第130話 白百合騎士団との和解
フォートセプトでは思わぬ旧友との再会もありつつ、翌日には更にローメリア帝国目指した行軍が再開された。
荒れていた天候は翌朝には回復し、秋の青空の下で馬上手綱を取りつつ周囲を見渡せば、街道の両側は色付き始めた広大な麦畑。
田んぼと違い麦畑は耕地を平坦にする必要が無いため所々が丘状になっていて、水田風景よりも起伏のある変化に富んだ田園風景を作り出している。俺的には前世でお馴染みな水を張った初夏の水田や稲穂が垂れる秋の田の景色が好きなのだけど。もう見る事が出来ないのが残念だ。
変わり映えのない田園風景に飽きて来て、やや緊張感も緩む。そんな時には色々と取り止めの無い事を考えがちだ。
昨日は旧友のロームスと再会した。ロームスは陸軍常設第1騎士団に所属している訳だけど、確かその騎士団には俺の次兄のアイク兄も所属しているはずだった。という事は昨日はフォートセプトの城塞に次兄アイクに三男の俺、長女のエミリーとヴィンター騎士爵家兄弟の内長兄フランツを除く3人が揃った事になるな。まぁ俺は既にヴィンター騎士爵家を追い出された身だからあまり関係は無いけれど。
ならば、そのうちアイク兄とも顔を合わせる事だってあるかもしれない。アイク兄はフランツ兄ほど露骨に俺を嫌うような事は無かった。しかしだからといって決して好かれてもいなかったし、俺の味方でもなかった。
どうして俺が双子の兄達にそうまで嫌われたものか、今となってはわからないし、今更どうでもいい事だ。恐らく父か母か或いは両方かが兄達に兄弟が団結しないよう何か吹き込んだと俺は見ているのだけど。
ゴソゴソと俺が襷掛けにしているベビースリングの中で白猫姿となっているメルが動き出す。すると、メルはひょっこりと可愛い顔をベビースリングから出して俺を見上げた。
そう言えば従軍中だからここ何日か美少女女神バージョンのメルを見ていない。最後に美少女女神バージョンのメルを見て接したのは従軍のため王城に入る前の晩だ。その夜は暫く猫の姿だからとメルはベッドでメチャメチャ甘えて来て熱い夜を堪能したのだった。乱れるメルを思い出しちゃった。
"ねぇ、何か恥ずかしい事思い出してるでしょう?まぁ変にネガティブな思いに耽るよりは余程いいけど?"
メルが念話で話しかけてきた。
"よくわかるね"
"そりゃあね、私はホルストの正妻ですからね。夫の考えている事くらいわかるわ"
流石、何でもお見通しなんだな。
"尤も、ホルストはすぐ顔に出るからわかりやすいというのもあるけどね"
どうもメルとの熱い夜を思い出したら表情に出たようだな。
"そんなスケベな顔になってたか。気を付けるよ"
"そうして?ホルストのスケベったらしい顔、妻として他人に見られたくないんだから"
俺が不仲な次兄について思い出して沈んだ気分でいるのを察してメルは話しかけて来たのだろう。お陰で少し晴れた気分になれた。
"ありがとう、メル。愛してるぜ、奥さん"
"私もよ、旦那様?"
うむ、メルは美しく可愛く、よく出来た三国一の嫁さんだ。
そうこうしている内に太陽はすっかり高くなり、間も無く昼の大休止だ。さて、昼飯はフォートセプトで買出しも出来たから、小麦粉を練ってスープに入れた水とんでもつくろうかな。
〜・〜・〜
フォートセプトを出てからの行軍は順調に進み、その後、2つの市と城塞を経由して王都を出発してから1週間。間も無くローメリア帝国との国境の町へ到着する。
この国境の町はジギスムンドーローメリア間の2国間貿易が行われているため、大小の商会や税務・外交関係役所も出張所を出していて、町というよりかかなり規模は大きい。
ローメリア帝国への派遣軍は国境の町テルミナスには入らず、まずは国境よりも10リーグ程下がった陸軍駐屯地に入り、翌々日の国境越えに備える。まぁ援軍とはいえ外国の軍隊で王族もいるから色々と面倒な手続きがあるのだろう。
ところで、駐屯地と基地ってどちらも軍事施設だけど何が違うのだろうか?俺も良くは知らなかったけど、前世でのアクションヒーロー研究会のミリタリー好きな先輩に依れば陸軍は駐屯地と呼び、海空軍は基地と呼ぶのだそうだ。
駐屯地って英語にするとcampなのだそうだけど、campってあの山や河原でテント張って肉焼いたりするキャンプの事でもあるんだな。要するに陸軍は戦争では師団や連隊ごと移動するのが前提で、移動した先々の地に駐まりテントを張って屯するから「駐屯地」なんだってさ。キャンプも翌朝には飯食ったらテント畳んで移動するしね。
