第111話 殿下もご苦労してますね…
ハインシャルタット殿下は自らも暖炉前のソファに腰を下ろした。俺と小さなテーブルを挟んで向かい合う格好となったところで殿下が先に口を開く。
「お前の話を聞く前に、先に私からお前に礼を述べなければならない」
ん?一体何に対する礼なのだろうか。身に覚えが無いのだけど。
「ラース辺境伯領での件では敵対派閥の資金源の一つを潰す事が出来た。我が方の有力貴族であるラース辺境伯家の内紛も未然に防がれている。また、ナヴォーリ市の件でも同市のクーデターを防ぎ、敵方に奪われずに済んでいる。王国海軍の喪失は国としては痛いが、敵方に着いた海軍だったので結果的に我が方に利した。どちらもお前の活躍によると聞いている。大儀であったな」
「それは私が意図した訳ではなく、結果的にそうなったに過ぎません」
殿下はふむと頷くと更に続ける。
「そして昼間の暗殺未遂についてだ。お前は既に気付いているようだが、あれは俺では無く影が演じていた。俺の影を演じた男は俺の乳兄弟で従兄弟であり、親友とも言える男なのでな。重ねて礼を申す。リングスを助けてくれて有難う」
どうも殿下の影武者をしていた乳兄弟で従兄弟で親友という方はリングスという名らしい。従兄弟というからにはリングス某さんも高位貴族なのだろうけど、いろいろと込み入った事情がありそうだな。
それにしても、プライベートで非公開な場ではあるけれど、且つ座ったままでもあるけれど、王位継承第1位で事実上次の国王となる王族が一介の平民である俺に頭を下げている。これは封建社会であるこの世界では本来有り得ない出来事だろう。
「顔を上げて下さい、殿下」
この殿下の立場では、周りは命令に従う者やへつらって何らかの利益を得ようと近づく者ばかりではないだろか。中には諫言する者もいるだろうけど、基本権力者とは孤独なものだ。
だからそうした者達に囲まれた中で、きっとハインシャルタット殿下にとって乳兄弟で従兄弟の影武者リングスさんは幼い頃から自分を知り、秘密を共有して苦労も分かち合って来た愚痴の一つも溢せる大切な存在なのかもしれない。
下げていた頭を上げると、ハインシャルタット殿下はちょっと照れ臭く思ったのか、コホンと咳払いを一つすると再び俺に向き合う。
「ではお前の話を聞こうか。それが望みなのだろう?」
漸く本題に取り掛かれる。「では」と俺はレイスになっている先先代のマルティン子爵から受けた依頼について殿下に説明を始めた。
〜・〜・〜
「なるほど。その先先代のマルティン子爵がクーデターの未然阻止をお前に依頼したというのだな?」
「はい」
ハインシャルタット殿下は俺の話を一通り聞き「ふむ」と考え込む。
「俄かには信じられんが。それでホルストはその依頼を何故引き受けたのだ?いくら上位金級冒険者とはいえ、たった一人で出来る事ではあるまい?」
ここでマルティン子爵と俺が日本からの転生者だからその誼で、とは言えないよな。だからここではこう言っておく。
「それは正義のためです。殿下」
「正義のためだと?」
「はい。この弱肉強食の世界で弱きを守り正しきを助け、天に代わりて不義を討つ。それが私が信じ、私が貫く正義です。もしこの国に内乱が起これば多くの無辜の民が命を失い、家族や親しき者達を喪う事でしょう。私はそれを看過し得ません。マルティン子爵からの依頼は正に内乱の芽を摘むもの。国を憂う子爵の思いと正義を成さんとする私の思いが一致して依頼を受けた次第です」
ハインシャルタット殿下はまじまじと、それから何か面白い物を見つけたような目付きになった。
「はははっ、面白い奴だな。それがお前の信じる正義か?」
「はい」
「まぁ人それぞれ、様々な正義があっていいだろう。しかし、正義を唱えてもそれを成すための力が無くては愚者の戯言に過ぎない。お前にはお前の正義を貫ける力があるのか?」
「有ります」
そこは断言する。俺はそれを成すためにこの世界に転生し、そして弁天様から「アクションヒーロー」を授かったのだから。
「わかった。まぁ、ここに至るにお前の力の一端は見させて貰ったからな。強ち強がりでもないだろう」
「有難う御座います」
「それでお前は冒険者ならば依頼を受けたからには報酬があるはず。それは依頼に相応する物なのか?」
冒険者の報酬という話題はデリケートなものだ。依頼内容に対して少なければ引き受け手がいなくなるし、多ければ報酬の相場を崩すとしてギルドから勧告を受ける。指名依頼でも揉めるのは大抵が報酬額に関してだ。それに報酬額からその冒険者或いは冒険者パーティの実力が窺い知れる訳で、冒険者はあまり報酬額を表沙汰にはしない傾向がある。誰しも手の内は明かしたくないしね。だから冒険者にあからさまに報酬額を尋ねるのはマナー違反とも言えるのだ。
