第134話 歌う親衛隊、更に北へ
西方同盟条約の規約によれば、ローメリア帝国皇帝はカブラチッド回廊における魔王国群との有事に際し西方同盟軍における最高意志決定者となる。故に現皇帝リチャード・ライオネルは御前会議にて自軍の武将と西方同盟各国から派遣された同盟軍の司令官達に対しアルビオン要塞線への前進を命じた。
要塞線後方の丘陵地に集結していた派遣軍は宿営地を引き払い進軍を開始。俺達親衛隊もソフィア殿下を守りつつ、ジギスムンド王国軍の主力と共に要塞線に向かった。
皇帝リチャード・ライオネルが西方同盟軍の進軍を決めたのは魔王国軍が大規模な戦力を自軍の要塞に集結させた事、カブラチッド回廊中央に設定された緩衝地帯を越えて魔王国軍が挑発行動に出た事、そして更に間も無く冬が訪れるためだと思われる。
カブラチッド平原はこの大陸の最北辺だ。この世界に転生してからこの世界の世界地図を父の書斎やギルド支部・本部の資料室で見た事がある。それは大まかで、大雑把で、例えるならば「プトレマイオスの世界地図」って感じだった。
それらはこの大陸の西方地域と樹海が中心に描かれ、西の海、南の海とその彼方のタスタリカ大陸北部、東の魔王国群が申し訳程度に付け足され、言ってみれば「自分達が知る世界」の地図といったところだろうか。
そこには当然緯度や経度なんかの記載は無く、こうした世界地図を見る限りではこの惑星におけるこの大陸の位置はわからない。
じゃあ位置を測定すればいいんじゃないか?と思った時が俺にもありました。丸谷先輩から譲られた知恵の杖には錘を付けた糸を指からぶら下げ、星座の位置から緯度や経度を測定する方法も記録されていたからね。
ところが、だ。いざ測定しようとしたらこの世界には北極星なんて無いし、そもそも見知った星座が見当たらない。知恵の杖にあったのは飽くまで前世での測定方法だったのだ。異世界の星座では全く役に立たなかった。
という訳でこの大陸の緯度経度はわからない。しかし、大陸西方地域北部の冬がかなり寒いという事を俺は身に染みて知っている。何故ならば俺の実家領地は山深い盆地で、冬になれば雪が軽く1mは積もり、近くの湖は結氷するのだ。
それは山奥だからでしょ?と問われたならば、まぁそれはそうなんだけど、ラースブルグの冬は雪祭りが名物。なんなら王都だって冬はすっかり雪化粧になるんだ。
王国でも南部のナヴォーリ辺りは温暖な気候で冬でも過ごしやすい。だけどジギスムンド王国の北部は概ねそんな感じだ。という事はその更に北に位置するローメリア帝国はもっと寒冷な事は請け合いだろう。
カブラチッド平原は古来から続く戦乱によって森林はすっかり破壊されて失われ、草や灌木が茂る荒地になっている。そんな冬のカブラチッド平原に冬将軍が幅を利かせたら冬のロシア平原みたくなるんじゃないだろうか?
ジギスムンド王国はそもそも大陸南部で起こった王国だ。そのため雪深くなる北部にまで版図が広がっても文化は南部様式で、王国軍は冬季の戦闘が得意とは言えない。冬のカブラチッド平原での戦闘はローメリア帝国軍に頑張って貰うしかないかな。
〜・〜・〜
宿営地にしていた丘陵地から前進する事暫し、派遣軍はカブラチッド平原に足を踏み入れた。大陸西方の人類領域と東方の魔族領域とを繋ぐため回廊とも言われるこの平原、一言で言うと、
「…殺伐としてるわね」
今や愛馬となった黒い雄馬リントヴルム号に跨る俺の傍らで、同じく騎乗するメリッサがカブラチッド平原を見渡すと呆れたような感想を呟いた。
確かに、季節は晩秋となり一面に生える背の高い草は枯れ灌木の葉は落ち、この辺りの風景は色彩的に茶色だ。見上げれば雲は低く陽射しを遮り、動くものは風に靡く枯れ草と進軍する友軍部隊ばかり。何とも殺風景というか、殺伐とした光景が広がっている。
「確かにな。ナヴォーリは空に海に山に色彩が豊かだったもんな」
「本当、そう!冬だってこんなに寒くないし」
「まだ終わりとは言え秋だけどな」
メリッサはそう言うとロングコートを着込んだ身体をぶるっと振るわせた。
南部は海辺の都市ナヴォーリで生まれ育ったメリッサから見れば、カブラチッド平原は人の住む場所とは言えないのだろう。
「ねぇホルスト、この依頼が終わったら一度ナヴォーリに行きたい、一緒に。いいでしょ?」
ナヴォーリ。海辺の景色、豊かな海の幸、旨い料理に酒、陽気な市民達にババール山の温泉。こうして寒く殺伐とした大陸最北辺地の戦場に身を置くとナヴォーリが思い出されるよ。
「そうだな。みんなでナヴォーリに行って休暇を満喫するか!」
「本当?約束だからね!」
嬉しそうにメリッサは顔を綻ばせる。可愛い。
〜・〜・〜
そして遂にアルビオン要塞線に俺達は到着した。俺達の目の前には白い城壁の大アルビオン要塞が聳え立つ。
