第120話 エマちゃんのホルスト観察日記①
私の名前はエマ、年齢は13歳。虎獣人の女の子です。私には兄がいて、名前はティグルといって年齢は15歳。
私達兄妹は3年前から王都近くの貧民街で暮らしていました。実は私達兄妹の父は貴族で、シーン家という領地を持たない法服騎士爵家でした。
今から3年前に父が病を得て亡くなると、私達の家はあっという間に叔父に乗っ取られてしまいました。母も既に亡くなっていて、叔父は兄を養子にして爵位と家督を継ぎ、兄が成人を迎え次第隠居して兄に爵位と家督を譲る事になっていたそうです。
しかし叔父は自分がシーン家の家督と爵位を継ぐと、私達兄妹を雇ったならず者に誘拐させて貧民街に捨て去りました。
そのまま私達を殺さなかったのは、叔父はきっと私達が貧民街で野垂れ死ぬと思ったからでしょう。小悪人の割に詰めが甘いところの有る男でしたから。
確かに顔に麻布を被せられたまま何処とも知れない場所に置き去りにされ、そこが貧民街と知った時は兄と2人途方に暮れたものです。
幸い、その一部始終を見ていた貧民街孤児グループのリーダーが私達を保護してくれ、そのグループの一員として生きる事が出来たのです。
私達も騎士爵家の生まれ育ちではあっても獣人だからか適応力があったのでしょう。兄も私も幼心にも貧民街で生きなければならないと覚悟を決め、生きるために必死で出来る事は何でもやりました。
勿論、自分を売るような真似はしませんでしたけど、いざとなった場合の覚悟はしていました。
兄と私が貧民に身をやつして2年が経過。虎獣人なので体力があって体格が良く、曲がりなりにも騎士爵の長男だったから剣も槍も使えた兄はその頃にはグループのNo.3にのし上がっていて、その恩恵にあずかった私もそれまでのように危ない事はしないで済むようになっていました。
そんな頃、私達を助けてくれた牛獣人のリーダーが敵対グループとの抗争で首を刺されて殺されてしまいました。
その後、その跡目争いが勃発してグループは分裂。そしてNo.2であった熊獣人の少年がグループ内の有力な子供達を引き連れて敵対グループに寝返り、そのグループに加わってしまったのです。
兄が率いる私達のグループは忽ち貧民街でも弱小グループに転落し、再び苦しく辛い生活に逆戻り。兄と銀狼獣人のケントが頑張って生活圏を守りましたけど、私達のグループは貧民街の更に奥へ逃げざるを得ませんでした。
そんな時、更に悪い事にケントの妹ミリーが胸の病気を発症したのです。
その病気は初期には微熱と倦怠感が続き、次第に咳き込むようになり、やがて咳とともに口から鮮血を吐くのです。遂には発熱と咳による呼吸困難と倦怠感から寝たきりになりました。
ミリーの病気は薬が効かず人に感染るもので、但し直ぐに死に至る病というものでもありません。空気の良い山や海の方で栄養素を摂取して安静にしていれば治るらしいのですが、現実問題として私達はお金なんか無い貧民であり、ここは湿気があって空気が悪い貧民街の最奥です。つまり、ミリーはこのまま病気が治る事は無く、遠からず死を迎えてしまいます。
ミリーの兄であるケントはこの時13歳。彼は優れた身体能力を持ち、他の孤児グループからも一目置かれる強者です。そんな彼がミリーの治療費を稼ぐために王都で行われる武闘大会に出て賞金を狙うと言い出しました。
ミリーの治療には沢山のお金が必要でした。お金があり、そのお金をミリーの療養に充てればミリーの病気が治るかもしれません。日に日に弱るミリーを見ているのは辛く、私達の誰もが無力です。
幾らケントが強くても流石に王都の武闘大会で優勝するのは難しいと内心誰もが思った事でしょう。でも誰も何も出来ない以上、誰もケントを止める事は出来ませんでした。
武闘大会の拳闘部門に出たケントは彼が持つ強みを生かした戦い方で相手を翻弄し、順調に勝ち続けました。しかし準々決勝で負けてしまい、その対戦相手に右肩を痛められてしまったのです。しかも主催者側からは貧民だからと十分な治療も受けられずに追い出されてしまいました。
兄に次いで強かったケント。その彼が右肩を痛めて戦う事が出来なくなった事を他のグループが見逃す筈がありません。この時、私達のグループはそれまで以上に潰滅の危機にありましたが、そんな私達の状況を首の皮一枚で救ったのは皮肉な事にミリーの病気でした。ミリーの病気が感染る事を恐れて誰も私達のグループに手出しをしなくなったのです。
しかし、それは他のグループが私達のグループを生かしておくという事ではありません。敵対グループ達はおそらくミリーが死んで感染の危険が無くなり次第、私達のグループを潰す事でしょう。そうなったら私達はどうなるのか?みんな袋叩きにあって殺されるか、良くて貧民街から追放されるか。女の子達は売春宿に売られたりするかもしれません。そうなったら自殺するつもりですが。
食べ物は既に尽きて無く、死も目前に迫っている。もう絶望しかない!そんな時です、あの人が私達の前に現れたのは。
冒険者のホルストさん!
