけを考えればよかった。その点ではこんな事態でも当初は気楽ではあったな。
とはいえ、実際すぐ近くに危機的状況下にある友軍がいれば見捨てる事も出来ない。そうした訳で、俺達親衛隊はクリス勇者パーティの元に集まった100名ほどの敗残兵と共に撤退中だ。おそらくこれからもっと増えるだろう。まぁ敗走中に勇者が頑張って戦っていれば集まるよな。
そうした中、俺の妹でソフィア殿下側近であるエミリーから以前に譲った鴉型式神が飛来して来た。脚に結ばれていた紙縒を解くとソフィア殿下が無事にアルビオン要塞に入る事が出来たと記されていた。
俺はこの情報をクリス達にも伝えた。これで時間稼ぎはしなくて済み、撤退の速度を早める事も出来るだろう。しかし、問題はクリスの元に敗残兵が集まっている事、しかもその中にはかなり負傷している者もいて、現在進行形で負傷者は魔物との戦いで出続けているのだ。
負傷した友軍の将兵達に勇者パーティの聖女ミシェルは次々と回復魔法をかけていった。しかし、回復した将兵の少なくない者達が戦闘には復帰せず、戦うクリス達や戦友達を置いて逃げ出してしまっていた。
まぁそもそもが魔物群との戦いに敗れて戦意が喪失していた連中だから然もありなんだし、命有っての物種だからね。あまり非難は出来ない、というか非難したところで目の前の魔物どもは待ってくれる訳でもない。
クリスの元に集まり、俺達と共に戦う敗残兵の中には何と俺の友人であるロームス・ヘルベルトがいた。彼は陸軍常設第1騎士団では下級将校であるけれど、この場では階級的に最上位であるため勇者クリスに協力して撤退戦で国軍や諸侯軍の兵達の指揮を執っている。
「申し訳ありません、聖女様。御身に傷を治していただきながら逃亡する兵が出るとは。このロームス、お詫びのしようも御座いません」
聖女ミシェルは一人でも多くの将兵を救おうと魔力を振り絞って彼等に回復魔法をかけ続けた。そのため魔力が枯渇して息も絶え絶えの状態になっていて、地面に敷いた毛布の上に横たわっている。
確かに助けて貰っておいて、助かったらさっさと逃げ出す連中は腹立たしい。がしかし、クリスにしろ俺にしろ特殊な立場にあるものの、国軍や諸侯軍の軍人や騎士に対して何の権限も無い以上、彼等にここで一緒に戦え!とは言え無いのだ。
しかも、逃げ出したとは言え彼等は徴兵された一般人では無く、訓練を受けて来た職業軍人だ。そうした職業軍人からも戦場から逃げ出す連中が出る程この戦いは今までにない異常事態と言えるのかもしれない。
ロームスの謝罪にミシェルは頷くだけで何も答えない。いや、疲労から応える元気が無いのだ。
「ロームス、お前のせいじゃない。折角生きてここまで来られたんだ。もう少しで要塞に辿り着くんだから頑張ろうぜ」
直近に迫るオークの群れを撃退してどうにか確保出来た小休止。俺は罪悪感からかミシェルに詫びるロームスにそう言って励ました。疲労困憊なミシェルにこれ以上ストレスをかけたくないので彼女からロームスを引き離すためでもあった。ロームスはちょっと空気を読まないところがあるからな。
「ああ、そうだな。要塞にはソフィア殿下も在わすから是が非でも要塞に辿り着かなくては。それにこっちには勇者も英雄もいるから怖い物なしだ」
ん?勇者はわかるけど、英雄なんていたか?そんな疑問を抱いた俺にロームスは苦情を浮かべた。
「お前の事だよ、ホルスト。お前は俺の実家の領地と領民達を魔物の大群から守ってくれた恩人で英雄だ」
「そうよ、ホルストは私の生まれ故郷の街も海賊から守ってくれた英雄よ」
俺の傍らにいたメリッサもロームスに続いてそんな事を言う。まぁ英雄と書いてヒーローと読ませる事もあるから強ち間違いではないのか。
「じゃあ、その英雄がいるんだから大船に乗ったつもりでな!」
俺はそう言うと照れ隠しもあってロームスの背中をバンッと叩き、ちょっと力が強かったのかロームスはゲホッと派手に咽せた声を上げた。
〜・〜・〜
魔物の群れ、その第2波はオークにオーガ、トロールといった大型人型魔物が大多数を占めるけど、ゴブリンやコボルトも含まれて混成群ともなっている。
ロームスによればこの第2波が最前線の戦線を抜いて西方同盟軍の後方陣地に襲いかかって来た当初、ジギスムンド王国派遣軍は前線からの情報とランボルト将軍の独断による迎撃態勢がどうやらギリギリ間に合ったそうだ。
とはいえ、それは"どうにか""取り敢えず"といったレベルで万端とは言い難く、しかも例の魔物爆弾により将兵は動揺して浮き足立っていたと言う。
そんな状況な中、魔物群第2波との迎撃戦は始まり、魔物爆弾によって早くも陣形に穴が空く。ゴブリンの魔物爆弾が手榴弾くらいだとすればオークの魔物爆弾の威力は迫撃砲くらいになるだろうか。
