13話 紙の本で買うというのが一番作者へ貢献できる買い方なんだ。
翌日。師匠のお母さんへの手紙を持って、俺は本屋に出かけた。
某大手古本屋で目的となる師匠の本を探す――
「あれ、置いてないですね。仕方ない、次の本屋に行きますか」
『ちょっとまて弟子。よくもまず古本屋に向かったな貴様』
「だって安く買えるならその方がいいじゃないですか」
『……消費者としてはそうだろうけど! けど! メカクレ図書委員ちゃんも言ってただろ「できれば紙の新刊で買ってね」って!』
ああ、姿が見えないはずの師匠の駄々をこねてる姿が見えるようだ。確かに本庄さんもそんなことを言ってたけど。
『いいことを教えてあげよう。紙の本で買うというのが一番作者へ貢献できる買い方なんだ。出版社への印象が違う。紙で刷ってもこれだけ売れる、ってことで、重版や続刊の可能性が高まるんだ! っていうか重版は紙の本だから紙で売れなきゃ重版はない!』
「でも師匠はもう死んでるから少なくとも続刊はないですよね?」
『うぐっ』
「それに男子高校生のお小遣いは限られているんですよ師匠。そもそも師匠の本って2桁出てるじゃないですか。1冊700円でも10巻買ったら7000円っすよ」
『くっ……! ま、まぁいいさ。なら電子書籍という手もあるんだぞ! そっちはたまにセールとかしてて実質半額になったりしてたはず。お買い得ってんならそっちだ! 古本屋で買われるくらいならそっちの方が収入ある分嬉しい!』
おお、そういう手があったか。
電子書籍なら在庫切れを心配する必要もないし、家に置いといても場所をとらない。スマホとかパソコンからでも読める。いいな、そうしよう。
「まぁ、次の古本屋で無かったら電子書籍で」
『ぐぬぬ、仕方ない。電子書籍だと改行位置とか変わるからあんまり好きじゃないんだけどなぁ……小説書いてほしいからバイトしろとも言えんしなぁ』
「ウチの学校バイト禁止なんで」
『許可制だろうが。私の時はそうだった。……バイト経験もあった方が作品に深みがでるというのもあるから短期アルバイトくらいさせてもいいか……?』
ブツブツと呟く師匠。……今更だけど、休日の真昼間に幽霊の呟きが聞こえ続けるって心霊現象として普通にヤバいよな。まぁ師匠だから許せるけど。
ともあれ、1、2巻は古本屋で見つけることができたので購入した。安っぽい再生紙の紙袋に入れてもらって、自転車のかごに置く。
3巻以降は電子書籍にしておくかな。
『よし、それじゃ行こうか、私んち。正確には実家』
「どこにあるんすか?」
『引っ越してなければ……まぁ自転車で行ける範囲だよ。同じ高校に通える程度のね』
と言うわけで、師匠の案内に従って自転車で知らない道を進む。
俺にとっては初めて見る道だが、師匠にとっては感慨深いらしい。
『お、あの駄菓子屋まだあったのか。寄ってこうぜ』
「手紙はいいんですか?」
『どうせポストに入れるだけだろ』
「あと小遣い的な面でダメです」
『シケてんなぁ男子高校生……ま、いいか』
どことなく師匠の声に元気がないのは、緊張しているのだろうか。死んだ幽霊が実家に行くのがどういう心境なのか。それは、死んだことのない俺には想像するしかなかった。
寄り道もせず、師匠の実家までやってきた。
……表札を確認。うん、間違いなく『神原』と書かれている。
『ここだ。ここだよ』
「はい」
俺からは見えないが、師匠の声は少し震えて、泣きそうだった。ポストに手紙を投函。ノートのページを切って作った封筒と便箋だが、今回は前よりも手紙っぽい。
「それじゃあ帰りますか」
『……ぅん』
師匠はいつになく弱々しい返事を返す。……はぁ、仕方ない。
俺は、自転車のサドルに腰をしっかり下ろして、スマホを取り出した。
「自転車こいで疲れたんで、もう少し、ここで休んできます」
『え?』
「ついでに『凸マジ』の電子書籍を探すんで、少し時間かかるかも……」
さらについでに4巻を読んでて時間がもっとかかるかもしれない。
『……弟子』
「なんすか師匠」
『……ありがと』
ふわ、と頬になにか触れる感覚があった。だが、振り向いてもそこには何もない。
「師匠、何かしました?」
『え、えへへ、べ、別に!? なにもしてないよ! 急に振り向かないでよびっくりするなぁもう! お、お化けを驚かせるなんて中々のモンだよ弟子ぃ!』
「……そうですか」
と、スマホに視線を戻したその時。
「……葉庭君? なんでここにいるのかしら?」
『あ。伊万里』
顔を上げると、そこには私服の伊万里さんがいた。いや、そりゃそうだ。だって師匠の実家ってことは伊万里さんの家でもあるわけで。手にはコンビニ袋。ちょっと買い物に行った帰り、と言ったところだうか。
「……奇遇だね?」
「奇遇も何も。ここ私の家だから。何、ストーカー?」
「いやいや、本屋帰りに自転車で散歩してたらここにたどり着いただけだよ。そっかー、ここ神原さんの家だったんだね」
嘘ではない。実際、散歩みたいなもんだし。
「ここにたどり着いた、って言い方。それはウチを目的地にしてたみたいね?」
ちょっとの言い回しも的確に拾ってくるなぁ、さすが師匠の妹!