この世界でも陸軍のそうした事情は同様で、この国境のテルミナス駐屯地も恒久的な施設は司令部、兵舎、武器庫、厩舎など必要最低限しか無く、この駐屯地に入った派遣軍も上はソフィア殿下やランボルト将軍から下は兵士や雑用の軍属までテントを張って寝泊まりする事となる。尤も、殿下や将軍らが入るのは天幕と呼ばれる豪華なものだけど。例えれば俺達がキャンプなら殿上人方はグランピングって感じか。
〜・〜・〜
テルミナス駐屯地は演習場も含む広大な敷地を有する。そのため何処でもテントは張り放題だ。しかし、俺達親衛隊はソフィア殿下の護衛という任務があるため、ソフィア殿下の天幕近くに自分達のテントを張った。それに対する白百合騎士団からの妨害は無い。
ソフィア殿下の天幕の更に近くには白百合騎士団のテント群が張られている。
王都で険悪な関係となった親衛隊と白百合騎士団だけど、この1週間程の行軍の間に随分と打ち解けた関係になっていた。
先に打ち解けたのはアイーシャとメリッサだった。2人ともコミュニケーション能力は高いし、貴族の作法にも通じているからそこら辺は得意なのだろう。
また、妹のエミリーが白百合騎士団の騎士や従者達に親衛隊と打ち解けるよう根回しをしてくれていたのだ。白百合騎士団の騎士や従者達は下級貴族出身者が多い。彼女達は自らも辺境の騎士爵家出身であるエミリーとは互いに共感するものがあったようで、行軍が始まる前から仲良くなっていたようだ。
「ごめんな、エミリー。面倒かけて」
「本当だよ。全く、お兄さまはいっつも揉め事起こして世話が焼けるんだから」
後に俺が感謝を伝えると、エミリーはそう言ってプンスカ怒っていた。だけどそれだと俺がまるで親族に1人はいる厄介者みたいだな。
更にソフィア殿下が度々行軍の夕食後に親衛隊と白百合騎士団を呼んでお茶会を催した。ソフィア殿下としては自分を守る者達が不仲であるというのは気がきでは無いのだろう。
そうして徐々に両者が打ち解けてゆくと、実は白百合騎士団にはケモ耳好き女子が多い事がわかった。というのも、彼女達からティグル、ケント、ジグに注がれる視線が熱いのだ。更にはリグをじっと見詰める騎士もいたりして(ショタケモナー?)、いつの間にか打ち解けていないのは俺とアマーリエ嬢のみという事態になっていた。
すると、ソフィア殿下から直々に俺とアマーリエ嬢に和解が促されてしまった。それは実質上のソフィア殿下からの命令でもある。俺とアマーリエ嬢はソフィア殿下の見守る中、みんなの前で互いに謝罪し合うという喧嘩した小学生のような事をするハメになってしまったのだ。
「き、貴殿等を故無く愚弄し、平民を見下すような発言をした事、大変申し訳ありませんでした」
ソフィア殿下の視線を受けてアマーリエ嬢が先に謝罪の言葉を口にする。王城で先に仕掛けたのがアマーリエ嬢だったからだろう。
そしてソフィア殿下が目が笑っていない笑顔を俺に向ける。はぁ、俺の番か。
「私も売り言葉に買い言葉とはいえ、貴騎士団に対しておもちゃの兵隊だとか騎士ごっこだとか侮辱する言葉を使った事を謝ります。大変申し訳ありませんでした」
「はい、これで仲直りね?」
ソフィア殿下が俺とアマーリエ嬢に和解を確認するように尋ねる。
「「はい」」
「大変宜しい。今後も卿等の益々の忠節と精勤を期待します」
くっ、初対面の時は泣きべそかいたくせに、いつの間にかすっかり王女様だな。
これで親衛隊と白百合騎士団との諍いは正式に手打ちとなった。ソフィア殿下が直々に促した和解だ。なので折角だからそれを更に確実な物にしておくとしよう。
俺は内懐に手を入れ、亜空間収納から本を一冊取り出すと、それをアマーリエ嬢に差し出した。
「これは?」
「王城に勤める女性の間で人気だと聞いています。昵懇の証に差し上げます。宜しかったらお受取下さい」
アマーリエ嬢は訝しむように小首を傾げると(あ、結構可愛い)俺の手から本を受け取った。
「え?」
そしてその表紙を見て目を見張ると表紙を開き、
「えぇ⁉︎こ、これは『美少女騎士ヒルデガルド 天に代わって不義を討っちゃうわよ?』、私はこの小説の大ファンなんだ。しかもその続編だと?ど、どうしてそのような物をホルスト殿が持っているのだ?」
アマーリエ嬢の声に白百合騎士団の面々がざわざわと騒ぎ出す。え、そんなに人気あるの?これって。
「どうしてって、『美少女騎士ヒルデガルド』は俺が書いた話だから。当然、続きだって書きますよ。まだ未発表ですが」
ソフィア殿下の天幕内に更に白百合騎士団の驚愕の声が響くいた。
「そっ、そんな貴重な物を私に譲ってくれるのか?ホルスト殿、誠に、誠に有難う」
アマーリエ嬢はそう言うと『美少女騎士ヒルデガルド』を至福の表情で胸に掻き抱いた。
と、いきなり俺はプラチナブロンド三つ編みのクール系美人騎士に両肩を掴まれ揺すられたのだ?