とは言え、この国のトップから問われて答えない訳にはいかない訳で。ならばこれをレイスであるマルティン子爵を殿下の御前で出現させる前振りに使わせて貰おうか。
「報酬はこれです」
俺は懐からマルティン子爵こと丸谷先輩の杖を取り出すとテーブルの上に置いた。
すると杖は青白い光を発して垂直に浮かび上がる。そして青白い光が膨張したかと思うと、人型に凝集してレイスのマルティン子爵の姿となった。
これを見てやや眼光を鋭くしただけで動揺を見せなかったハインシャルタット殿下はなかなかの胆力の持主と言えよう。
マルティン子爵はレイスらしく全身から僅かに青白い光を発しつつ、片膝を突いて殿下に対して臣下の礼を取ると、丸谷先輩ではなくマルティン子爵バージョンで自己を紹介し始めた。
「このようなレイスの姿で失礼仕ります。これなるはレオン・ロクロー・マルティンと申す者。先先代の国王陛下より子爵の爵位と宮廷魔術師の職位を賜って御座います。この度は拝謁の栄を賜りまして恐悦至極に御座います」
へぇ丸谷先輩、王族相手によくスラスラと口上を述べられるものだ。流石は元宮廷魔術師というところか。
「よい。面を上げよ。ではこれなるホルストに貴公がクーデター阻止を依頼した真意を教えて貰おうか」
〜・〜・〜
マルティン子爵はその動機について、自らの出自から魔法に長けて腕利きの冒険者となり、まだ王太子であった先々代の国王と出会い、王太子を救った功績で取り立てられて最終的に子爵の爵位と宮廷魔術師の職位を賜った経緯を滔々と語った。そして王室の特務機関の長である宮廷魔術師として知り得た魔王国群の奸計と国内の裏切り者共について、それを先々代の国王に伝えられず戦死した無念からレイスとなった事も。
「私は陛下が愛し治めたこの国が魔族や売国奴に蚕食され滅びる未来を許容出来ません。今回の工作は王族まで巻き込み、魔王国群は我が国全体に揺さぶりをかけています。恐らく今まで以上に大規模な兵力で攻勢を仕掛けて来るでしょう。我が国が内乱で条約に基く援軍が出せないとなるとローメリア帝国の兵力だけではカブラチッド回廊の要塞は突破されてしまうでしょう。それを防ぐためにも第2王子派によるクーデターを未然に阻止しなければなりません」
マルティン子爵はそこまで言うと口を噤む。すると静かにマルティン子爵の言葉を聞いていたハインシャルタット殿下がマルティン子爵に尋ねる。
「卿の言葉を信じよう。だが、恐らく今は何をしても敵対派閥を刺激して暴発を誘発させるだろうな。正直、戦力が我が方よりも劣勢である敵対派閥の工作に対処するだけでこちらも手一杯なのだ。陛下が追討の勅許を出してくれれば良いのだがな」
思わず出た殿下の愚痴は聞かなかった事にしよう。しかし、殿下も手詰まりである事はわかった。
「それについては依頼を受けた以上ホルストが上手くやるでしょう」
そう言って俺をチラ見する丸谷先輩。
「そうか。ではホルストよ、お前の計画について話して貰おうか」
「はっ」
俺は先輩と殿下に促されてバラライカ作戦(第2王子の拉致及び保護)について説明。するとハインシャルタット殿下は渋い顔をする。
「可能なのか?そんな突拍子も無い事が」
「可能です。既に私のパーティメンバーの能力により第2王子殿下の居場所は特定出来ています。後は私が空から乗り込んで殿下を連れ去るだけ。王都のナルディア教団とも話は着いています」
尚も殿下は悩んでいる様子。ならば、と爆弾投下だ。
「この作戦に関して、本来は依頼主であるマルティン子爵と依頼を受けた私の問題です。この度は対立する一方であるハインシャルタット殿下に話を通しておこうという趣旨でしたが、私も冒険者として依頼を引き受けた以上は万難を排してでも作戦を遂行します」
これはまぁ、一種の賭けだ。さて、俺にこう言われて殿下はどう出るかな。
「わかった、俺も腹を括ろう。ホルスト、そのバラライカ作戦とやらに俺も乗るぞ。リサルトの拉致が成功した時点で一気に攻勢をかけて争乱を終わらせるぞ」
よし、どうやら賭けには勝ったようだ。俺と丸谷先輩は視線を交わして頷き合う。さて、ハインシャルタット殿下の内諾は得られたからバラライカ作戦も本格始動だ。明日から忙しくなるな。
いつも『アクションヒーロー』をお読み頂きまして、誠に有難う御座います。宜しければブクマ登録、評価、感想など宜しくお願いします。
それでは次話もお楽しみに!