一体のオーガを騎士達が倒して息の根を止めるも、次の瞬間にもオーガの身体は騎士達を巻き込んで爆発。そんな戦闘が各所で展開され派遣軍将兵は次第に戦意を喪失する。その隙をついて魔物が更に押し寄せ味方が押される事となる。
そうして派遣軍は戦闘開始直後から甚大な被害を受けてしまっていた。
そしてその穴からゴブリンやコボルトの小群が陣内に殺到。騎士団の剣によりその数を減らされながも素早い3体のゴブリンが奥深くへの侵入に成功、そしてその3体が更に指揮所となっている派遣軍司令部の天幕に突入して爆発した。
この爆発によりランボルト将軍を含む派遣軍司令部は全滅した。総指揮官を失った派遣軍は上からの指示が無いまま各所の中級指揮官が個別に戦闘指揮を執る状態となり、互いに連携出来ないまま数と勢いを増す魔物群により各個撃破され、遂に魔物群を抑えきれず戦線が崩壊してアルビオン要塞へ潰走を始めた。
おそらくこうした状況はジギスムンド王国派遣軍だけではなかっただろう。他の同盟国軍でも同様な有様で、上空100メルテ程に滞空させているホッパーからの映像ではカブラチッド回廊の西側其処彼処で爆炎が上がっており、それが徐々に着実にアルビオン要塞に近付いていた。
そうした友軍にとって最悪とも言える戦場に勇者がいて仲間と共に戦い続けていたとしたら、どうだろう?
「勇者様だ、風の勇者様がいるぞ!」
「我々にはまだ勇者様がいるんだ!」
うおぉぉぉーっ!!
それは敗走する将兵達にとり絶望という暗闇に差す一条の光明となるだろう。敗残兵達はその光に集い始め、勇者クリスは勇者故に彼等を見捨てて自分達だけ撤退する事は出来ない。
「ホルスト、済まないがここでお別れだ。勇者たる僕はここで彼等を見捨てる事は出来ないよ。ここまで僕達を導いてくれて有難う。君がいてくれなければ今の僕達は無かった。どうか君達はこのまま要塞まで下がってソフィア殿下をお守りして欲しい」
はぁ、やはりそうなったか。
クリスにこう言われ勇者パーティのメンバー達を見れば、ディックは覚悟を決めた表情を、ゾフィとマリーは覚悟と諦めの入り混じった顔をしている。ミシェルは顔を伏せていて窺うことが出来ない。
と、ゾフィとマリーにミシェルが俺の元へと寄って来る。
「その、ホルスト。折角あなたの恋人になれたけど、ここまでみたい。あなたと過ごせて本当に幸せだったわ。ずっとあなたと居たかったけど、どうかホルストは私達の分まで生きて、アイーシャやメリッサ達と幸せになって。愛してるわ、ホルスト」
「ホルスト兄さま、兄さまを裏切った私を赦してくれて、また恋人にしてくれて本当にありがとう。私は兄さまの婚約者になれて、恋人になれて、兄さまに愛されて幸せでした。心から愛してます、兄さま」
ゾフィとマリーは俺に抱き付くとそう言って俺に別れを告げた。「弓聖」も「剣聖」も勇者を補佐する「能力」だ。勇者クリスがここで戦うと決めたならば共に戦うしかないのだろう。そうした「能力」の無い俺には彼女等のそうした心理はわからない。おそらくここで俺が一緒に逃げようと言っても彼女等は否とするだろう。彼女等の「能力」にはそうした仕掛け?プログラム?が仕込まれているのかもしれない。
全く、クソ神が!どれだけ俺に迷惑かけるんだ?俺はゾフィとマリーに「能力」を授けたアプロス神とやらをぶん殴ってやりたくなった。
「ホルスト様。遂に私を恋人の一人に加えては下さいませんでしたね。もう少しだと思っていたのに、この事態に口惜しい限りです。ですが、これが運命というものなのでしょう。ホルスト様、お慕い申しております。どうかご健在でいて下さい」
ミシェルが顔を伏せたまま俺に告白と別れを告げる。そして顔を上げるとその表情は悔しそうな泣き笑い。
そんな3人を見てアイーシャとメリッサは不思議そうな表情で互いに顔を見合わせる。彼女達のその様子を敢えて言語化するならば「どうしちゃったの、3人とも?」といったところだろうか。2人はこれから俺がどういう行動に出るのかわかっているのだ。
"で、どうするの?ホルスト、まさかこの娘達を見捨ててお姫様を追うなんて言わないわよね?"
メルもわかっててそういう事を訊いてくるんだからな。
“俺がそんな事する訳無いだろ?自分の恋人は死んでも守るさ“
念話でそう伝えるとメルはベビースリングからひょこっと顔を出す。
"そうね。それでこそ私の旦那様だわ"
そして俺を見上げると、嬉しそうにニャアと鳴いた。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