「あ、あなたが本当に『美少女騎士ヒルデガルド』の作者なのですか?そうなんですか?そうなんですね?」
この俺に気付かれずに至近距離まで接近し、あまつさえ両肩を掴む、だと?加速か?それとも縮地か?白百合騎士団、侮りがたし。くっ、脳が揺さぶられるぜ。
「ちょっと、止めなさいよ!ホルストさんから離れて!」
皆が呆気に取られる中、いち早く「夜明けの星」のエマが間に割って入り、プラチナブロンド三つ編みを遠ざけてくれた。ありがとう、エマちゃん。
このプラチナブロンド三つ編み嬢はソフィア殿下身辺警護分遣隊の副隊長で、シンシア・ブランデル伯爵令嬢。何でも『美少女騎士ヒルデガルド』の大ファンなのだそう。その大好きな小説の作者が目の前にいる俺と知って一瞬我を忘れてしまったのだそうだ。
「大変失礼しました。お恥ずかしい」
と、シンシア・ブランデル副隊長は真摯に俺に謝った。しゅんとなって上目遣いにこちらをチラ見するクール系美人も乙なもの、と思ったあたりで複数の鋭い視線が刺さってきたので思考を放棄。
結局、この事があって親衛隊と白百合騎士団との蟠りは木っ端微塵に吹っ飛び、以降の両部隊はソフィア殿下の元で極めて友好的に、互いに協力し合って任務に励んでいる。
しかし、ソフィア殿下も化けたものだ。見た目は美しくも可愛らしい未だお姫様然としているものの、この人身掌握術はなかなかどうして大した物だ。流石は「魔女」の能力を授かっただけはあるという事だろうか。俺から式神を貰って大喜びしていたのが遥か昔に感じるな。
「ホルストお兄さま、何か?」
というような事を考えていると、そのソフィア殿下の声で我に帰る。
「いえ、ちょっと考え事をしていたもので」
「すぐ考え事に耽るのはお兄さまの悪い癖ですよ?ねぇ、エミリー」
「そうです。今は戦争中なんだからシャキッとしてよね」
「態々呼び出しておいて2人して俺の悪口か?」
ここはテルミナス駐屯地。ソフィア殿下により親衛隊と白百合騎士団が和解した翌日の昼過ぎ。俺はソフィア殿下から天幕まで来るよう呼び出された。何事かと思って来てみると殿下と妹からああだこうだと言われる始末。
「ホルストお兄さま、アマーリエ隊長やシンシア副隊長に『美少女騎士ヒルデガルド』の続きをお渡しになって可愛い妹分にはありませんの?」
「可愛い可愛い妹にもよ?」
ソフィア殿下、一体いつ俺の妹分になったんだか。まぁいいんだけど。要するに自分にも寄越せという訳だな。
俺は亜空間収納から『美少女騎士ヒルデガルド』の続編を2冊取り出すとお二人に差し出す。
「謹んで献上致します、お嬢様方」
「「やったぁ!」」
本を抱きしめて喜ぶ主従。今は天幕に俺達3人しかいないからいいけど、王族がそれじゃダメだろう。まぁ、しかし、王族としてその能力の片鱗を見せ始めたソフィア殿下が未だ妹と共に少女らしさを失っていない様を見るに安心しつつも、こう思わざるを得ない。
まだまだだね、と。
因みに10冊持って来た『美少女騎士ヒルデガルド』の続編は残り6冊となり、それらも結局白百合騎士団の皆さんに供出することとなった。書いた作品が求められるのは作家冥利に尽きるからいいのだけどね。そして何故か俺は白百合騎士団の皆さんからは「先生」と呼ばれるようになっていたとさ。
明日はいよいよ国境線を越えてローメリア帝国内へと進む。そこから予定戦場であるカブラチッド回廊の要塞までは更に2週間を要するらしい。いや、遠いな。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