彼は武闘大会でケントと準々決勝で対戦しただけなのに、その時ケントの様子から彼の窮状を見て取り、探し出して態々貧民街まで助けに来てくれたのです。
とは言え、突然現れたホルストさんをそのまま直ぐに信用するほど私達もお人好しではありません。でもホルストさんは警戒し、訝しむ私達に優しく声をかけて説得し、何とケントの肩を、そしてミリーの病気をその場で治してしまったのです。
その死を覚悟していた妹の病気が治り、ケントは喜びと感謝で感情のままホルストさんに縋り付いて泣きました。そんなケントを慈愛に満ちた笑顔(※エマフィルターがかかっています)で受け止めたホルストさん。
更に、な、な、何と私達を引き取ってこの貧民街から助け出してくれると言ってくれました。私は自分の耳を疑りました。
その後、私達はホルストさんや彼のパーティメンバーであるアイーシャさんとメリッサさんから本当に大切な物だけを身に付けるよう指示され、そのまま他のグループに悟られないよう貧民街から脱出しました。
ホルストさん達はそのまま私達を王都郊外にあるキャラバンサライまで連れて行くと、二張りの大きなテントを張り、それから私達はそのテントで1週間ほど生活する事となりました。
初めの夜、私達はこの急な事態の展開に頭が着いて来れなかったのか、或いはまだ不信感が抜けきれていなかったのか、まだ辺りを窺ったりしていました。
しかし、テント暮らしとは言え、そこには貧民街のように私達を脅かす悪い大人達や孤児グループは無く、私達を守ってくれるホルストさん達がいる。この安心感、安堵感。そして好きなだけお腹いっぱいに食べられる幸福感、満足感。
寝床は地面の上だからちょっと硬いけど、上等な敷物が敷かれて厚みのある毛布だから暖かくてちっとも気にならない。
やがてこれが現実だと、本当にあの地獄のような貧民街から抜け出せたのだと理解すると、漸く私達はこの現実を喜び合い、感謝する事が出来たのです。
でも、テント暮らしも3日目になると私は最初の頃の興奮が幾らか落ち着き、冷静さも取り戻す事が出来ました。そうするとやはり疑問が湧いて来るのです。ホルストさんはどうして私達を助けてくれたのか、と。
確かに兄が言っていたように、私達を助けたところでホルストさん達には何のメリットも無い。むしろ出費も馬鹿にならず損するばかりの筈です。
と言って私はホルストさんが私達を騙しているとは思っていません。それはホルストさんやパーティメンバーのアイーシャさんやメリッサさんを見ていればわかります。何と言っても私はあの貧民街で3年も過ごして来たのですから。悪い奴、騙そうと悪意を持つ奴は見ればわかります。
では、ホルストさんは全くの善意で私達を助けてくれているのでしょうか?そんな人が存在し得るのでしょうか?わかりません。
だったら直接ホルストさん達の誰かに尋ねれば良いのでしょうが、それはそれで怖いのです。容易に信じ難い事ですが、ホルストさん達が私達を損得無しの善意で助けてくれているのはわかるのです。ですが、そうではない答えが返ってくるのが怖い。
それと、私達が一体どこまでホルストさん達に甘えていいのか、どこまで頼っていいのか、その線引きもわかりません。図々しく甘え過ぎて嫌われたり拒まれたりするのも怖いのです。
突然だけど、ホルストさんはとても格好いい男性です。艶のある短く刈った黒髪と黒曜石のような黒い瞳。少し釣り目で目付きは鋭くてちょっと恐く感じる事もあるけど、その分笑うと笑顔が反則的に可愛い。高い背と均衡が取れて引き締まった身体。その佇まいと足の運びからかなり強者な気配を感じる。それでいて上品で、子供の扱いが上手く優しい。
そんな恩人であるホルストさんを信じたい、甘えたい。でも叔父に裏切られ、同じ孤児グループのメンバーに裏切られた記憶が私にそれを躊躇させるのです。裏切りは常に存在し、裏切り者は側にいるのだぞ、と。
だから私はホルストさんがどんな人なのか、よく見て聞いて見極める事にしたのです。
私達を貧民街の地獄から救い出してくれた恩人に対し、何て失礼で恩知らずなのかと自分でも思います。でも、私がホルストさんを信じて甘えるためには必要な事なんです。
そうして私はホルストさん達の庇護を受けながらホルストさんを観察する日々を過ごす事となりました。ホルストさんに、いえ、彼だけじゃなくアイーシャさんやメリッサさん、それに兄や仲間達にも悟られないようにして。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