ローメリア帝国内で産出される白っぽい泥岩により築かれたこの要塞、築城以来魔族から人類とその領域を守り続けている。そのためこの要塞は人類を守る白い城壁と呼ばれ、ローメリア帝国の国民から絶対の信頼が置かれているそうだ。
要塞の構造としては中央に主構造体となる本丸があり、その本丸及び周囲の建物を五角形の高く分厚い城壁と幅広く深い水堀が囲っている。つまり、大アルビオン要塞は巨大な五稜郭という事となる。
要塞はそれだけではなく、大アルビオン要塞を中心として左右に、それぞれ位置的に前後して4つの小要塞築かれている。地図上でそれぞれの要塞を繋ぐと、それはあたかもカシオペア座のようになり、其れらをアルビオン要塞線と呼んでいる。
五角形の城壁は5つの城壁が連携して上方から双方からの防衛が可能だ。それは鉄壁の防御を誇り、俗に「アルビオンの三連覇に死角無し!」と言わしめていた。因みにこれは大アルビオン要塞が3回魔王国軍に包囲され、3回とも見事撃退している事に由来しているそうだ。
そうした要塞なんだろうけど、それ故にここでは古来幾万のヒト族、獣人族、妖精族、竜人族、そして魔族の命が失われた事だろうか。平原の向こうの魔族側も同様だろうけど。
(古来 唯見る白骨黄砂の田、か)
唐代、李白は漢と匈奴との戦いをこう詩に詠んだ。北へと向かう漢の兵士も南下する匈奴の戦士も果たして古来幾人か帰る征戦に何を思っただろうか。
時も違えば場所も世界も違うとは言え、今もこんな冷たい秋風吹き付ける曇天で気が滅入りそうな行軍だ。
「ここで戦意高揚の歌でも歌えば気分も揚がるんだろうけどな」
「だったら歌ってよ、ホルスト。私、ホルストの歌聴きたい!」
殺伐とした風景にどんより重い空気に思わず呟いた言葉がしっかりメリッサにも届いてしまったようだった。
"私も聴きたいわ。周りも滅入っているみたいだし、気分が変わっていいじゃない?"
メルも念話で俺にそう促す。
「よし、いっちょパァッと明るく勇ましい歌でも歌うか?」
「みんなぁ、ホルストが歌うってさー!」
メリッサが馬上から大声で周囲に聴こえるように告げると馬車の中でティグル達が「ホルストさんが歌うって?」と騒ぎ始め、周囲の者達も何だ何だと注目し始めた。
メリッサよ、恥ずかしいから止めて欲しかったけど、もう今更止められない空気になってしまったぞ。
俺は馬上居住まいを正すと、大きく息を吸ってから声が遠くまで響くよう魔力を込めて歌い始める。
♪「親衛隊は進む 戦場に向かい嵐の中を道無き道を
愛する祖国 愛する家族を守るため
我等は精鋭 必ず破らん魔族の軍勢 魔王の心臓
撃ちてし止まん この命果てるとも
我等に討てぬ敵は無し」
明るく勇ましくテンポ良い曲調で、愛国心に訴える勇壮でいて、ちょっと悲愴感も含む歌詞にしてみた。
「ホルスト、凄くいい歌ね!何か勇気出た感じ」
「兄貴、それ俺達の歌ですか?」
「ホルストさん、凄いです。私も歌います!」
メリッサや隊員達からの評価は上々なようで、この後皆で何度も歌って気勢を上げた。
曲名は、そうだな、『征途』とでもしておこうかな。実は親衛隊が出来た時に親衛隊の歌を作っておいたんだよね。
この歌の良い所は歌詞が短く簡単で勇ましく憶えやすい点だ。更に言えば「愛する祖国」を入れた事で誰もが抱く愛国心のみならず、そこにそれぞれが国王や主君、所属する集団や郷土、崇める神や教団を思い浮かべて感情移入出来る事(多分)。
そして何よりも、この歌は"親衛隊"の部分を、例えば大は"遣ローメリア派遣軍"から中は"白百合騎士団"や"第1騎士団"や"〇〇家騎士団"、小は"〇〇小隊“等に変えれば忽ち自分達の軍歌にする事が出来るのだ。
すると、やはりまずはもっとも近くにいる白百合騎士団のアマーリエ分遣隊隊長が反応。
「先生、その歌は親衛隊の歌ですか?」
「まぁそうだけど、どうだった?」
「とてもいい歌です。聞いていて勇ましい気持ちになれました。流石は先生です!」
もう白百合騎士団の中では、俺の事はすっかり先生呼びになってしまったんだな。まぁそれはそれとして、
「この歌は親衛隊を白百合騎士団に変えて歌えば白百合騎士団の歌になるんだよ」
そうと聞いて早速歌うアマーリエ隊長、それを聴いて盛り上がる騎士のお嬢様方。
そしてそれをたまたま近くを行軍していた陸軍常設第1騎士団所属のとある小隊長が聴き止め、盛り上がる白百合騎士団員に「その歌は何か?」と尋ねて自らの小隊名にして歌い、その歌を聴き止めた同僚が以下略。
俺が歌った『征途』はさざ波となって周囲に広がり、やがて大きなうねりとなって派遣軍、更には西方同盟軍をも巻き混んで否が応にも友軍の戦意を高めたのであった、んだってさ。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




