第126話 自由裁量権
王都の冒険者ギルド本部、その2階にある貴賓室。俺達「猫連れ」パーティはハインシャルタット殿下の代理人達と応接テーブルを挟んで向かい合っている。立ち合いはギルド本部のギルドマスターと本部職員の書記だ。
王宮側はハインシャルタット殿下の側近の一人とされるブラーシュ子爵、それに何とソフィア殿下と殿下の側近となっている我が妹エミリー。
ソフィア殿下の参加は想定外だ。ブラーシュ子爵と入室して来たソフィア殿下は俺を見ると微かに悪戯っぽい笑みを浮かべた。エミリーなんかウィンクまでして見せたものだ。交渉相手が俺だからだろうけど、王族の側近がそんな事しちゃダメだろう。
ブラーシュ子爵はハインシャルタット殿下の派閥における重鎮であるハインシャルタット伯爵の次男で25歳になるそう。殿下の秘書長を務めているとアイーシャから念話で伝えられた。
荒事には向いてなさそうな中肉中背、顔立ちは整っていて理知的なイケメンだ。ハインシャルタット殿下の側近だけあって他者を故なく見下すような様子は見られない。話が通じそうな御仁だけど、さて、どういった展開になるのやら。
ギルド本部のギルドマスターは官僚然とした痩身の中年男性で、聞いたところによると冒険者出身ではなく、元は法服貴族の子弟でギルド本部の幹部職員となり激烈な競争を勝利して現在の地位を築いたのだとか。
俺も上位金級冒険者なので王都に来て以来何度かギルマスとは顔を合わせている。しかし、立場上俺に何か暴言吐くとか嫌味を言うとかは無い(他の職員も言わないけど)ものの、自分達が斡旋する貴族や大商人からの依頼を悉く断っている俺を快く思っていないのは確かだ。なので今日も俺とは全く目も合わせず話しかけもしない。今は第3王女やら王太子の側近やらがいるためかひたすら空気と化している。
〜・〜・〜
交渉は双方の簡単な自己紹介を済ますと早々に始まった。まずは事前に渡されていた依頼内容等の確認作業から。そして不明な点の質疑応答となる。
「近衛騎士団には女性騎士のみで構成される「白百合騎士団」がある。実は白百合騎士団からもソフィア殿下の護衛に1個分隊が派遣されるのだ」
まぁそうだろう。ソフィは国王の名代で派遣される王族なんだから。いや、って言うか、近衛から女騎士団が護衛に派遣されるならそもそも俺達は必要無いんじゃないか?何か余計な軋轢を産むだけだし。
ブラーシュ子爵の話しでは、やはりと言うべきか、その白百合騎士団とやらはソフィの護衛に冒険者が関わる事に大反対なのだそうだ。
「それって殿下の前で言っていい事なんですか?」
「あ、構いませんよ?当然私も知っている事ですから。それにお兄さん、エミリーがいるからここでは誰も隠し事出来ませんから」
ソフィとエミリーは視線を交わすと「ねー」と頷き合う。
いやいや、ソフィア殿下よ。プライベートじゃないんだからこんな席で俺の事を「お兄さん」なんて呼んだらダメだぞ?ブラーシュ子爵も苦笑いだ。
「では私達は必要無いという事ですね?」
「いやいや、そうではない。これは王太子殿下が既に御裁可された事だ。いくら近衛騎士団がゴネようが覆る事は無い」
アイーシャの言葉をブラーシュ子爵は焦ったように否定した。
「しかし、それではその白百合騎士団から私達の活動が妨害される恐れが有ります」
メリッサがそこに爆弾を投下。だけど、これは俺達の誰しもが懸念するところだ。
規模的にソフィア殿下護衛の主力となるのは白百合騎士団。しかし、これだと白百合騎士団の風下に立たざるを得ない俺達は従軍中の兵站の調達、施設利用、移動手段確保等々で足を引っ張る嫌がらせならまだしも、深刻な妨害を仕掛けられる可能性が大だ。
「残念ながらその恐れは十分ある。そこで王太子殿下を始めとする我々も一計を案じ、この依頼に関してホルスト殿に自由裁量権を与える事にした」
自由裁量権、つまりはこの依頼、即ち従軍中のソフィア殿下護衛に関して俺の裁量で何をしても良い、という事か。
これだと俺達は、例えばソフィア殿下護衛に際して冒険者パーティではなく独立した部隊を、つまりソフィア殿下直轄部隊を立ち上げる事が出来、白百合騎士団の指揮下での活動を防ぐ事が出来る訳だ。
従軍中の必要な物資はどの道少数となるから支度金があればそれで賄えば良い。俺には亜空間収納があるから物資の搬送は問題無い。
王太子が裁可した自由裁量権だから白百合騎士団が何を言っ来てもスルー可。俺達とソフィア殿下の連絡が白百合騎士団の妨害で断たれる事も無い(式神もあるしね)。国内でもローメリア帝国内でも施設利用には独自に相手方と交渉する事が出来る。
「なかなかの妙案ですね」
「そうだろう!実はこれを考えたのは私なのだ」
どうだ!と言わんばかりのドヤ顔。ブラーシュ子爵、最初とキャラ違わなくないか?もっとクールだと思っていたのだけど。エミリーがいて隠し事や嘘が通用しないから地が出た、とか?