「スマホで地図でも調べてたの?」
「あ、いやこれは電子書籍を買おうと思って」
「なんでウチの前で? 散歩中に? 怪しい。すごく怪しいわ。……その袋には何が入ってるの? 古本屋の袋よね。エロ本?」
『言いえて妙だな。最近のラノベはエロい本多いし』
師匠、あんたやっぱり官能小説家だったんじゃ……いや、『凸マジ』は3巻まで読んだけどそれほどお色気描写もない普通の物語だったが。
「エロ本じゃない、ごく普通の文庫本サイズのラノベだよ。見て分かるでしょ?」
「中身見せてもらってもいいかしら?」
「え、なんで」
「私、葉庭君がどんな本を読んでるのか気になるの」
『ひゅぅ! 積極的だね伊万里!』
嬉しそうに言う師匠。確かに場面によっては好きな人の読む本を知りたい、みたいに捉えられそうな発言ではあるが、これは確実に事情聴取のそれである。
そしてその本は師匠の作品である『凸マジ』1巻、及び2巻。話がこじれること請け合いである。
「ダメです」
「いいじゃない。表紙だけ」
「だ、ダメ!」
「なんでよ!」
『弟子ぃー、ここは下手に隠した方が怪しいぞ? 見せちゃったら?』
「……でもどうしてもっていうなら、ちょっとだけ見せてあげなくもない」
「何よもったいぶっちゃって」
俺は紙袋を閉じるセロテープをぺりっとはがし、中の本――『凸マジ』の1、2巻を取り出した。
「……これって……」
「いやぁ、本庄さんにおススメされて読んだら面白くて、欲しくなっちゃって」
キッ、と睨む目でこちらを見上げた伊万里さんに、先制で自然な理由を突きつける。
出鼻を挫かれた伊万里さんは、それで少し勢いを落として俺に質問を続けた。
「なん、で、隠そうとしたのよ」
「……いやその、前にこの本の3巻を本庄さんから借りたとき神原さんすごい剣幕だったから言わないほうが良いのかなって……」
「……」
とっさの言い訳だが中々上手くできたのではないだろうか。
と、その時。
「伊万里ー? 帰ってきたの? 何玄関前で騒いでるの」
『あっ……』
「お母さん。いや、その、何でもないの」
玄関から、伊万里さんの――師匠の、母親が出てきた。師匠がさらに年齢を重ね、落ち着きを身に着けたらきっとこんな女性になるのだろう。という外見だった。……え、これ本当に師匠のお母さん? 一番上のお姉さんとかじゃなくて?
「あら。誰その男の子。彼氏?」
「違う! ストーカーよ、ストーカー」
「酷い言いがかりだ! クラスメイトです! ってか、神原さんこそ俺が買った本の中身を知りたいって無理矢理紙袋を開けさせたくせに……っ」
「な、なによ。葉庭君が悪いんじゃない、こんな、ウチの前にいるからっ! なんでこの本を持ってるのよ!」
と、俺に『凸マジ』1巻を突きつける。
「あらその本! 加古のファンだったの?」
と、師匠のお母さんが胸の正面でパチンと嬉しそうに手を叩く。
その発言に、伊万里さんはピシリと固まった。
「まぁまぁ、折角だし、上がっていってもらったら? あの子も喜ぶと思うわ」
「ちょ、お母さんっ! こんな怪しい人を家に上げたらダメよ!」
「いいじゃないの。伊万里だって加古のファンを連れてきてるじゃない」
「あ、あれはいいの! 私の友達だもの!」
「じゃあ君、私とお友達になりましょう? 名前は?」
「あ、葉庭。葉庭択斗っす」
師匠のお母さんの勢いに圧され、俺は名前を答えた。
「葉庭……ああ、葉庭さんとこのお子さんね? うふふ、大丈夫よ伊万里。この子のお母さん保護者会のSNSでつながってて連絡先分かるから、何かあったら告げ口しちゃうわ」
『なにそれ最近の保護者すげぇ』
同感です師匠。あ、パンツの件を告げ口するのは勘弁してください……
かくして、俺は師匠の仏壇にお線香をあげることになった。