従軍中の俺達の待遇や権限はブラーシュ子爵の提示した自由裁量権で概ね解決。では次の問題だ。
「ソフィア殿下は国王陛下の名代の他に「勇者パーティの補佐」がありますが、これに関してソフィア殿下は具体的に何をどのようにするのでしょうか?」
「勇者パーティは神から選ばれた「勇者」として魔族との闘いに赴くためアプロス教団からの派遣となり、派遣軍の指揮下には入らない」
建前として、神より選ばれた勇者は単独で神より授かった能力で魔王国軍と戦う事となっている。だが実際には国家を代表する勇者パーティでもあるので派遣軍と共に行軍するのだ。
「ソフィア殿下が行う勇者パーティへの「補佐」とは、各国からローメリア帝国に派遣されて結成される連合軍内における我が国の勇者パーティへの政治的な後ろ盾となる事。そして必要な助力を与える事となる」
「「勇者」の能力とは戦いの神アプロスから与えられた魔王を討つという使命を帯びる戦いの能力だ。これには当然宗教的権威が付随する。しかし、実際には勇者パーティは大軍の中の小グループであるため王権という世俗の権威が必要となるのだ」
うん、内容は理解した。問題は「必要な助力を与える事」だな。
「お願い、お兄さん」
と、そこでソフィア殿下が発言する。
「「必要な助力」は具体的には勇者クリス様のパーティへのフォローになります。クリス様達はまだパーティとしての経験が少ないですから」
ソフィア殿下の言葉をエミリーが継ぐ。
「ソフィア殿下従軍中の身辺警護は主として白百合騎士団が担います。だからお兄さま達にはソフィア殿下の裁量内で動く事が出来る部隊になって欲しいの」
「「「…」」」
エミリーの発言に俺達は黙って顔を見合わせる。やはりハインシャルタット殿下によって与えられる自由裁量権で俺達に小なりともソフィア殿下の手足となって動ける直轄部隊となれという事だ。護衛だけじゃなく。
例えばソフィア殿下がクリス勇者パーティを補佐するため前線に出た場合、当然俺達はその護衛のため前線に出なくてはならない。
例えば前線に出たクリス達に助力が必要とソフィア殿下が判断した場合、ソフィア殿下は俺達にクリス達を戦場でバックアップせよと命じる事が出来、俺達は下命によりクリス勇者パーティと共に魔王国軍と戦わなければならない。
やれやれ、俺は正義のために戦いたいのであって戦争がしたい訳じゃ無いし、俺は冒険者であり傭兵ではないのだけどな。しかもアイーシャとメリッサという大切な恋人達まで巻き込んでしまう。
するとそっと右手がアイーシャに握られて彼女から念話が伝わる。
"私達への気遣いは無用ですよ、ホルスト様"
次いで左手がメリッサによって握られる。
"私達は何処へ行くのも一緒だから"
更にメルからも念話が。
"いい恋人で良かったわね、ホルスト"
こうまか3人から背中を押された以上、俺も腹を括るか。
「エミリー!」
「は、はい」
俺が急に呼んだせいか、エミリーは上ずった声を上げた。
「お前もソフィア殿下とともに従軍するのだろう?」
「勿論。私はソフィア殿下の側近なんだから。お兄さま、ソフィア殿下と私を守ってくれるのでしょ?」
さも当然だと言わんばかりの口調だ。
「まぁ、俺はお前の兄貴だからな」
「お兄さま…」
暫し視線を交わし合う俺達兄妹。しかし、態とらしい咳払いで遮られる。
「ん、うん。お兄さん、私がいる事を忘れていませんか?」
「忘れちゃいませんよ、殿下。これから殿下をお護りするのですからね」
「フフ、良かったです」
俺は改めてブラーシュ子爵に向き直すと、この依頼を引き受ける旨を告げる。
「ブラーシュ閣下、我々「猫連れ」はこの依頼をお引き受けします」
「おおっ、そうか!それは良かった」
ブラーシュ子爵は喜色を浮かべて座っていた椅子から立ち上がる。
「断られる事は無いとは思っていたが、万が一という事もあったからな。これで従軍中の殿下の身も安全というものだ。王太子殿下もご安心なさるだろう。なに、報酬の方も支度金含めて期待してくれ給え」
ブラーシュ子爵はそう言うと機嫌良さ気に俺に右手を差し出した。王太子の側近ともなる伯爵家の次男が上級とはいえ平民の冒険者に握手を求めるなど異例で、本来無い事だ。まぁ、ここでその裏を推測するのは不粋だから止めておこうか。
俺も立ち上がりブラーシュ子爵の右手を握ると、ソフィア殿下護衛依頼の契約は成立した。
書類上はこれからになるけど、ギルドマスターは最後まで空気だったな。いや、悪いから立ち合いとして空気に徹していた、という事にしておこう、うん。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




